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2.離れに住む人がやって来た
しおりを挟むレオリックと話した翌日から、改造しているのか、離れの方から工事や搬入の物音がしている。
外観は問題ない筈なので、寝室などを整えているのだろうか。
しかし、私は離れについては一切ノータッチである。
夫の大切な女性の邸内には、興味を持てない。
だから、今日も淡々と執務に励み、子育てに勤しむ。
「お母様、あちらの離れは何をしているのでしょうか?」
「どなたかいらっしゃるのですか?」
リオラとリディアは、女の子で、しかも九歳ともなれば周りをよく見ているし、工事で行き交う者達に興味津々だ。
「お父様の大切な方がお住まいになられるのよ。その為の準備をしているみたいだから、危ないし、近付いてはいけませんよ。」
「お父様の大切な方…?」
「お母様や私達以外にも…?」
リオラとリディアは訝しがるが、まさか女性を住まわせるとまでは気付いていない。
「そのことは、またお話しします。今は、もうすぐ家庭教師の先生がいらっしゃるので、お勉強しなくてはなりませんよ。」
「あっ、そうでした!今日はエミリオン先生の日でしたわ。」
「課題の絵を仕上げてませんでした!」
「やだ、リオラったら!私は終わってるわよ?」
「「お母様、また後で!!」」
賑やかに部屋を出て行く双子達に、私はほっこりした気持ちになる。
きっとリオラは、リディアの手を借りて、急いで絵画の課題をするのだろう。
今日は二人が大好きなエミリオン先生の日だ。
帝国で名だたる芸術家の一人、エミリオン・エヴァンス公爵令息。
夕方まで、双子達は、優秀で穏やかなエミリオン先生と、芸術に浸る日になるだろう。
こうして、日々変わらない時間を大切に過ごしていくことが、私の生き甲斐であり責務だ。
慌ただしい日々に身を置くと、レオリックとオーレリアについて、考えている暇はなかった。
しかし、工事中の離れには、どんな危険が潜んでいるか分からない。
そう思い、子ども達の安全に気を付けながら、日々を過ごしていると、あっという間に離れの工事も終わった。
レオリックの告白から、ひと月が経っていた。
そして、いよいよレオリックの大切な女性、オーレリアが来る日となった。
その日、レオリックは、自らオーレリアを馬車で迎えに行った。
勘の鋭い双子達に気付かれないよう、リオラとリディアを専属侍女のコリンヌと護衛騎士のジオルグに任せて、街に買い物に行かせ、私だけ出迎えた。
馬車からレオリックのエスコートで降りてきたオーレリアは、とても美しい令嬢だった。
レオリックのような金髪で翡翠色の瞳だ。
「ヴェリティ、オーレリアだ。今十九歳で、来月二十歳になる。」
「ブランフォード侯爵家のヴェリティでございます。」
「オーレリア・コモンズです。よろしくお願いいたします。」
オーレリアは、萎縮したように挨拶をする。
男爵令嬢の所為だろうか、頭をひょいと下げただけの、お辞儀というにはお粗末な挨拶だった。
「すまない、ヴェリティ。オーレリアはマナーをきちんと学んでいない…男爵家は、そういった環境ではなかったらしい。」
レオリックは、少し焦って言い訳をするが、私は特に気にしない。
「旦那様、大丈夫ですわ。伯爵令嬢だった私も、必要なものは侯爵家で学ばせていただきましたもの。旦那様が家庭教師を選んで差し上げたら如何でしょう?」
「それはいいな。オーレリア、学ぶ機会は大切だ。ヴェリティ、二人か三人候補を選んでくれないか?」
「申し訳ございませんが、私は子育てと執務で、時間が足りない位なのです…旦那様が選んで差し上げた方が、オーレリア様もお喜びになられますわ。では、私はそろそろ失礼致します。子ども達のダンスを見てあげる約束をしていますの。」
「あっ、忙しいところ、すまなかった。」
私は淑女の礼とはいかないまでも、侯爵夫人としての振る舞いで、その場を後にした。
レオリックはどう思っただろうか。
出掛けている子ども達も、もうすぐ戻るだろう。
ダンスを見てあげるというのも、嘘ではない。
しかし、私はオーレリアを前にして、その場に居続けることは苦痛だった。
私はまだ心の整理は出来ていないのだろう。
この幸せが続くと思っていたのに、ある日突然夫が大切な人を迎え入れるなんて、考えもしなかった。
しかも、レオリックは申し訳なさそうな顔をしながら、既に決定事項のように物事が進んでいく。
半年前の出会いから、日々着実に進められていたとしか思えないこの状況に、私はレオリックという人が分からなくなっていた。
それでも、レオリックが、お金の為に親子程年の離れた方と政略結婚させられそうになった私を救ってくれたのは、紛れもない事実だ。
虐待まではされていないが、両親からの愛情など与えられた記憶はない。
レオリックとの結婚を機に、実家の伯爵家とは絶縁出来て、正直ほっとしている。
真っ直ぐな翡翠色の瞳で、一目惚れしたと求婚してくれたレオリックを、好ましく思いつつも、私はその想いを利用したのかもしれない。
それでも、十年という月日は、私の中で確実に着実に愛を育むのに充分な時間だった。
結婚当初、熱い想いをぶつけて来るレオリックに戸惑った日。
激しく昂る身体を繋げた日。
愛していると囁かれる日々。
子ども達が生まれ、穏やかな愛に変わろうとも、レオリックが別の女性に心を寄せる日が来るとは思わなかった。
私はもう女として見られることはないのだろうか。
私自身も、レオリックに対しての愛情表現が足りなくなっていたのか。
愛を与えられることを知らなかった私は、レオリックの求める愛に応えられなかったのか。
考えれば考える程、分からなくなる。
離れに受け入れてしまったオーレリアとは、私はどう付き合えばいいのかも分からないまま、この日が来てしまった。
もう子ども達も物分かりが良い年頃になってきている。
父親の大切な人を受け入れられるだろうか。
オーレリアが妊娠し、男の子を産んだらどうなるのだろか。
オーレリアが強欲な人であれば、嫡男にと言い出すだろう。
今になって、もっと話し合ってから決めれば良かったと思ったりもする。
でも、レオリックのあの時の表情を見たら、きっと自分の考えを押し通しただろう。
私が反対しようとも、きっとオーレリアを離れに住まわせる意思は固かった筈だ。
私には帰る実家はない。
頭を下げて帰る気もない。
ソリの合わない両親も健在だが、実兄が伯爵を継いでいる。
実家は、もうないものだと思っている。
私に出来るのは、これからどうするかを考えることだけだ。
ぐるぐると頭の中を回る私の想いには蓋をして、リオラとリディアの母親として、侯爵家の夫人として、しっかり自分の責務を果たそうと心に決めた。
そして、そこから私は、自らの予想を超える感情と向き合うことになるとは、この時は想像もしていなかった。
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