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14.揺らぐ気持ち
しおりを挟むエミリオンの個展から十日後、絵のモデルを引き受けることになり、今日はその初日だ。
子ども達の指導の後、夕食を済ませてから、私の執務室でモデルをするのだ。
「しばらく個展は開きませんので、充分時間があります。ヴェリティ様のご都合のよろしい時間にお付き合いいただければ。」
エミリオンは、個展を大成功に収め、私の絵に集中したいらしい。
昼間は執務で忙しくしている私の空き時間は、夕食後だけなので、申し訳ないと思いながら、エミリオンには合わせてもらうことにした。
「エミリオン先生、お母様の絵はどのような感じをイメージしているのですか?」
「お母様の笑っている絵がいいです!」
リディアもリオラも、注文に余念がない。
夕食後で、お腹いっぱい、元気もいっぱいだ。
ちょっとお行儀が悪いが、ソファでわくわくじたばたしている双子達は可愛らしい。
「先ずは、いろいろな表情を見せていただけるといいのですが…リオラお嬢様とリディアお嬢様にもご協力いただけますか?」
エミリオンは、悪戯っ子の顔をして、双子達を見る。
「えっ!?お母様を笑わせたらいいの?それとも怒らせる?あっ、でも、お母様は叱ることはあっても怒らないわよ!?」
「叱られるのは、リオラが言うことを聞かないからでしょう?叱る時の真剣な顔もお綺麗よ?」
「では、百面相でも見せていただきましょうか。」
「えっ…それはお断りしたいわ…」
「あははは、冗談ですよ。ヴェリティ様のお気に入りの絵にしたいですからね。お嬢様とも相談しましょう。」
和やかに皆で相談していた時、不意にレオリックが私の執務室に現れた。
「今日は賑やかだな。」
一瞬にして静まり返る執務室。
双子達は驚きも隠さずに、父であるレオリックを凝視している。
「だ、旦那様、何かご用事でも?」
私も若干挙動不審になる。
「俺が、俺の妻の執務室に来ることが何か問題あるのか?」
「い、いえ、そんなことはありません。」
「そちらはエヴァンス公爵令息殿だな。妻の執務室で何を?」
「リオラお嬢様とリディアお嬢様のご依頼で、ブランフォード侯爵夫人の絵を描くこととなりまして、今、そのご相談をさせていただいていたところです。」
エミリオンは全く動じることなく答える。
「妻の…絵を……?」
「はい、この執務室に飾られたいそうです。ちょうど個展も終わり、一段落しましたので、お嬢様方の絵の指導を終えた後に、ブランフォード侯爵夫人にお時間をいただいて、描くことになりました。」
「そうか。ここは殺風景だから、妻の気持ちが明るくなるような絵を頼むよ。」
「承知致しました。」
レオリックは、静かに執務室を出て行った。
その後ろ姿が何となく寂しそうに見えたのは、気の所為だろうか。
「お父様、何しにいらしたのかしら…」
「さあ…?夕食も済ませてしまったし…」
双子達も違和感を感じているようだが、私自身も何と言っていいか分からず、重苦しい雰囲気になる。
「さて、ヴェリティ様!絵の背景はどうしますか?執務室に飾る絵の背景が執務室という訳にはいきませんから。庭園でも山でも海でも、何でも描いて見せましょう!!」
エミリオンが声高に話すと、双子達が食い付いた。
「お母様は赤い薔薇のイメージだけど、海もいいですね!」
リオラは、海に憧れがあるようで、瞳がキラキラしている。
逆に、リディアは冷静だ。
「私は、エミリオン先生が想うお母様を、そのまま描いて欲しいなぁ。」
「では、私の好きに描いていいかな?リオラお嬢様のご希望の海を背景にした絵は、持ち歩けるサイズのカードにしましょうか?」
「うわっ、エミリオン先生、天才!私も欲しいです!!」
「あら、リディアが!?いつも落ち着いてるのに!」
「リクエストがあれば、お一人二枚まで受け付けますよ?」
(エミリオン様は、私の姿絵を何枚描くつもりなのか…)
一人呆れていると、エミリオンが笑い掛ける。
「ヴェリティ様の絵なら一日中描いていられますが?」
「えっ!?私、今口から出てました?」
「いえ、そんなお顔に見えただけです。一体何枚描くのよ?って。クククっ。」
「「エミリオン先生、心が読めるみたい!」」
「怖いこと言わないで!?」
興奮気味の双子達と困惑する私を、エミリオンはひたすら優しい眼差しで見つめる。
「今夜は、この位にしましょうか。またすぐ参ります。」
「「えーーーっ、もう帰っちゃうの?」」
「残念がってくださるのは嬉しいけど、また来ますから。お利口さんにしていたら、絵姿のカードを描いて持って来ます。ヴェリティ様もお疲れのようですから、お嬢様達もそろそろお休みください。」
「ほんとっ!?楽しみにしています!」
「はぁい!エミリオン先生、またね!!
コリンヌに連れられて、双子達は執務室を出て行った。
「やれやれ…うるさくてすみません。」
「可愛いお嬢様達ですよ。喜んでいただけるなら、百枚位描こうかな…」
「それこそ百面相ではありませんか!?おやめください。」
「あははは、そうでしたね。百は無理だなぁ。俺はあなたの笑顔が描きたい。」
エミリオンは、そっと私の前髪に触れる。
じっと見つめる瞳に吸い込まれないよう、私は視線をずらす。
「そろそろ…馬車を…」
「はい、そうしましょう。なかなか手強いヴェリティ様が好きです。いつか…きっと…」
その後は聞こえない振りをした。
聞いてしまったら、応えたくなる気がしたからだ。
もう何度目かの気持ちの揺らぎ。
決して気付いてはいけない想い。
それは悲壮感ではなく、こんな私でも誰かに想われていると、明日を迎える力となる。
レオリックの真意は分からないままだが、考えても仕方ない。
子ども達の笑顔とエミリオンのあたたかい想いを抱いて、今夜は眠れそうだ。
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