28 / 90
27.自分という存在
しおりを挟む高熱で意識を失い、目覚めてからも、なかなか体力が戻らず、あれから十日。
まだ私はベッドから起き上がれない。
やっとベッドのヘッドボードにもたれ掛かり、座れるようになった程度だ。
コリンヌはずっと私に付きっきりで、エミリオンも時間の許す限り、部屋を訪れる。
毎日庭の薔薇を自ら選び、花束を持って現れるエミリオン、花束を花瓶に活ける為に、入れ違いに部屋を出て行くコリンヌ。
息の合ったコンビ・プレイは、何だか楽しそうに見える。
「ヴェリティ様、ご気分は如何ですか?」
「はい、気分は良いです。これで、立ち上がったり、歩けたらいいのですが、まだちょっと難しそうです。
こんなにも体が弱っていたなんて情けないです。
それに、エミリオン様には、とても良くしていただいて嬉しいのですが、お世話になりっ放しで、ご迷惑にならないでしょうか?」
ブランフォード侯爵家に居た時とは違い、ベッドに寝た切りで、上げ膳据え膳の日々。
可愛らしいコリンヌと、優しく微笑むエミリオン。
考えることすら放棄して、この優しい空間にずっと身を置きたくなる。
しかし、双子達も心配だし、何よりエヴァンス公爵家に迷惑を掛けている。
私は、エミリオンの優しさがつらくも思えた。
「父上と母上には、事情を説明しました。」
「…っ!?」
「勝手なことばかりして、申し訳ありません。俺は……もう…自分の気持ちを抑え込むことを止めました。俺の持てる全てを使ってでも、ヴェリティ様を奪いに行くことにしました。」
「ーーっ!?」
「俺は、このエヴァンス公爵家の嫡男です。本来なら未婚の女性を娶るのが筋でしょう。しかし、俺が諦めても、ヴェリティ様は幸せではなくなった…だったら、俺が幸せにしてもいいでしょう?」
「ーーーっ!?」
「ヴェリティ様は、このままブランフォード侯爵とは離縁していただきます。そして、俺の妻になってもらいます。」
「…えっ、と…頭が追い付いていませんが…離縁て…私がされるのではなく、する…方…?」
「はい、そうです。」
「いぇ…あの……えぇぇぇーーー!?」
エミリオンは真顔で言い切り、私はあまりの驚きに叫んだ。
「当たり前ではないですか。
勝手に離れに愛人を連れ込み、身籠ったからと愛人を優遇し。
尽くしてきた妻を離れに押し込め、質素な暮らしを強いて、妻は体調まで崩して。
あの屑侯爵は嫡男が産まれたからと、妻が居なくなったことすら気付かない。
ヴェリティ様、ご自分のこととしてではなく、他所の家のこととして考えてみてください。」
「他所の家……」
「では、言い方を変えてみましょう。もし、その妻が、リオラお嬢様やリディアお嬢様だったとしたら…?」
「…………とても…許せませんね…」
「でしょう?ヴェリティ様は、そういう扱いを受けたのですよ。」
「…ぁ…あぁ…あぁぁぁ…」
私は、この時初めて、自分の置かれた立場を客観的に見ることが出来た。
私は、恵まれていたとは言えないワーグナー伯爵家から、『結婚』という確かな誓約の下に連れ出してくれたレオリックに感謝して、誠心誠意尽くしてきたつもりだった。
そして、十年という月日を経て、何の不安もなく、揺るがない居場所を築いてきた筈だった。
オーレリアとのたった一つの出会いが、その居場所を奪うまでは。
「私は…私という存在は何だったのでしょうね…何が足りなくて、何が駄目だったのか…私には分かりません…」
全てが無駄だったのかという想いに、胸が潰れそうに痛くて、私は俯いた。
「ヴェリティ!!!」
エミリオンは、名前を呼ぶ強さとは逆に、そっと私を抱き締めた。
「ヴェリティは駄目だった訳じゃない。足りないところもない。素直で賢い子ども達をしっかりと育ててきた。ブランフォード侯爵家も成長してきた。それが、あなたのしてきたことだ。それを反故にしたのは、ブランフォード侯爵だ!」
「でも…」
「ヴェリティを蔑ろにした報いは受けさせる。俺が、必ず。」
エミリオンの決意と裏腹に、私はどうしたらいいか、まだ考えがまとまらない。
「でも、リオラやリディアは…あの子達は、私の命よりも大切な子達です!あの子達を手放したくありません!!」
エミリオンが私を抱く手に力を込める。
「大丈夫です。あの子達も一緒にエヴァンス公爵家に迎えます。」
「っ!?そんなことが…出来るのでしょうか…」
「俺の父を誰だと思っているのですか?」
エミリオンは、ふっと笑った。
「………っ!皇弟殿下!!」
「そうです。俺にも皇族の血が入っています。それに、母は皇后陛下の血族です。
両親は、条件付きですが、反対はしていません。
後はヴェリティ様の気持ちです。」
エミリオンが何を考え、公爵夫妻が何を条件としているのか、私は酷く混乱した。
私のような者に、何が出来るのか。
実家のワーグナー伯爵家には戻れないし、戻りたくない。
しかし一番の問題は、私がブランフォード侯爵家を離れたら、双子達と一緒に居られる可能性はなくなるだろう。
双子達と離れずに済むのなら、エミリオンの申し出を受けるしかないのか。
「お時間をください。」
「もちろんです。もうすぐ皇立学園の夏休みが始まります。あの子達をここに呼んで、話し合いませんか?」
「こちらに呼んでいただけますの?」
「はい、部屋は充分あります。あの子達がここでも学べるように、短期で家庭教師も派遣しましょう。俺の仕事仲間で、優秀な者が居ますから。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
「ヴェリティ様は、それまでにお身体を回復させましょう。そろそろ肉も食べてもらいますよ?」
エミリオンは、私の髪を一束手繰り寄せ、口付けた。
「少しずつでいいから、俺のことも意識して?」
いたずらっ子のように笑うエミリオンに、私の心はどくんと跳ねた。
1,097
あなたにおすすめの小説
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
私だけが愛して1度も笑ったことの無い夫が、死んだはずの息子を連れてもどってきた
まつめ
恋愛
夫はただの一度も私に笑いかけたことは無く、穏やかに夫婦の時間をもったこともない。魔法騎士団の、騎士団長を務める彼は、23年間の結婚生活のほとんどを戦地で過ごしている。22歳の息子の戦死の知らせが届く。けれど夫は元気な息子を連れて私の元に戻って来てくれた。
傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う
ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――?
エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした
ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。
自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。
そんなある日、彼女は見てしまう。
婚約者に詰め寄る聖女の姿を。
「いつになったら婚約破棄するの!?」
「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」
なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。
それを目撃したリンシアは、決意する。
「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」
もう泣いていた過去の自分はいない。
前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。
☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m
☆10万文字前後完結予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる