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6.公爵令息の悪戯
しおりを挟む双子達と話してから十日、穏やかな日々が続いている。
これまでと変わったのは、レオリックとの朝夕の食事の回数と、私が一人寝をすることだけだ。
悲しみに暮れることもなく、一日の疲れを癒す寝室に、早くも慣れてきつつある。
それだけ日中充実した時間を過ごせているからだろう。
そして、双子達には良い変化が現れた。
お母様のような女性になりたいと、リオラもリディアも今までより勉学に勤しむようになったのだ。
貴族社会において、教養やマナーは時に個人を守る為の武器になる。
無知は恥となり、長きに渡りその醜聞は付き纏う。
伯爵家出身の私は、嫁いでから学ばせていただいた。
だから尚更、双子達には、早くから豊富な知識を得て欲しいと思っている。
更に、嬉しいことに、元々活発なリオラは、私を守る為にと護衛騎士のジオルグに武術を習い、大人しいリディアは、執務の役に立ちたいと、ファーガソンから簡単な執務を学ぶようになった。
まだまだ始めたばかりだが、リオラもリディアも要領が良いと、ジオルグにもファーガソンにも褒められたと、やる気満々だ。
そんな双子達が心から待ち侘びる息抜きと楽しみは、帝国で名だたる芸術家の一人、エミリオン・エヴァンス公爵令息との絵画の時間だ。
エミリオンの指導の日は、リオラは三脚型のイーゼルにリネンのキャンバスを固定し、リディアはパレットや筆、油絵の具を用意している。
その様子を見ながらも、私は適当な時間にお茶を準備するよう、コリンヌに指示を出す。
そして、今日も時間通りにエミリオンがやって来た。
コンコン、コンコンと二回に分けてノックするのが、エミリオン流だ。
「「エミリオン先生、いらっしゃいませ!お待ちしておりました!!」」
揃った声に、双子達のわくわくとした気持ちが伝わって、私もコリンヌも思わず微笑む。
「リオラお嬢様、リディアお嬢様、お元気でしたか?少し間が空いてしまって、すまない。個展の準備があってね、どうしても来られなかったんだ。今日は時間がたっぷりあるから、頑張ろうね!」
「「はーい!」」
エミリオンは、双子達に腰を屈め、目線を合わせて、丁寧に詫びた。
高貴な生まれと眉目秀麗な容姿にも関わらず、そういう優しさが双子達を虜にしているのだ。
「エヴァンス公爵令息様、お忙しいところ、ありがとうございます。どうか、お気になさらず。いつもお忙しい中、子ども達に丁寧に指導してくださって、感謝しておりますのよ?」
「こちらこそ、才能豊かなリオラお嬢様とリディアお嬢様にお教えすることが出来て、新たな発見や刺激になります。私自身、毎回とても楽しんでいます。」
「才能豊か…新たな発見と刺激…えっと、この子達の絵は、他の子息令嬢に比べて、独創的という意味でしょうか…?私、絵心が全くありませんので、この子達が何を描いているのか、分からないこともしばしばありまして…」
エミリオンは、一瞬吹き出しそうな顔をきりりと引き締めて言った。
「独創的とも抽象的とも言えましょう。一般的には写実的な絵は分かりやすく、受け入れられやすいのですが、リオラお嬢様の直感的な筆使いや、リディアお嬢様の幻想的な色使いは、私から見たら斬新です。」
「 ざ ん し ん !? 」
目を丸くする私に、とうとうエミリオンが吹き出した。
「あはははっ、侯爵夫人様もそんなお顔をなさるのですね!あはははははっ!!」
「ちょっ、エヴァンス公爵令息様!」
「くっ、くくくくっ!エミリオンとお呼びください。いつも物静かな雰囲気の侯爵夫人様に、急に親しみが湧いてしまいました。くくっ。」
「…えっ…!?エ、エミリオン…さ…ま…?」
「……っ…は、はい、エミリオン、です…」
自らそう呼ぶように言ったエミリオンが、何故か赤面している。
「エミリオン先生、お顔が赤いーーー!」
「お母様に恋をしているみたいね!」
それに気付いた双子達が楽しそうだ。
「こら、リオラ、リディア!へ、変なこと言わないの!!全く、あなた達は、恋愛小説の読み過ぎですわ。」
「お母様も真っ赤です!」
「まるで、お林檎みたいですわ!」
「もう、あなた達は!エ、エミリオン様、今日もリオラとリヴィアをよろしくお願いします!」
「畏まりました、ヴェリティ様。」
「ヴェ、ヴェリティ様っ!?」
「はい、ヴェリティ様!」
エミリオンは、艶やかなショコラ色の髪をかき上げながら笑った。
いつもの穏やかな琥珀色の瞳は、朱みがかって悪戯っ子のようだ。
「「うわぁーーー、エミリオン先生がお母様を誘惑なさってるぅーーー!」」
「ちょっと、リオラ、リディア!何てことを!?おやめなさい!!ちゃんとエミリオン先生にご指導いただくのですよ!」
私は恥ずかしさのあまり、後のことをコリンヌに任せ、子ども部屋を出た。
目が合ったコリンヌは、今にも笑い出しそうな顔を必死に我慢していた。
やっとの思いで子ども部屋から出て、私は執務室に向かった。
(もう…皆で私を揶揄って!女の子って九歳でも恋愛に興味があるのね…私が九歳の時は、あんなふうじゃなかったわ…)
自分だけの執務室で、私はぼんやり考えた。
(エミリオン様…確か二十二歳だったかしら…子ども達にも優しくて、素晴らしい画家ではあるけれど、まだご結婚されてらっしゃらないのよね…何か性格に問題があるのかしら…悪戯っ子みたいだったわ。)
まだ熱が治まらない頬を押さえ、エミリオンの前髪をかき上げた顔を思い出す。
(綺麗なお顔だったわ………って、私、何を考えているのかしら…駄目、駄目!仕事しなくちゃ!!執務室が旦那様と別で良かったわ。)
謎の動揺に、一枚目の書類がインクで汚れたことは誰も知らない。
その動揺の意味も、私はまだ知らなかった。
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