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3.夫の提示した誓約書と私の気持ち
しおりを挟むオーレリアが離れに住むようになり、レオリックと私は取り決めをすることになった。
子ども達が寝静まった頃、執務室での話し合いだ。
週に三日は、家族で朝食と夕食を取ること。
食事とは別に、子ども達と触れ合う時間を作ること。
公式的なパーティは、妻のヴェリティを同伴すること。
オーレリアと子どもは作らないこと。
ブランフォード侯爵家の後継者は、レオリックとヴェリティの実子であるリオラ、またはリディアのどちらかの婿にすること。
(但し、今後法改正により女性侯爵が認められるのであれば、リオラかリディアのどちらかを、侯爵家の後継者とすること。)
以上の内容に相違が生じた際は、都度協議すること。
これは、レオリックが作成した誓約書という形で見せられた。
正直、後継者について具体的に記載されていたことに驚いた。
「旦那様、本当にこの内容でよろしいのでしょうか?女性侯爵は、まだこの国では例がありません。」
「良い縁があれば入り婿でも構わないし、リオラはその辺の令息よりも活動的で自主性がある。もしかしたら、大人しいリディアだって、成長すれば変わるかもしれない。俺は双子それぞれに期待しているぞ?」
「そうですか。ならば異論はございません。書面化したことは覆さないよう、お願い致します。」
レオリックは、じっと私を見据える。
「オーレリアと子は作らない。これが俺に出来るせめてもの誠意と償いだ。」
「関係を持たない…とは、仰らないのですね…」
「っ!?そ、それは!」
私は、頭の中で考えていたつもりが、口から出てしまったようだ。
「申し訳ございません。つい、口から…失礼致しました。承諾しておきながら、責めるようなことを申し上げてしまいました…」
「いや、俺こそ、すまない。」
「取り敢えず、この内容での誓約書ということで承知いたしたく思いますが、お願いがございます。私は、オーレリア様との積極的な交流は控えさせていただきます。子ども達とも関わらないで欲しいと…」
「……そうだよな…分かった…」
レオリックは残念そうな顔をしたが、渋々受け入れた。
「では、これからは離れでお休みになられるのでしょうから、私は失礼致します。」
「…えっ!?」
ソファから立ち上がると同時に向けた背中に、レオリックの動揺が伝わってきたが、私はそのまま、二人の寝室だった部屋に戻った。
その動揺を理解するには、まだ私には時間が必要なのだ。
レオリックの本当の気持ちは分からない。
私への愛情は家族としてのもの、オーレリアへの想いは恋焦がれるものなのだろう。
二つの感情を持つ、私とは全く異なる人間。
器用な人ではない筈なのに、何故結婚十年でこんなややこしい状況に至るのか。
いや、器用でないからこそ、今に至るのか。
理解に苦しみながら、寝室で一人、ベッドに横たわる。
一日の終わりを迎える寝室は、まだレオリックの温もりや残像がある気がして、私はその時初めて泣いた。
声も出ないまま、静かに溢れ出す涙を拭うことなく、私はそのままにする。
淡々と受け入れたつもりの夫の大切な女性。
髪色や瞳が同じで、並んで立つとお似合いだ。
煤けたような茶色の髪と珍しくもない茶色の瞳の私では、そもそもレオリックに不釣り合いだったのかもしれない。
子ども達と会わせたくないのは、並んだ姿がまるでレオリックとオーレリアとの子ども達に見えてしまわないか、物凄く不安だったからだろう。
産まれた瞬間、レオリックの子だと私を安心させ、周りにも認めさせた髪と瞳の色が、こんなにも私を不安にさせるなんて、現実はなんて残酷なのだろうか。
そして、更に私の心を切り裂いたのは、湯浴みの後の他愛ないお喋りや、お互いの髪を拭きながら戯れることすら、もう二度と出来ないのだと思うことだった。
忙しい毎日の中で、安らぎを得られる時間だったのに、今日からそれはなくなった。
私は、自分が思いの外レオリックを愛していることに気付いた。
優しく包み込む愛情が、決して嘘でも幻でもなかったことも。
今この瞬間ですら、レオリックの温もりを忘れていない。
初恋も知らず、一目惚れだと求婚され、今に至る私。
これが、恋焦がれて結婚したのなら嫉妬に駆られオーレリアを傷付けたかもしれない。
しかし、私は嫉妬よりも、今更ながらレオリックが恋しい。
まるで手に入らない初恋の人のように。
形だけは、今までと変わりなく家族として過ごしていけるだろう。
だったら、心だけは自由にしてもいいのではないだろうか。
既に手にした子ども達と侯爵夫人の座。
それを大切にしながら、レオリックへの恋心を隠し持つことも出来る筈だ。
あの時の熱量はなくとも、レオリックは私と離縁することまでは望んでいない。
だとしたら、私はこの気持ちを無理に捨てることもない。
順番はおかしいけれど、レオリックという愛する人と離れ離れになり二度と会えなくなる訳でもない。
だから、私は初恋をやり直すことにしようか。
姿が見られれば嬉しい。
話が出来たら楽しい。
わざわざ出掛けずとも、ここで一緒に食事も出来る。
夫に大切な女性が居ようとも、私が秘めた恋することは構わない筈だ。
初恋は叶わない、一番好きな人とは結ばれない。
世間ではよく聞く話だが、私には当て嵌まらない。
そんな馬鹿げたことを考えていたら、先程まで感じていた途方もない喪失感から解放されて、不思議と穏やかな気持ちになった。
こういう気持ちで居られたら、きっと子ども達の前でも、いつものように笑顔になれる。
レオリックは、きっと私がもっと怒ったり泣いたりすることを予想していたのだろうが、そんなことをしても疎ましく思われるだけだ。
それに、元々私は怒りも悲しみも持続しない人間だ。
何もかもなくした訳ではなく、たった一つ、夫の想いを他の女性に明け渡しただけだ。
手元に何も残っていない訳ではない。
だから、まだ私は大丈夫だと自分に言い聞かせる。
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