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26.目覚めと暗闇
しおりを挟む朝の陽射しが眩しくて、目を開けた時、私は驚いた。
知らない部屋のベッドに居たからだ。
傍の椅子には、コリンヌが疲れた顔でうとうとしていた。
(ここは、どこかしら…ベッドも装飾品もとても豪華だわ…あ…薔薇の花、綺麗ね…良い香り…)
花瓶に飾られた赤い薔薇は、私の心を和ませた。
その時、コンコン、コンコンと耳慣れたノックがした。
(このノックは、エミリオン様だわ!何故!?)
そっと開いた扉から、エミリオンが顔を出す。
驚きつつも、私は人差し指を唇に当て、静かに部屋に入って来て欲しいと合図する。
コリンヌが寝ているからだ。
「コリンヌ、よく寝てますね。ヴェリティ様のお傍を離れない!って、ずっとここに居たのですよ?」
そっとエミリオンは私に近付き、小さな声で話しながら、くすくす笑う。
「ここは…?」
「エヴァンス公爵邸です。」
「えっ!?どうして?」
「ヴェリティ様の熱が下がらず、意識もなかったからです。コリンヌが手紙をくれたので、俺がヴェリティ様を攫いに行きました。」
「っ!?攫うって?」
私は、つい大きな声で叫んでしまった。
「っ!?ヴェリティさまっ!目が覚めたんですね!!良かったぁぁぁ!五日も寝ていらしたんですよ!心配しました!!あーーーんっ!!!」
コリンヌが泣き出し、エミリオンが遂に声を上げて笑い出す。
「はははっ、コリンヌ、お手柄だったね!ヴェリティ様の意識が戻ったし、話がしたいから、コリンヌは別室で食事したり、休んだりしておいで。執事のベンジャミンには話であるから。」
「は、はい!でも、何かありましたら、私を直ぐにお呼びください!!」
空気を読んだコリンヌが、ごしごしと袖で涙を拭いながら部屋を出て行くと、エミリオンと二人きりになった。
「コリンヌから手紙をもらい、居ても立っても居られず、ヴェリティ様を攫ってきました。独断で、申し訳ありません。」
「えっ…私…五日も寝た切り!?で、攫われてきちゃったのですね…どうしましょう…?えっ…」
「何も心配しないで?取り敢えず、身体を休めてください。今から、あの離れに戻るなんて無謀なことは、俺が許さない。」
まだ頭が働かない私は、おろおろしてばかりだが、エミリオンは、真剣な顔で私を見ている。
その表情で、いつもの冗談ではないことだけは理解出来た。
「そ、そうですね、どうせ出て来ちゃったんだし、ゆっくりさせていただこうかしら…でも、探していないかしら…」
「今のところ、こちらには連絡はありません。
公爵家の影にも探らせていますが、何も。
今このタイミングで、お話していいか迷いましたが…
オーレリアが男児を出産したそうです。
コリンヌは、ファーガソンに医者を呼んでもらいたくて本邸に行ったそうですが、ブランフォード侯爵がオーレリアに付きっきりで…
コリンヌの判断で俺に手紙をくれたようです。」
「そうなのですね…赤子を身籠もれば、無事に産まれたことを祝う日ですもの。私に構っている暇はありませんよ。」
力なく笑うと、エミリオンは厳しい顔をする。
「ヴェリティ様、あなたは!あなたは、そんな扱いを受けていい方ではないっ!こんなになるまで…何故、俺を呼んでくれなかったのですか!?」
私は、怒りに震えるエミリオンに、申し訳なさが浮かんだ。
「だって、エミリオン様には、リオラやリディアだけでなく、ジオルグのお世話までお願いしていたし…それに、熱が出るまで、そんなに体調が悪かった訳ではないのです。」
エミリオンは、悔しげな顔をして俯いた。
「あなたって人は………ヴェリティ様の体調不良の原因は、過度なストレスから来るものなのです。大丈夫、平気だと自分の心に収めても、ストレスは確実に身体を蝕むのです。つらい気持ちが分からなくなる程、あなたはストレスに蝕まれていたのですよ?」
「……………」
「大きな声を出して、すみません。俺は、決して、ヴェリティ様を責めている訳ではありません。ブランフォード侯爵に嫌な顔をされても、ヴェリティ様に会いに行くべきでした。自分の考えの足りなさに腹が立ちます。」
「そんなこと!エミリオン様は、ご自分を責めないでください。私が…私のことを分かっていなかったから…」
「この際、心に収めたことを吐き出してみませんか?今じゃなくてもいいです。話したくなったら、いつでも聞きます。」
「はい…」
「では、もう少し休みましょう。お腹は空いていませんか?」
「まだ食欲はありません…少し寝ますね。」
「分かりました。ここでは、ゆっくりしてください。では、また後で。」
エミリオンは、静かに出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目を閉じて考えると、悲しみよりも、すとんと腑に落ちた自分が居る。
もう、ブランフォード侯爵家に私は必要ない。
双子達の特別試験など、許可も取らずに物事を進めた生意気な私に、レオリックは愛想を尽かしたのだろう。
オーレリアとの間に嫡男が誕生した今、双子達の地位も危うい。
私は、ずっと自分の親に売られた気がしていた。
平凡な私に関心のない両親と実兄。
父にすれば、レオリックとの結婚は、持参金なしで、余計者を引き取ってもらえた偶然と幸運の産物だ。
母は、自身が夫の愛人に苦しめられ、嫡男の兄に縋る人生だから、私のことなど気にも留めないだろう。
寧ろ私から、レオリックに大切にされていた侯爵夫人という立場がなくなれば、母は私への嫉妬から解放されるかもしれない。
私は、たまたまレオリックが優しくて、十年間幸せだっただけだ。
そして今、私だけがブランフォード侯爵家を去れば、リオラやリディアが政略結婚の駒になる。
才能ある双子達をお飾りの夫人にはしたくない。
望む未来を生きて欲しい。
私は、どうすればいいのだろう。
この八方塞がりな状況で、無力な自分が悔しくて、涙が出る。
ブランフォード侯爵家に尽くしてきた。
優しかった亡きお義母様の期待に応えたかった。
レオリックも愛していた。
愛って何だろう。
一目惚れだというレオリックの一途さに惹かれ、手が触れただけでときめいて、身体を繋げば熱く火照り、満たされた。
双子達が産まれても、変わらぬ愛を捧げてくれたレオリックが大切で愛していた。
幸せだったのに、こんなにあっさりと崩れていくなんて。
私は、この先何をすべきか。
考えなどまとまる筈もなく、目の前が真っ暗になり、眠りに落ちた。
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