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10.歪な家族
しおりを挟むブランフォード侯爵家の生活に変化が訪れて、半年が経った。
レオリックも私も、執務は滞りなく熟し、寧ろ事業は拡大している。
レオリックは外商に力を注ぎ、侯爵家の執務は主に私が取り仕切れるようになった。
皮肉なことに、オーレリアの父のコモンズ伯爵が失敗した繊維事業で大当たりしたのだ。
天然繊維である絹に代わる、新たな合成繊維の開発をしていた事業家と契約出来たことで、安価な衣類を平民に、扱いやすく見栄えのする高価な物は貴族にと、ランク付けして販売したのだ。
この合成繊維の話は、エミリオンから聞いた話が役に立つと思い、レオリックに提言したことが功を奏した。
許可は取っていないが、エミリオンなら怒らないだろう。
そして、これを機にブランフォード侯爵家は、他の侯爵家から頭一つ抜きん出たことは、周知の事実となった。
私とレオリックは『夫婦』という関係性は微妙なものとなったが、『侯爵』と『侯爵夫人』という役割りは変わらない。
ブランフォード侯爵家のより一層の繁栄を目指す同志のような関係だ。
しかし、双子達の父親というレオリックの立場は、不動のものではなくなってきているのが悩みだ。
レオリックには、飽く迄も『父親』で居て欲しいのだが、週三日の朝夕の食事の誓約は守らないことが多くなった。
子ども達も、父よりもエミリオンとの食事の方が楽しそうで、絵画の指導の日は、必ずと言っていい程、エミリオンを引き留めるようになった。
流石に私は、未婚の公爵令息を度々引き留めるのが心苦しくなっていた。
なので、もう少し、子ども達と触れ合える時間があればと、レオリックに相談することにしたのだ。
「旦那様、お話しするお時間がありましたら…」
「大丈夫だ。少しの時間で構わなければ。」
外出する予定のレオリックと、私の執務室で話し合う。
ソファに向かい合って座り、レオリックが切り出した。
「食事のことだよな。すまない、最近オーレリアの体調が良くなくてな。離れに住まわせるようになり、両親に会えないのがつらいのだろう。」
「ご両親の行方は、未だに分かりませんの?」
「分からない。債務整理の役人が入る前の晩にオーレリアを残して蒸発して、それっきりだ。手紙をもらって屋敷を訪れた時は、オーレリアしか居なかったんだ。」
「そうなのですね…オーレリア様、お可哀想に。私は実の親から疎まれていましたので、両親と離れて暮らしていても平気ですが、普通に親からの愛情を受けて育った方にはおつらいでしょうね…」
私は、オーレリアの境遇に同情しつつも、両親からの愛情を受けて育ったことを羨ましくも思った。
「ヴェリティには俺が居るだろう?」
レオリックは、以前と変わらない微笑みを私に向ける。
でも、何故か違和感を感じ、以前のように心から安心出来ない自分が居る。
それは、オーレリアという存在の所為なのだろうか。
そんな感情は、自分の中にそっと仕舞い込む。
「そうですわね。私は旦那様に救い出していただいたから、リオラやリディアの母親になれましたし。あの子達の笑顔を守るのが私の生き甲斐ですわ。」
「これからも、ブランフォード侯爵家と子ども達を頼むよ。ヴェリティの支えがなければ、立ち行かなくなるからな。」
「そんなことございませんわ。私の力など微力も微力。旦那様のお力ですわ。子ども達も、きっと理解しています。それでも、もう少し一緒に過ごすお時間をお願いしたいですわ。」
「そうだな。リオラとリディアの誕生日は、必ず一緒に祝おう。ヴェリティにばかり任せてしまって、すまない。」
レオリックは、一瞬眩しそうに私を見て微笑んだ。
「ヴェリティを妻にして良かったよ。これからもブランフォード侯爵家をよろしく頼むよ。」
「あらやだ、旦那様。お別れのご挨拶みたいな言い方をなさらないで?こうやって歳を重ねて、私達は子どもの成長や孫を楽しみに生きていくのですから。」
「ああ、そうだったな。久しぶりにヴェリティとゆっくり話したから、いろんな想いが溢れたし、懐かしいような気持ちになったよ。」
「私もです。でも、お仕事がお忙しいことや、オーレリア様がご心配なのも理解しておりますが、子ども達との食事は、なるべく一緒にお願いしますね?」
「分かった。極力時間を作ろう。」
「はい、お願いいたします。」
子ども達の話をしていると、レオリックが感じたように、私も久々に以前のような懐かしい気持ちが湧いた。
絵に描いたような幸せな家庭から、夫の大切な人を離れに住まわせるという異質な環境に至ってしまったが、家族は家族。
こうして話し合う時間は必要なのだろう。
世間では、何人も愛人を囲う夫は珍しくない。
寧ろ、十年妻一人だったレオリックの方が珍しかったのだ。
私の父ユージーンには、愛人が五人、私と兄を含めて子どもは八人。
実母であるテオドラ・ワーグナー伯爵夫人の子どもは、兄のハロルドと私だけだ。
母にとっては、兄だけがワーグナー伯爵家の後継者で唯一の存在になるのは、伯爵夫人の気持ちとしては当然だろう。
私がレオリックに見初められ、あっさりブランフォード侯爵夫人になったことは、母にしてみれば複雑という気持ちを通り越して、最早嫉妬に似た気持ちである筈だ。
父も兄も私には無関心で、母には憎まれる。
これが家族ならば、私には必要ない。
レオリックの心がオーレリアに在ろうとも、今の私には、ブランフォード侯爵家が我が家だ。
何度も何度も自分に言い聞かせて、子ども達の為に自分を奮い立たせる。
こんな歪な家庭だからこそ、子ども達の明るさが救いであり、生き甲斐なのだ。
(どうして私は、実家も婚家も歪な家庭なのかしら…)
私はこの時初めて、自分の境遇を憂いた。
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