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25.焦燥と怒りと
しおりを挟む「エミリオンお坊ちゃま、ブランフォード侯爵家から速便が届きました。」
エミリオンが、久しぶりに公爵邸で絵を描いていたら、執事のベンジャミンが早歩きで部屋に入って来た。
絵の具の匂いが漂う部屋で、エミリオンは手紙を受け取る。
「ブランフォード侯爵家から?何だろうか。」
ヴェリティとは、ここ半年、たまの手紙のやり取りしかしていなかった。
それは、双子達が居ないのに、自分が侯爵邸に出入りすれば、ヴェリティに迷惑を掛けることを懸念し、手紙だけにしていたからだ。
それに、リオラやリディアの生活をサポートする為に、ちょくちょく皇立学園を訪れたり、護衛騎士のジオルグの面倒を見ていた。
ヴェリティが侯爵邸を離れられないと思い、子ども達の世話を買って出たのだ。
リオラやリディアは、寮生活に溶け込み、それぞれやっと慣れてきた。
学園では、一般的な授業とは別に、任意で選択することが可能な科目があり、リオラは騎士養成科を、リディアは外国語科を選択した。
一般的な授業と言っても、特別試験で入学した生徒は、既に特別クラスである。
その授業だけでも大変なのに、更に任意である筈の科目を選択した二人は、慣れるまでかなり苦労していた。
しかし、目標がしっかり定まっているのか、二人は黙々と挑んでいった。
一方でジオルグは、学園と寮の送り迎えや、街への買い物などで、護衛としてリオラやリディアに付く時間以外は、慣れない勉強に四苦八苦していた。
だから、ジオルグの机に向かう時間が、ただのストレスにならないよう、エミリオンは励まし気を配った。
素直で真面目なジオルグは、弟のように思えていたからだ。
そして、今届いた速便は、やっと子ども達の生活が落ち着き、エミリオンが久々の休暇を過ごしていたところに届けられた手紙だった。
それは、ヴェリティからではなく、双子達の専属侍女のコリンヌからだった。
読み終わったエミリオンは、怒りで目の前が真っ赤になった。
今、ヴェリティが高熱にうなされていること。
双子達の巣立ちの翌日から、ヴェリティが離れに追い遣られたこと。
食も物も質素な生活なのに、今まで通りの執務を行っていたこと。
何よりも怒りを感じたのは、オーレリアが男児を出産したからと、ヴェリティを邪魔者にしたことだ。
オーレリアの妊娠は判明していたが、所詮は男爵家から平民に堕ちた愛人だとエミリオンは高を括っていた。
だが、男児を産んだとなると話は変わってくる。
レオリックの考えを甘く見ていた自分を、エミリオンは、この時どうしようもなく悔いた。
しかし、悩んでいる暇はない。
「ベンジャミン、至急、馬車を用意してくれ!あまり目立たない馬車がいい。あと、俺の部屋の隣に客人を迎える。来客の準備と医者を呼んでおいてくれ。」
エミリオンはベンジャミンに指示を出し、急いで着替えた。
(ローブも必要か…?兎に角、急がなくては!)
そして、エミリオンはブランフォード侯爵邸に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車はブランフォード侯爵邸の近くに待機させ、黒ずくめのエミリオンは、ひっそりと離れを目指した。
実際に足を踏み入れるのは初めてだが、方角だけは分かっていた。
「エヴァンス公爵令息様!」
何とか聞き取れる位の声で、クレシアが悲壮な顔で叫ぶ。
「ヴェリティ様をここから連れ出す。至急、荷物をまとめて、外の馭者に届けてくれ。」
「承知いたしました!」
クレシアは驚くことなく、離れにエミリオンを案内した。
そこで見たものは、泣きながらヴェリティを看病するコリンヌと、高熱で真っ赤な顔をしたヴェリティだった。
その頬は痩け、以前の柔らかな顔立ちとは別人かと思えた。
「コリンヌ、君も一緒に行くぞ!」
「はい!そのつもりです!!」
言葉数は少なくとも、今ここに居る者達は、ヴェリティを心から心配し、この状況を打破したい者達ばかりだ。
「ヴェリティ様、お体に触れることをお許しください。」
エミリオンは、ヴェリティを横抱きにし、コリンヌにローブで覆わせた。
「行くぞ、コリンヌ。」
「はい!!!」
「エヴァンス公爵令息様、どうか奥様をよろしくお願い致します。コリンヌ、頼んだわよ!」
クレシアと別れ、僅かな荷物を入れた鞄を持って、先に歩くコリンヌは、誰にも見つからないよう、気を配っている。
しかし、あと少しで、ブランフォード侯爵家の門を出ようとした時、名も知らぬ護衛騎士に見つかった。
「あなた様は…?」
腕に抱いたヴェリティに気付いたのか、一瞬護衛騎士の纏う空気が緊張したのを感じた。
しかし次の瞬間、護衛騎士は背を向け、呟いた。
「私はそろそろ交代の時間ですので、何も見ておりません。侯爵家の中は護衛の範囲ですが、門の外は、今は異常ありません。」
(ヴェリティ様の味方か!)
「君の名前は?」
「ジェレミーです。奥様に拾っていただきました。さあ、早く行ってください。もうすぐ、交代の者がやって来ます。」
「すまない。君の名は覚えておく。」
「お忘れください。私に出来るほんの僅かなことです。」
エミリオンは騎士を背に、馬車へ急いだ。
コリンヌがキャビンに飛び込んで、馬車は即座に出発した。
「俺は、人攫いだな…」
エミリオンがぼそりと呟くと、コリンヌは少し笑って言った。
「これは、人助けです。」
悩む暇もなく公爵邸を飛び出し、ヴェリティを連れ去ったことを、エミリオンは決して後悔しないだろう。
そして、頭の中で幾度となく想像した叶わぬ筈の未来をこの手にする為に、エミリオンは覚悟を決めたのだった。
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