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24.慎ましやかな暮らしの中で
しおりを挟む私がコリンヌの離れに移り住んで十日。
執務は今まで通りで、双子達と過ごす時間がなくなっただけだった。
華美な物もなく、静かで慎ましやかに暮らしている。
「離れの生活にも慣れてきて、時間に余裕が出来たわね。ねぇ、コリンヌ、あなたもお勉強しない?」
「えっ!?私が、ですか?い、一応男爵家の生まれですから、読み書きは出来ますが…」
私はデジャヴかと思い、くすくす笑った。
「ジオルグの時も、こんな会話をしたわね。ジオルグは、リオラやリディアと、社交の場に出ることもあるから勧めたのだけど、コリンヌだって、何れは結婚して、そのような場に出ることもあるじゃない?」
「いえ!私はずっと奥様のお傍で仕えさせていただきたいです。」
「あらら、その気持ちは嬉しいけど、私はコリンヌにも幸せになって欲しいわ。それとは別に考えたとしても、知識や教養を入れる引き出しはたくさんあった方がいいし、場所も取らないし、決して邪魔にはならないの。学べる時に学んでおいた方がいいわ。正直、私は苦労したし、ずっとここに居られるか分からないから。」
「奥様…そんな………」
「ほぉら、ヴェリティ、でしょう?」
「ヴェリティ様、分かりました。教えてください!学びは、ヴェリティ様やお嬢様方のお役にも立てると思いますし、私、頑張ります!!」
「そう来なくちゃね!」
その日から、私は執務が終わるとコリンヌの勉強を見ることにした。
私自身がブランフォード侯爵家に嫁いで役に立ったことを重点的に教える。
手紙の書き方、書類整理、算術、社交のマナーと、毎日少しずつだがコリンヌは身に付けて行った。
何でも吸収するコリンヌの若さと意欲に、私が励まされていたのだろう。
双子達と離れて暮らし寂しさが埋まる訳ではないが、コリンヌの成長していく姿は嬉しかった。
しかし、離れに移り住み半年が経った頃、私は珍しく高熱を出した。
離れでの暮らしに不便は感じていなかった筈だが、元々少食だったり、食事の質が落ちたり、出歩くことがなくなり、体力が落ちていたのだろう。
コリンヌは心配し、夜も碌に寝ずの看病をしてくれたが、二日目になっても熱は下がらなかった。
「ヴェリティ様、ファーガソン様の所へ行って参ります。」
(迷惑を掛けてしまうわ…私なら大丈夫………)
意識が朦朧とした私は、言葉にしてコリンヌを止めることが出来ず、眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コリンヌはファーガソンを探して本邸に行ったが、どうも騒がしい。
侍女長のクレシアを見つけて、何事かと問うと、オーレリアが出産したとのことだった。
「男のお子様だったの…」
クレシアの表情で、コリンヌはヴェリティの立場が更に悪化することを懸念した。
「クレシア様、便箋とペンをお貸しいただけないでしょうか。」
「えっ?」
クレシアは、不思議そうな顔をした。
「エヴァンス公爵令息様にお手紙をお送りしたいのです。
ヴェリティ様のお熱が、昨日から下がりません。
ファーガソン様にお医者様を呼んでいただきたくてをお願いに参りましたが、この様子だと無理かもしれません。
どうか、クレシア様、私のお手紙を速便でお願い出来ないでしょうか?」
コリンヌの必死な顔を見て、クレシアは頷いた。
「分かりました。あなたはそちらの侍女部屋でお手紙を書きなさい。便箋とペンは文机の上にあります。私はファーガソン様にこのことをそっと伝え、ブランフォード侯爵家としてお手紙を出すということにしていただきます。速便も手配するから、任せて!」
「よろしくお願い致します。」
コリンヌは、早速エミリオン・エヴァンス公爵令息宛の手紙を書いた。
そこには、ヴェリティの高熱のことだけでなく、離れに移り住んで質素な生活なのに、今まで通りの執務を行っていること、この手紙はヴェリティの教育で書けるようになったことを手短かに書いた。
「よし!エヴァンス公爵令息様なら、きっとお力を貸してくださるわ。絶対ヴェリティ様に元気になっていただかなくちゃ!!」
コリンヌは、この半年で責任感や使命感が急成長していたのだ。
姉妹のように扱ってくれた双子達への恩、母のように接してくれるヴェリティへの感謝と尊敬。
その気持ちが、今コリンヌを動かしている。
レオリックに見つかれば、もしかしたら自分だけでなく、ファーガソンやクレシアにも処罰があるかもしれないと思いながらも。
もちろん、その時は自分が全てを被る決意も固まっている。
「コリンヌ、手紙は書けたか?」
コリンヌが拳を握り気合いを入れていると、ファーガソンが駆け込んできた。
「はい!」
「では、預かろう。直ぐに速便で送るよ。
コリンヌ、よく知らせてくれた!ありがとう。
フルーツや胃に優しい食べ物を用意させたから、クレシアから受け取って、奥様の元に戻りなさい。
コリンヌの分もあるから、お前はしっかり食べて、奥様を看てあげておくれ!」
「分かりました!」
コリンヌはクレシアから食べ物の入ったバスケットを受け取り、離れに戻った。
「ヴェリティ様、どうかお熱が下がりますように。」
それから、コリンヌは軽食を摘む以外は、ずっと傍を離れることなく看病した。
なかなか下がらない熱が心配だったが、自分に今出来ることをやりたかった。
そして、時が経つに連れ、自分に出来ることがほんの僅かであることに絶望しかかっていた。
その時、離れの寝室の扉を叩く音がした。
コンコン、コンコン
(エヴァンス公爵令息様だっ!!)
双子達の傍で聞き慣れた、あのノックを聞いた瞬間、コリンヌの目からは涙が溢れた。
「ヴェリティ様をお助けください!!!」
コリンヌを見たエミリオンは、その奥の光景に絶句した。
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