【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい

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9.衝動 Side ジェスター

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二十六歳まで仕事一筋で来てしまった、ある日。
俺は、取り引き先の招待で、ある侯爵家のパーティに顔を出した。
そこで、ミラと出会った。
正確には、見つけた!と思った。

ミラは、背はそこそこ高いが、顔立ちや立ち姿がローズに似ていた。
ただ、とても健康的で明るい令嬢だった。
目が離せず、しばらく魅入ってしまう程に、俺はミラに惹かれた。

(ローズに似たあの子が欲しい…)

そんな衝動に駆られ、俺はその令嬢のことを調べた。
その令嬢は、シュバルツ侯爵家のミラ令嬢だった。
十八歳、婚約者無し。
俺はすぐさま求婚書を送った。

初めて顔を合わせた時、ローズよりもずっと表情豊かなミラに釘付けになった。
ミラの絹糸のような繊細で艶やかな金髪と、キラキラ輝く翠眼に、俺は心臓が落ち着かなくて困った。

幸い、ミラは俺を気に入ってくれて、無事に婚約し、結婚式を挙げることになった。
ミラに快適な暮らしをして欲しくて、邸も改修工事をし、家具も新たに買い揃え、俺達は幸せになる筈だった。
ローズが現れるまでは。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「静養していた叔母が、わざわざ結婚式に来てくれるの!綺麗で優しくて、すっごく大好きな叔母なの!!」

にこにこと笑うミラに、ほっこりしながら俺はその日を迎えた。
まさか、その叔母がローズだとは思いもしなかった。

義母になるフローラの一番上の姉、マーガレットの邸に滞在するということだし、俺とミラの仮住まいの別邸には今日一日だけ、ほんの数時間、そこにいるだけだと思っていた。

(ミラには、過去の話はしたくない。ローズと関わるのは、今日の数時間と、結婚式の時だけだ。)

そう思っていた俺の予想や願望は、ミラの妊娠で想定外の展開を迎えた。
悪阻が酷く、誰か傍に付いていた方がいいという話で、まさかのローズが名乗りを上げた。
皆が良い案だと頷く中、俺は一抹の不安を覚えた。

そんな不安を抑え切れなかったのか、ローズと再会した日に、ミラの純潔を奪ってしまった。
ミラを抱きたい気持ちは、結婚式後の初夜まで我慢するつもりだった。
しかし、ローズが訪問した日、不安に取り憑かれ、俺の決意は呆気なく崩れてしまった。

ミラを抱いていると、俺が安心出来る。
そんな我儘な衝動に、ミラが気付いていたのだろうか。
一度体を繋げてしまえば、何度でも欲しくなり、底なしの欲望と快楽に身を沈める。
最初は痛がるだけだったミラが、日を追うごとに俺に反応し、恥ずかしそうに求めてくる姿が嬉しかった。
だから、俺はただ幸せだった。

しかし、悪阻の為にローズが別邸に滞在するようになって、俺の平穏に影が射した。
事あるごとに、ローズが俺と二人きりになろうとする。

息抜きの為に庭園に出れば付いてくる。
イライラを抑えて、ふらりと躱して逃げ続けた。
しかし、俺のストレスが限界になった時、ローズに寄りを戻そうと告白され、それをミラに見られていた。

俺は、ミラの表情が硬いことには気付いていたが、結婚式前にナーヴァスになっているのだろうと、たかを括っていた。

そして、結婚式の夜も。
一人にしないでと縋るように言ったミラの言葉を、俺は可愛いで済ませてしまっていた。

酔い覚ましに部屋を出て、ローズと遭遇した時は、酔いに任せてキツく言ってやる位の気持ちでローズの滞在する部屋に行ってしまった。
ローズを引き剥がそうとした手は、ミラには抱き締めているように見えたのだと、ローズを突き飛ばさなかったことを後悔した。

今となれば、己の愚かさを悔やんでも悔やみ切れない。
どの日も、どの瞬間も、俺がちゃんとミラに全て話していたら、ミラは俺を信じてくれただろう。

振り返れば、淡く苦い初恋よりも、ミラと過ごして積み重ねてきた愛の方が、俺には何よりも大切だ。

ミラ、お願いだ。
叶うなら、言い訳からさせてくれ。
そして、心から詫びさせてくれ。
ミラが許してくれるなら、俺はどんなことでもする。
命に代えても君と子を守る。

だから、ミラ、どうか目覚めてくれ。
愛していると、もう一度、俺に言わせてくれ。




ーーーーーーーーーーーーーー




本エピソードの最後の『命に代えても君と子どもを守る』につきまして

有名な作品で『命に替えても』という漢字表記されていることは存じ上げておりますが、この作品中では、敢えて『代えても』を選択しました。
ジェスターにつきましては、一読者として読んだ時に、自らを『犠牲』にしても愛する人を守りなさいという気持ちがあります。

また、以下をご覧いただけましたら幸いです。


「命に代えても」、「命に替えても」、「命に換えても」の3つの表現は、いずれも正しい日本語表現です。
ただし、それぞれの表現には微妙なニュアンスの違いがあります。
例えば、「命に代えても」は、自分の命を犠牲にしてでも、何かを守り抜くという強い決意を表します。
一方、「命に替えても」は、「自分の命と引き換えにしてでも、何かを守り抜く」という意味合いがあります。
また、「命に換えても」は、「自分の命を犠牲にして、何かを手に入れる」という意味合いがあります。 
以上のように、3つの表現は、微妙なニュアンスの違いがあるものの、いずれも正しい表現です。 

参考にさせていただいたURL
https://novelup.plus/story/980848111/777749881
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