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13.その想いの全て
しおりを挟むそれから各部屋のいろいろな絵画を観て、最後の部屋にやって来た。
「これで最後です。」
エミリオンは緊張した面持ちで、中へ案内した。
「あら?これは、お顔だけの絵ですか?」
「いろいろな表情だけど、はっきり描いてはいないのですね。」
リオラとリディアは、不思議そうに端から観て行く。
独特な淡く柔らかい表現で、よく見ると所々絵の具を弾いているようだ。
「この絵はね、バチックという技法を使っているんだ。蝋の上に絵の具を重ねると弾いて、同じ色でも色合いが変わってくる面白い技法なんだよ。」
「この絵は、全部同じ人?どなたかモデルがいらっしゃるのですか?」
「うーん…それは秘密でいいかなぁ…?私にも秘密はあるんだ。」
双子達は、エミリオンの瞳をじっと見つめて頷いた。
「エミリオン先生、喉が渇いたので、リオラとお茶が飲みたいです。」
「ああ、そうだね。気が付かなくてすまない。二つ隣の部屋をティールームにしてあるから行こうか。」
「お母様は、まだ観たいでしょう?リオラと二人で行ってきます。」
「あっ………えっ…!?」
リディアは、リオラと手を繋いで、すたすた部屋を出て行った。
エミリオンと残された私は、おろおろしてしまう。
「はあ…あの子達には敵わないな…」
エミリオンは、また片手で口元を覆っている。
「えっと…どういうことなのでしょう…?」
「リディアお嬢様も、リオラお嬢様も、俺の気持ちに気付いてしまったみたいです…すみません…」
「……ぅん?」
この場で、何も分かっていないのは、どうやら私だけらしい。
それを聞いた方がいいのか、このままがいいのか、全く分からない。
「この絵は…全てヴェリティ様なんです…」
「はっ!?な、何と仰いました?」
「だから…ここに展示した七枚の絵、全てヴェリティ様なのです…笑った顔、難しい顔、ぼうっとした顔、困った顔、泣いた後に目が腫れた顔、頬張って食べる顔、寝ている顔。全てヴェリティ様です…」
「私…?」
「そうです、俺が思い付く表情全てを絵にしたんです。怒っている顔だけは、どうしても思い浮かばなくて…輪郭すらない顔だけだし、暈した淡い色使いだし、バレないと思ったんですが…恐らくお嬢様達には見抜かれたのかもしれません。」
驚きながらも、私は一枚一枚の絵をじっくり観て回る。
ぱっと見は、男性には見えない。
女性にも見えるし、子どもにも見える、表情豊かな絵にしか見えない。
しかし、よくよく見ると私の特徴が薄ら描かれていた。
「エミリオン様…私の黒子まで…?」
「…っ……そこまで見つかってしまいましたか…はい…助けていただいた時、まずその右の目尻の小さな薄い黒子が目に入って…印象的だったので…極々薄く描いたので気付かれないと…」
エミリオンは、頬を染めているのに、表情は反省しきりだ。
「エミリオン様には、私がこんなに表情豊かに見えているのですね。絵画に造詣が深くない私にも、この絵が素敵だということは分かります。」
「怒っていらっしゃらないのですか…?」
「はい、怒ったりしませんわ。寧ろ、嬉しく思います。ただ…」
「ただ…?」
「子ども達が黒子にまで気付いていたら…どうしましょう?ふふふ。」
エミリオンは、少し考えて口を開いた。
「ヴェリティ様、この絵は俺の想いの全てです。あなたが俺の傍で、こんなふうな表情を見せてくれたら、と。こんなことを言われたら、きっとヴェリティ様はお困りになると分かっています。でも、俺はヴェリティ様を愛しています。初めて会った時から。」
ゆっくり一歩前に出て、私の髪を一束指先に乗せて、口付けた。
「エミリオン様…」
胸の高まりを抑えるのがやっとで、私は次の言葉が出て来ない。
「いいのです。俺の秘めていた片想いです。ただ伝えたくなっただけです。もしかしたら、この胸から溢れてしまいそうで、今日招待したのかもしれません…その位、ヴェリティ様が俺の中に存在するるんだと、今気付きました。」
エミリオンは、静かに微笑む。
私は、その瞳に吸い込まれないよう、その場に立っているのが精一杯だ。
「気まずい想いをさせぬよう、これからもお嬢様達の良き先生で居たいと思います。だから、絵画の指導は続けさせていただけますか?」
「は、はい!もちろんです。エミリオン様のお気持ちに応えることは出来ませんが、私にとっても大切な方であることは間違いありませんから。この絵も、嬉しかったです。こんなに素晴らしい絵は、初めて観ました。」
「ありがとうございます。今度は、こっそりではなく、肖像画を描かせていただけませんか?以前、お約束しましたよね。」
「そうでしたわね!執務室に飾れる大きさでお願いしたいですわ。」
「承知しました。楽しみにしています。」
「そろそろ、私達もお茶にしませんか?」
「はい、参りましょう。お嬢様達もお待ちでしょうし。」
私は、努めて平静を装ったが、きっとエミリオンには緊張や動揺として伝わっていただろう。
しかし、本当の気持ちは、走り出したい位に感情が湧き立っていた。
しかし、それは伝えることは出来ない。
私は双子達の母であり、ブランフォード侯爵夫人なのだ。
それを捨てて、自分の想いを貫く勇気もなければ、無責任な人間でもない。
この想いが今より深くなることはないだろう。
エミリオンは、私が知る限り、無理強いする人柄でもない。
いつかエミリオンが伴侶を見つけた時、心から祝える人間になろう。
もし、エミリオンの美しい初恋の想い出になれたら本望だ。
この時は、本気でそう思っていた。
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