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1.夫に大切な人が出来た
しおりを挟む私はヴェリティ・ブランフォード。
十六歳で二歳年上のレオリック・ブランフォード侯爵令息と結婚して十年。
その間に、義両親は流行り病で呆気なく他界し、夫と力を合わせて、ブランフォード侯爵家を守ってきた。
最初は、突然嫁いできた格下の家柄の小娘に戸惑っていた者達も、今では私を侯爵夫人として敬い、尽くしてくれるようになった。
執事のファーガソンを始め、侍女長のクレシア達も、忠誠を誓うかのように尽くしてくれる。
結婚して直ぐに身籠り、九歳の双子の女の子の子育て真っ最中だ。
リオラとリヴィアは、煌めく金髪と翡翠のような瞳で、レオリックにそっくりだ。
リオラが少しやんちゃで、リヴィアは大人しい子だ。
仲の良い双子が微笑ましくて、私は大変な筈の子育てを楽しむ毎日を過ごしている。
レオリックは、女の子であろうと、目に入れても痛くない程に可愛がっていた。
十年の結婚生活で、近くの山や湖にピクニックに行ったり、毎年のように旅行したり、本当にレオリックはマメで優しい夫で父親だった。
その日も、いつものように穏やかな一日の終わりを迎える筈だった。
しかし、人生とは何が起こるか分からない。
「子ども達が眠ったら、話がある。」
「はい。」
レオリックは、控えめな声で話し掛けてきた。
その表情に不穏な気配を感じながらも、私は笑顔で頷いた。
そして、子ども達が寝静まり、夫婦の寝室で話を聞くことになった。
長くなりそうな予感がしたので、ゆったりとソファに座り、冷たい果実水を飲みながら、聞くことにした。
「ヴェリティ、すまない。君の他に大切な人が出来た。」
「……えっ……?」
レオリックが怪しい行動をしている気配など、これっぽっちも感じていなかったので、私は心底驚いた。
「彼女は、オーレリア・コモンズ男爵令嬢という。父親のアルカス・コモンズ男爵が事業に失敗し、数日後には没落するだろう。だから、オーレリアを我が侯爵家の離れに住まわせたいんだ。」
レオリックは、私の顔色を伺うように、ゆっくりと話す。
「……オーレリア様とは…どちらでお知り合いになりましたの?」
「半年前に、街で……ヴェリティに花を買おうと出掛けた時だ。馬車に轢かれそうになったところを助けたんだ。転んで擦り傷を負ったので、近くの医者に連れて行った。その数日後、また花屋に行った時に再会し、お礼がてらカフェにでもという話になり…気付けば、何度も会うようになっていたんだ。」
「旦那様とオーレリア様は、お心を通わせ、深く想い合う仲になったという意味でしょうか。」
「すまない…ヴェリティを裏切るつもりはなかったんだ。しかし、オーレリアと会うと、どうしても惹かれる気持ちを抑えられなかったんだ。」
「左様でございますか…では、私とは何れ離縁なさるおつもりでしょうか…?」
「ヴェリティと離縁などしない!君は子ども達の母親であり、侯爵夫人だ。それに、俺にとって大切な妻で家族だ。」
レオリックは驚いた顔で否定した。
「妻…家族……でも、女としては愛していない、ということなのでしょうね…」
「すまない…俺にもよく分からないんだ。ヴェリティを愛しているが、オーレリアも大切なのだ。ヴェリティが居なくなるなんてことは考えたくもない。しかし、オーレリアを大切に想う気持ちも事実なのだ…ましてや、住む所にさえ困るオーレリアを放っておけないのだ。」
「旦那様は、激しい恋に落ちてしまったのでしょうか…ワーグナー伯爵家の私とは格差のある結婚でありながらも、随分大切にしていただき、子まで授けてくださいました。私は、それで充分です。旦那様のしたいようになさってください。」
「…いいのか?離れに住まわせても…」
「はい、構いません。」
私は果実水を飲み干し、微笑んだ。
「男爵家が没落すればお困りでしょう。早めにお連れしたら宜しいかと思います。必要な物は、オーレリア様のお好みで揃えたらいいのではないでしょうか。もちろん、贅の限りを尽くし浪費されては困りますが、ご予算を決めて、その範囲内であればお好きになさっても宜しいかと思います。旦那様の裁量に従います。」
「ヴェリティは…怒らないのか…?それとも、もう俺には興味がないのか?」
ショックを受けたように話すレオリックに、今度は私が驚いた。
「旦那様はお忘れですか?私がお金の為に、親子程年の離れた方と、政略結婚させられそうになったところを、旦那様が見初めてくださり、私を娶ってくれたのではないですか。あの時も今も、旦那様はお優しいままです。だから、怒ったりしませんよ?私は旦那様に救われた者です。離縁まではされないのでしたら、私はこのブランフォード侯爵家を支える一人として、これまで通りお役に立てればと思います。」
「あぁ…ヴェリティは、そういう人だったな…優しくて、真っ直ぐな人…君の優しさに甘えてしまう俺を許して欲しい…」
「子ども達を今まで通りに、愛して可愛がってくださることと、私をこのまま侯爵家に置いてくだること。それ以上は、私からは何も申し上げることはありません。」
「当たり前だ。ヴェリティも子ども達も、俺の大切な家族だ。ヴェリティが冷静に受け止めてくれて、良かった。」
「冷静と言うよりも、旦那様の決意がお固いとことや、私に事前にお話しくださったことに少し安心した部分もあります。秘密裏に動くことも、貴族社会ではよくあることですもの。子ども達には、折を見て離れに住む方はお父様の大切な方、と私から説明しますね。」
「すまない。子ども達を頼むよ。何かあれば俺にも言って欲しい。オーレリアは、数日後には連れて来る。」
こうして、レオリックとの話は淡々と終わった。
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