【完結】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜

紬あおい

文字の大きさ
29 / 90

28.エヴァンス公爵夫妻の条件

しおりを挟む

それから数日後、いろいろ驚いて、かえって身体がしゃきっとしたのか、立ち上がり椅子に腰掛けられるまでに回復した。
そのタイミングを見計らっていたのか、エミリオンはエヴァンス公爵夫妻との面会を申し出た。

「両親はいつでも時間を作ると言ってくれましたが、そろそろ話をしてもいいでしょうか?」

「はい、よろしくお願い申し上げます。」

そして、その面会は直ぐに叶った。
私はコリンヌが持って来たドレスが、エミリオンからの贈り物だと気付いたが、ブランフォード侯爵家からは大した物が持ち出せなかったと察し、そのドレスを着ることにした。

落ち着いたショコラ色のドレスは、まるでエミリオンの瞳のようにも見えるし、子どもを持つ侯爵夫人の装いにも見える。
自信過剰になってはいけないと、自分を律し、エヴァンス公爵夫妻との面会に臨む。

そしてエミリオンは、なるべく歩かずに済むようにと、私が滞在させていただいている部屋の向かいの部屋を選んだ。
何日も前から準備してあったのか、十五人は座れそうな応接セットのソファが置かれていた。

「今日はコリンヌも居て欲しい。」

「えっ!?」

「いいから座って?ヴェリティ様は俺の隣ね。」

ソファに、エミリオン・私・コリンヌの順で横並びに座る。
私もコリンヌも緊張で手が震えている。
お互いに指先だけそっと握り、やっと少しだけ落ち着いた感じだ。

「すまない、待たせたか?」

「お待たせして、ごめんなさいね。」

「…………失礼致します…」

扉が開き、エヴァンス公爵夫妻と若い女性が入って来た。

「ヴェリティ様はご存知だろう。父のグラナード・エヴァンス公爵、母のファビオラ夫人と妹のグレイシアだ。」

「はい、存じ上げております。ご無沙汰しておりました。今日はお忙しいところ、お時間をいただきまして、ありがとうございます。ブランフォード侯爵家のヴェリティです。隣におりますのは、侍女のコリンヌです。」

顔が引き攣って、声が上擦った気もしたが、グラナード公爵もファビオラ夫人も、微かに笑顔を浮かべている。
グレイシアだけが牽制しているような表情に見えるが、それは当然のことだ。

「急病とはいえ、エヴァンス公爵家様にご迷惑をお掛けしまして申し訳ありません。そして、いろいろお気遣いをいただきまして、ありがとうございます。まだ体調が完璧ではなく、座ったままでのご挨拶で失礼いたします。」

先ずは、謝罪とお礼を言いたくて、真っ先に口を開いた。

「いや、こちらこそ、息子が勝手にお連れしたと聞いている。寛いだ体勢で良いよ。この状況で、ヴェリティ殿は意識が戻った時、随分戸惑っただろう?」

「……はい…あっ、いえ、大丈夫です!」

ファビオラ夫人は、エミリオンと同じ琥珀色の目を細めて、くすりと笑った。

「そんなに緊張しなくていいわ。エミリオンからは事情を聞いていますから。あまり時間が長くなると、お身体に負担でしょうから、私と夫からの条件を話すわね。先ずは、あなたお願い。」

そして、グラナード公爵が提示した条件は、驚くべきものだった。

「先ず、ブランフォード侯爵とは離縁してもらう。
愛人を私達が指定する男爵家の養女にし、ブランフォード侯爵と結婚させ、正式な侯爵夫人とする。」

「…っ!?」

「そして、ヴェリティ殿は、書類上は一旦生家のワーグナー伯爵家に戻り、即日エミリオンと婚姻を結ぶ。
書類上というだけなので、実際にワーグナー伯爵家に戻ることなく、このままエヴァンス公爵家に住んでもらう。
これで、対外的にも正式な公爵夫人となる。」

「ーーっ!?」

「但し!ここからが一番大事な条件だ。
エヴァンス公爵家は、皇宮に優秀な人材を輩出することで、皇帝陛下への忠誠を体現している。
その仕事に真摯に取り組んでもらいたいのだ。
エミリオンからは、双子の令嬢達だけでなく、ここに来てもらったコリンヌや、令嬢達の護衛騎士にまで教育を受けさせていると聞いている。
身分に関係なく、優秀な人材を活かすこと。
その行動は、このエヴァンス公爵家が最も大切にしている信念と同義だ。
どうだ?やってみないか?」

「ーーーっ!?」

私は、自分の存在価値を否定された人間だ。
そんな私に、何が出来るだろうと、直ぐに答えられなかった。
そんな時、コリンヌが口を開いた。

「私がこんなことを申し上げていいか分かりませんが…」

「コリンヌ、大丈夫だ、話してごらん。」 

エミリオンが、コリンヌの背中を押すように微笑む。

「ヴェリティ様は、私のような者にも、未来を見据えて学びなさいと仰ってくださる、優しくて素敵なお方です。
ブランフォード侯爵家で離れに移られて、お仕事が終わると、私にいろいろ教えてくださいました。
しがない男爵家の生まれの私が、エヴァンス公爵令息様にお手紙を書こうと自信が持てたのも、ヴェリティ様のおかげです!
ヴェリティ様の居場所があんな離れだなんて、悲しいです。
どうか…どうか、ヴェリティ様を…助けてください…」

コリンヌは、一気に話すと静かに泣き出した。
私はコリンヌの肩を抱き、そっとさすった。

「ヴェリティ殿、コリンヌの目を見たか?しっかりと自分の役目を果たそうとする、この輝き。この愛弟子のように、他の子達も育ててみないか?」

私の顔を覗き込むグラナード公爵は、真剣だが優しい光をたたえた目をした。

「私に…出来るでしょうか…」

「それを見極めたいからこその条件だ。
条件などと堅苦しい表情をしたが、自分の経験を活かして人を育てるということは、素晴らしいことじゃないか?
今、ヴェリティ殿は過去を振り返って、自分の存在価値を疑っているだろう?
しかし、ヴェリティ殿がしてきたことが身を結び、双子の令嬢達は最難関の特別試験をパスし、もうすぐ十一歳なのに大変優秀だと報告を受けている。
今、目の前でヴェリティ殿を思って泣いているコリンヌを見ても、人との関わり方が素晴らしいのは分かった。
その経験を活かす場を得てみたくないか?」

「やらせていただけるのなら…」

「よし、決まりだ。」

グラナード公爵は、ぱちんと手を打った。

「ちょっと待ってください、お父様、お兄様は嫡男です!嫡男の妻が子持ちって!?」

その時、今まで黙っていたグレイシアが声を上げた。
しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

私だけが愛して1度も笑ったことの無い夫が、死んだはずの息子を連れてもどってきた

まつめ
恋愛
夫はただの一度も私に笑いかけたことは無く、穏やかに夫婦の時間をもったこともない。魔法騎士団の、騎士団長を務める彼は、23年間の結婚生活のほとんどを戦地で過ごしている。22歳の息子の戦死の知らせが届く。けれど夫は元気な息子を連れて私の元に戻って来てくれた。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――? エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。

〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした

ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。 自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。 そんなある日、彼女は見てしまう。 婚約者に詰め寄る聖女の姿を。 「いつになったら婚約破棄するの!?」 「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」 なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。 それを目撃したリンシアは、決意する。 「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」 もう泣いていた過去の自分はいない。 前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。 ☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m ☆10万文字前後完結予定です

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

処理中です...