【完結】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜

紬あおい

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9.籠の中 Side オーレリア

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私は、自分の境遇を嘆いていた。
父のアルカス・コモンズ男爵と母のネミリアは、私をレオリックに託したのか、売られたのかも聞けず、そのまま行方不明になってしまった。

コモンズ男爵家は、全てを手放してやっと返済出来た借金の為に、幼き日の思い出の品すらも残っていない。
それ程の負債があったことすら、私は知らなかった。

私自身、もうコモンズを名乗れない。
没落した男爵家の娘は、養子縁組でもしない限り、ただの平民となる。
たまたま馬車に轢かれそうになって助けられ、見初められた私。

両親も使用人も、屋敷には誰も居ないと気付いた日、これからはブランフォード侯爵家の離れで生活するようにとレオリック様に言われた。
債務整理の為に役人が男爵家の屋敷に立ち入る中、レオリック様の庇護のもとで、見捨てられた私は生きていくしかないのだと悟った。

この離れでの暮らしは、正直これまでの生活よりも断然良いと思う。
身の回りの世話は、両親よりも年上であろう使用人が三人居る。
食事も男爵家とは比べものにならない程に豪華だし、ベッドは広く布団もふかふかだ。

ドレスは、レオリック様が呼んでくれたデザイナーが、普段着や夜着をあつらえてくれた。
それに、教養が足りない私の為に家庭教師ガヴァネスも付けてくれた。

こんなに尽くしてもらって、不満を抱くのは贅沢だと、私は自覚している。
しかし、寂しさだけはどうにもならない。
今となっては、両親に売られた形になるのかもしれないが、子どもの頃から愛されて育ったとは思う。

誕生日には、母の手作りケーキとチキンの丸焼きが必ずあった。
父も、仕事を早めに終わらせて、私の誕生日は家族三人で和やかに過ごした。
プレゼントよりも、父と母が揃って祝ってくれる誕生日が嬉しかった。

しかし、今年の誕生日は一人だ。
レオリックは、どうしても外せない所用があるからと、すまなそうに出掛けて行った。
それに『家族』と呼ぶには、レオリックは知り合ってからの時間が短過ぎる。
パーティに行く訳でもないのに、ドレスやネックレスをプレゼントされても嬉しくない。

今、生きていると感じるのは、レオリックとの閨事だけだ。
純潔を捧げ、どんどんひらかれていく体と、目眩めくるめく快感に戸惑いながらも、その時だけは身体中の細胞が活性化するように感じる。
でも、ただそれだけだ。

私という存在を世間では『愛人』と呼ぶのだろうが、レオリックは『大切な人』とは言うが『愛する人』とは言わない。
私はそこに、愛とは種類があるのかと戸惑い、自分の存在価値を見失っている状態だ。

そんな私の心を騒つかせるのは、時折本邸から聞こえる楽しげな声だ。
女の子の声、大人の女性の声。
レオリック様の子ども達と夫人だ。

無邪気にはしゃぐ声、悪戯いたずらでもしたのか、包み込むような優しく諭す声。
在りし日の母を思い起こす。
その声は、レオリック様が離れに住み、食事だけ本邸で取るようになっても、変わらず響く。

夫を奪われたのに。
父を奪われたのに。
どうして、あなた達は普通に暮らしているの?

悔しくないの?
悲しくないの?
不幸ではないの?

疑問が浮かんでも、誰も答えてくれない。

離れに移り住んだ日、一度だけ挨拶をした夫人は、家庭教師ガヴァネスに習った淑女の姿そのものだった。
怒る訳でもなく、見下すこともなく、ただやわらかに微笑む淑女がそこに居た。

レオリック様は、あの完璧な夫人が居るのに、何故私のような者を選んだのか。
一目惚れとは、一体何なのだろうか。
気に入ったものを籠に閉じ込めて、自分の好きな時に愛でる。
だからそれは、愛することではなく、大切という表現なのだろうか。

このままここで暮らしていく中で、私はいつまで正気を保てるだろう。
生かされているだけで、自ら生きているという実感が薄れていきそうだ。

父や母に会いたい。
例え、他人より秀でたものがなくても、お金がなくても、寄り添って暮らしていた日々が懐かしい。
食べる物に困り、苦労してでも、家族と暮らしたかった。

かつての婚約者は、今どうしているだろう。
父が見つけてきた子爵家の二男。
結婚すれば男爵だと思って政略結婚を了承した筈だが、何度目か分からない位の父の事業の失敗で、我が家にお金がないことを知ると、あっさり婚約破棄した。

後から知ったことは、子爵家でも裕福な家庭だったらしく、破産寸前の我が家と縁を結ぶ意味がないと判断したようだ。
今思えば、その元婚約者の判断は正しかった。
目先の少々の出費で、多大な不良債権を回避出来たのだから。
しかし、その噂が広まった所為で、私には縁談は来なくなってしまった。

そして、ある日、レオリック様と出会った。
見るからに高位貴族と分かる装いにも関わらず、ぶつかる寸前の馬車から私を助けてくれた。
医者にも連れて行ってくれて、私に大した怪我がないと分かると、優しく微笑んでくれた。
突然目の前に現れた、煌めく金髪と翡翠色の瞳は、まるで物語に出て来る王子様だった。

レオリック様は、髪色や瞳の色が自分と似ていると言うが、輝き方が全く違う。
生まれながらに高貴な身分のレオリック様と私では、所詮土台が違うのだ。

いくら考えても、前向きになれるような考えが浮かんでこない。
自分が何がしたいのか、何なら出来るのか、それすらも分からない。

「レオリック様、早く帰って来て…私を抱き締めて…」

毎日そっと呟いて、また一人に気付く瞬間、私はこの世から消えたくなる。

誰か助けて。
私が必要と言って。
愛していると言って。
一人にしないで。
お願いだから、誰か…

そして、静かに今日が終わる。

明日は何かあるだろうか。
そう思っているうちは、まだ生きていけるのだろうか。
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