【本編完結・新章スタート】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜

紬あおい

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29.グレイシアの戸惑いと真意

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グレイシアの疑問や不満はもっともだ。
私は、この場の雰囲気に甘え、流されようとしているのかと、少し悔やんだ。

「グレイシア様の仰る通りです…私は、まだブランフォード侯爵家に籍を置き、エヴァンス公爵令息様よりも四つも年上で、双子達の母です。やはり、このお話は…」

エミリオンは私の手を握り、グレイシアを真っ直ぐに見つめ、静かに話す。

「俺はヴェリティ以外は望まない。
グレイシアが反対するならば、お前が婿を取り、エヴァンス公爵家をまもっていけ。
その位の覚悟は出来ているし、お前ならやり遂げるだろう。」

「お兄様、何を言ってらっしゃるの!?
この方だけが女性ではないでしょう?
もっと若くて未婚の令嬢はたくさん居るし、お兄様に憧れている令嬢もたくさん居るわ!
何故、この方にこだわるの!?」

グレイシアはあまりに驚き、叫んだ。

「もう俺の中では何度も諦めたひとだ。
十一歳の時に初めて出会い、家格や年が上だからと諦め、一年後に、ヴェリティがブランフォード侯爵と結婚した時に諦め、双子の令嬢達の絵の指導をすることになった時、ヴェリティが幸せならばそれでいいと諦めた。
そして、幸せではないことを知った今、ヴェリティを俺が幸せにしたいのだ。
もう、諦めたくないんだ。」

淡々と語るエミリオンを、コリンヌはきらきらした瞳で見ている。
きっと、双子達と読んだ恋愛小説でも思い出しているのだろう。
しかし、私は実感が湧かなかった。

「エヴァンス公爵令息様が、道に迷ったのをお助けしたことは確かですが、そこからそんなに想われているとは…
娘達の絵の先生になっていただき、再会した時も普通に接してくれていましたよね?」

「片想いを前面に出して行ったら、警戒されるだけじゃないですか。
それに、ヴェリティが幸せならば、この想いは永遠に封印したままでした。」

エミリオンは、少し顔を赤らめ、その瞬間、グレイシアの纏っていた戸惑いや緊張感が一気に解けた。

「うわっ、やだっ、お兄様、片想いが過ぎますわ!
私は、ヴェリティ様にそそのかされたのだとばかり…
ヴェリティ様、申し訳ありません!
帝国の憧れの公子の筈が、こんな気持ち悪い拗らせ片想い男子だとは思いませんでしたの!!」

グレイシアは、座ったまま、丁寧にお辞儀をした。
その瞬間、コリンヌがつい吹き出した。

「ぷぷっ、エヴァンス公爵令息様…『拗らせ片想い男子』って…」

「こら!コリンヌ、不敬ですわ!!申し訳ありません。」

「っ!?も、申し訳ありませんでした!!!」

焦るコリンヌ、グレイシアを真っ白な顔で見つめるエミリオン、グラナード公爵とファビオラ夫人に至っては、ぷるぷると笑いを堪えている。
私は、この場での何度目かの驚きに呆然としていた。

「はいはい、皆、笑いたければ笑え!どうせ拗らせてましたよ。誰も、俺のこの一途な想いを分かってくれないんだな?」

ぷうっと頬を膨らめたエミリオンは、いつもの紳士はどこへやら?幼子のようで可愛らしい。

「お兄様、拗ねないで?」

「そうよ、エミリオン。
あなたの想いが分かっているから、反対はしていないの。
でも、強引な気持ちを押し付けるだけでは、ヴェリティは、納得しないままになってしまうわ。
条件を出したのは、ヴェリティが自信を持ってエミリオンの隣に立って欲しいという願いでもあるの。
それに、ヴェリティが、もしエミリオンを愛せないとしても、エヴァンス公爵家に必要な人材である可能性は捨てられないわ。」

ファビオラ夫人は、はっきり断言出来ない私のエミリオンへの気持ちまで慮ってくれていた。
今直ぐにエミリオンの気持ちに応えられなくとも、私自身にチャンスを与えてくれるこの申し出を断る理由が見つからないと、私は覚悟を決めた。

「グレイシア様、正直、今はエヴァンス公爵令息様のお気持ちに対する答えは出せません。
私の中で一番大切にしているのは、愛する双子達、リオラとリディアの母でり続けることです。
それだけは、絶対に揺るがない私の想いです。
双子達の母でり続ける為の選択肢が、エミリオン様との結婚なのかもしれません。
しかし、私はまだそれを選択出来る立場ではございませんし、打算がないとも言い切れません。
それでも、未熟者ではございますが、エヴァンス公爵家様のお役に立てる可能性があるならば、私はこれから懸命に努力いたします。」

グレイシアは、ふっと笑った。

「お兄様、これはまた随分と正直で手強い方を好きになられたのね。
私も正直に言いますが、普通はこのエヴァンス公爵夫人になれるとなれば、なりふり構わず飛び付くでしょう。
それだけの力と魅力が、エヴァンス公爵家にはあるのです。
でも、ヴェリティ様は違うのですね。
根底にあるのは、子を想う母の愛。
一人の母としての想いの強さ、素敵だと思います。
ヴェリティ様、申し訳ありませんでした。
この拗らせ片想い男子のお兄様が、ヴェリティ様のお心を掴めなくても、私はヴェリティ様を受け入れます。」

最初の不機嫌な顔から一変して、グレイシアは艶やかに微笑んだ。
その表情は、私を一人の人間、子ども達を愛する母として認めてもらえたように思えた。

「グレイシア様、ありがとうございます。
この場で、正直なお気持ちが伺えて嬉しく思います。
グレイシア様のように、双子達も素敵な女性になってもらえたらいいなとも思いました。」

「双子ちゃん達は、おいくつでしたっけ?さっきはカッカしていて聞き漏らしちゃったわ。」

「来月、十一歳になります。」

「えっ!?私よりも…六歳も年下…
じゃあ、十歳早々に特別試験に合格したの?
しかも、双子、二人とも!?やだ、信じらんない!
お兄様の持つ最年少記録と同じじゃないっ!!」

エミリオンがそこで笑い出した。

「はっはっは、グレイシア、素が出てるぞ?
特別試験の結果は、リディア嬢が一位でリオラ嬢が二位だ。
優秀なんてもんじゃないよ。
それに、双子達は俺が直々に家庭教師ガヴァネスを買って出たからな?
合格したのは双子達の努力の賜物だが、俺も役に立っただろう?」

「うわっ、ますます気持ち悪っ!
何だかんだ、周りを固めてるじゃないの!!
お兄様みたいな拗らせて執着する人、私は無理だわぁ。
ヴェリティ様、こんな人で大丈夫!?」

グレイシアと心が通い合って、私はもう我慢が出来なかった。

「ふっ、ふふふっ、あはははははっ!
グ、グレイシア様、お、お腹痛いです!!
エミリオン様は、ほ、ほ、本当にお優しくてっ、
す、す、素敵な方っ、ですっ!
拗らせ、執着って、そんなっ、あはははっっっ!!!」

「おい、こら!ヴェリティ!?そこは笑うところではないよな?グレイシア、お前、後で覚えとけよ?」

そんな私を見て、コリンヌはまた泣き出した。
笑っていた皆は、コリンヌの静かな涙に驚いた。

「コリンヌ、どうしたの?」

「ヴェリティ様がお声を上げて笑った…ひ、久しぶりに見ました…」

グレイシアは、はっとして再び私に謝罪した。

「ヴェリティ様、ごめんなさい…おつらい想いをされて、お身体まで壊したのに…
コリンヌだけじゃなく、ここには味方ばかりです!私もヴェリティ様と、エヴァンス公爵家を盛り立てていくわ!!」

思いの外、熱い性格のグレイシアは、きっとこの先、私の力になってくれるだろうと思えた。
隣で、私を想い優しい涙を流すコリンヌと、微笑みながら、あたたかい手を繋いでくれるエミリオンも。




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