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23.離れの執務室
しおりを挟む双子達が侯爵邸を出た翌日から、私は離れに移り住む準備を着々と進めた。
本邸の物は極力持ち出さないようレオリックに言われたので、一覧表にしてレオリックに見せるつもりだ。
エミリオンに描いてもらった執務室の絵だけは、どうしても離れに運びたい。
今ではレオリックに用事がある時は、全て執事のファーガソンを通しているので、一覧表を託した。
「ファーガソン、旦那様がお手隙の時に見ていただいて?」
「畏まりました。しかし…これでは、あまりにも少ないのでは…?」
ちらりと一覧表に目を通したファーガソンは、悲しげに私を見た。
「大丈夫よ。旦那様と結婚した時の私は、何も持たずにここに来たようなものだもの。支度金すらなかったし。ドレスも宝石も、全てファーガソン侯爵家で用意していただいたの。」
「しかし!」
「これ以上は………ねっ?」
ファーガソンの気持ちは嬉しかったが、私は続く言葉を制した。
「分かりました。出過ぎた真似をするところでした…奥様…」
「ありがとう、まだ奥様と呼んでくれるのね。」
「もちろんです!」
「でもね、きっと直ぐにオーレリア様がいらっしゃるわ。ファーガソンやクレシアは、今まで通り、この侯爵家の為に仕えてください。」
「はい…」
ファーガソンの気持ちは嬉しかったが、私は線引きをしなければならないと感じていた。
先を見越して、予防策を考える。
それは、私自身が傷付いて立ち直れなくなることを防ぐ為なのだ。
「旦那様の許可を得られたら、離れに移ります。コリンヌは連れて行くけど、皆に挨拶したいから、その時は集まれる人だけでいいから、集まってもらって?」
「承知いたしました。」
こうして、ファーガソンに託した一覧表は、これで構わないという伝言だけで許可が下りた。
レオリックには、もう私と話す気持ちすらないのかと、胸が軋んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから二日後、離れに荷物が持ち込まれ、いよいよ移り住むことになった。
侍女長のクレシアは、皆に声を掛けてくれたのか、本邸を出る前に使用人達全員が集まった。
「皆さん、この十年、何も分からずに嫁いで来た私に仕えてくれて、ありがとうございました。今日から離れに移り、皆さんと関わることがなくなるかもしれないけど、ブランフォード侯爵家の為に、これからもよろしくお願いしますね。」
「「「奥様!!!」」」
「どうか、旦那様とオーレリア様をよろしくお願いします。」
涙ぐむ者、俯く者、いろんな反応だが、その場の雰囲気は、皆、私との別れを惜しんでくれているように感じた。
だからこそ、皆の立場を悪くさせないよう、手短に挨拶を終える。
そして私は、コリンヌだけを連れて、離れに向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さあ、コリンヌ、今日から二人よ?ごめんなさいね、連れて来てしまって。」
離れの執務室は、机と椅子だけの簡素なものだった。
既に書類の山となり、執務をここで行うことは決定しているようだ。
ふと見ると、先程からひと言も発しなかったコリンヌは、目から涙がはらりはらりと頬を伝う。
「コリンヌ?本当にごめんなさいね。嫌だったよね、離れなんて…」
「違います!!何で…何で、旦那様はこんな仕打ちをっ!?奥様が一体何をされたというのですかっっっ!侯爵家の為に働いて、リオラお嬢様とリディアお嬢様を愛情たっぷりに育てて!!何で!?」
私の為に怒っていたのだと気付き、私はコリンヌを抱き締めた。
「コリンヌは優しい子ね。
リオラやリディアにも尽くしてくれて…私にも。
でもね、コリンヌ。
貴族の結婚は儘ならないの。
特に、私のように格下の家から嫁ぎ、実家にも戻れないような者は、旦那様に従うしかないのよ。
せめてもの救いは、リオラやリディアを皇立学園に無事入学させられたこと。
まだ、あの子達には離れに移り住むことを話していないの。
そう遠くない日に、このことを話さなければいけない日が来ると思うから、その時はコリンヌの力を貸してちょうだい。」
「私…の……力………?」
「そう、コリンヌの力。私は離れでも元気にしていると、あの子達を安心させてあげて欲しいの。コリンヌの明るさで!」
「奥様…」
「もう奥様ではなく、名前で呼んで?どうせここではコリンヌと二人だし、ヴェリティと呼んで欲しいわ。」
「ヴェ、ヴェリティさまぁーー、私は、私はやっぱり悔しいです!今、今だけは、どうか泣かせてください!!明日からは頑張ってヴェリティ様を私が笑わせます!!!」
「ありがとう、コリンヌ。」
「うわぁぁぁーーー!!!」
私より悲しむコリンヌを抱き締め、その温かさに私が救われる。
コリンヌに力をもらえたような気持ちになり、私はまだ大丈夫だと思えた。
そして、コリンヌの涙がやっと止まった頃、ファーガソンが執務室に入って来た。
部屋の中を見て、ファーガソンは呆然としている。
「ファーガソン、すっきりした執務室でしょう?」
私が微笑むと、ファーガソンは表情を一変させる。
「何故!?旦那様はここまで!!」
「さっきコリンヌが怒ってくれたから、ファーガソンまで怒らないで?ふふ。」
「奥様……コリンヌ……」
「ファーガソン、その絵を持って来てくれたのね。この部屋に映えるわ!」
ファーガソンは我に返り、丁寧に絵を壁に掛けてくれた。
「エミリオン様は、これを見越していらしたのかしらね…?」
私が呟くと、ファーガソンは悲しげな顔をした。
「奥様、これからも私は本邸と離れを行き来する許可を旦那様にいただきました。何かありましたら、私をお呼びください。旦那様の日程も把握しておりますし、必要であればお手紙を速便でお出しすることも出来ます。」
「ありがとう、心強いわ。」
「私やクレシアは、この先も奥様をお支えするつもりです。どうか、お一人で全てを抱え込まないようにお願い致します。コリンヌ、奥様に何かあれば、躊躇わずに、お前が私の所に来なさい。分かったな?」
「はい!」
コリンヌは元気に応え、ファーガソンがやっと笑った。
一人ではないという安心感に、また私は胸が熱くなった。
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