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27.自分という存在
しおりを挟む高熱で意識を失い、目覚めてからも、なかなか体力が戻らず、あれから十日。
まだ私はベッドから起き上がれない。
やっとベッドのヘッドボードにもたれ掛かり、座れるようになった程度だ。
コリンヌはずっと私に付きっきりで、エミリオンも時間の許す限り、部屋を訪れる。
毎日庭の薔薇を自ら選び、花束を持って現れるエミリオン、花束を花瓶に活ける為に、入れ違いに部屋を出て行くコリンヌ。
息の合ったコンビ・プレイは、何だか楽しそうに見える。
「ヴェリティ様、ご気分は如何ですか?」
「はい、気分は良いです。これで、立ち上がったり、歩けたらいいのですが、まだちょっと難しそうです。
こんなにも体が弱っていたなんて情けないです。
それに、エミリオン様には、とても良くしていただいて嬉しいのですが、お世話になりっ放しで、ご迷惑にならないでしょうか?」
ブランフォード侯爵家に居た時とは違い、ベッドに寝た切りで、上げ膳据え膳の日々。
可愛らしいコリンヌと、優しく微笑むエミリオン。
考えることすら放棄して、この優しい空間にずっと身を置きたくなる。
しかし、双子達も心配だし、何よりエヴァンス公爵家に迷惑を掛けている。
私は、エミリオンの優しさがつらくも思えた。
「父上と母上には、事情を説明しました。」
「…っ!?」
「勝手なことばかりして、申し訳ありません。俺は……もう…自分の気持ちを抑え込むことを止めました。俺の持てる全てを使ってでも、ヴェリティ様を奪いに行くことにしました。」
「ーーっ!?」
「俺は、このエヴァンス公爵家の嫡男です。本来なら未婚の女性を娶るのが筋でしょう。しかし、俺が諦めても、ヴェリティ様は幸せではなくなった…だったら、俺が幸せにしてもいいでしょう?」
「ーーーっ!?」
「ヴェリティ様は、このままブランフォード侯爵とは離縁していただきます。そして、俺の妻になってもらいます。」
「…えっ、と…頭が追い付いていませんが…離縁て…私がされるのではなく、する…方…?」
「はい、そうです。」
「いぇ…あの……えぇぇぇーーー!?」
エミリオンは真顔で言い切り、私はあまりの驚きに叫んだ。
「当たり前ではないですか。
勝手に離れに愛人を連れ込み、身籠ったからと愛人を優遇し。
尽くしてきた妻を離れに押し込め、質素な暮らしを強いて、妻は体調まで崩して。
あの屑侯爵は嫡男が産まれたからと、妻が居なくなったことすら気付かない。
ヴェリティ様、ご自分のこととしてではなく、他所の家のこととして考えてみてください。」
「他所の家……」
「では、言い方を変えてみましょう。もし、その妻が、リオラお嬢様やリディアお嬢様だったとしたら…?」
「…………とても…許せませんね…」
「でしょう?ヴェリティ様は、そういう扱いを受けたのですよ。」
「…ぁ…あぁ…あぁぁぁ…」
私は、この時初めて、自分の置かれた立場を客観的に見ることが出来た。
私は、恵まれていたとは言えないワーグナー伯爵家から、『結婚』という確かな誓約の下に連れ出してくれたレオリックに感謝して、誠心誠意尽くしてきたつもりだった。
そして、十年という月日を経て、何の不安もなく、揺るがない居場所を築いてきた筈だった。
オーレリアとのたった一つの出会いが、その居場所を奪うまでは。
「私は…私という存在は何だったのでしょうね…何が足りなくて、何が駄目だったのか…私には分かりません…」
全てが無駄だったのかという想いに、胸が潰れそうに痛くて、私は俯いた。
「ヴェリティ!!!」
エミリオンは、名前を呼ぶ強さとは逆に、そっと私を抱き締めた。
「ヴェリティは駄目だった訳じゃない。足りないところもない。素直で賢い子ども達をしっかりと育ててきた。ブランフォード侯爵家も成長してきた。それが、あなたのしてきたことだ。それを反故にしたのは、ブランフォード侯爵だ!」
「でも…」
「ヴェリティを蔑ろにした報いは受けさせる。俺が、必ず。」
エミリオンの決意と裏腹に、私はどうしたらいいか、まだ考えがまとまらない。
「でも、リオラやリディアは…あの子達は、私の命よりも大切な子達です!あの子達を手放したくありません!!」
エミリオンが私を抱く手に力を込める。
「大丈夫です。あの子達も一緒にエヴァンス公爵家に迎えます。」
「っ!?そんなことが…出来るのでしょうか…」
「俺の父を誰だと思っているのですか?」
エミリオンは、ふっと笑った。
「………っ!皇弟殿下!!」
「そうです。俺にも皇族の血が入っています。それに、母は皇后陛下の血族です。
両親は、条件付きですが、反対はしていません。
後はヴェリティ様の気持ちです。」
エミリオンが何を考え、公爵夫妻が何を条件としているのか、私は酷く混乱した。
私のような者に、何が出来るのか。
実家のワーグナー伯爵家には戻れないし、戻りたくない。
しかし一番の問題は、私がブランフォード侯爵家を離れたら、双子達と一緒に居られる可能性はなくなるだろう。
双子達と離れずに済むのなら、エミリオンの申し出を受けるしかないのか。
「お時間をください。」
「もちろんです。もうすぐ皇立学園の夏休みが始まります。あの子達をここに呼んで、話し合いませんか?」
「こちらに呼んでいただけますの?」
「はい、部屋は充分あります。あの子達がここでも学べるように、短期で家庭教師も派遣しましょう。俺の仕事仲間で、優秀な者が居ますから。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
「ヴェリティ様は、それまでにお身体を回復させましょう。そろそろ肉も食べてもらいますよ?」
エミリオンは、私の髪を一束手繰り寄せ、口付けた。
「少しずつでいいから、俺のことも意識して?」
いたずらっ子のように笑うエミリオンに、私の心はどくんと跳ねた。
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