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38.陛下の訪問
しおりを挟むエミリオンの求婚から二日後。
朝からエヴァンス公爵家は、このレイグラント帝国のジェスティン皇帝陛下とエルドランド皇太子殿下を迎える準備で、使用人達は忙しなく働いていた。
私と双子達は、グラナード公爵に呼ばれて、応接間に行くと、既にファビオラ夫人とエミリオン、グレイシアも揃っており、テーブルには書類が置かれていた。
「おお、ヴェリティ達も来たか。こちらに座りなさい。
早速だが、これはブランフォード侯爵との離縁書と、ヴェリティがワーグナー伯爵家に一時的に籍を置く書類と、エミリオンとの結婚証明書と双子達の養子縁組の書類だ。
ヴェリティ、サインをしてくれ。」
「本当に一度も会わずに離縁と在籍と再婚に養子縁組…なんですね…」
「この書類の中で、顔を合わせる必要があるのはエミリオンだけで充分だろう?
それに、どっかの嫉妬深い奴がヴェリティとブランフォード侯爵を会わせたくないと駄々を捏ねてなぁ!」
「ち、父上っ!?それは、秘密に!!」
「やだっ、お兄様ったら、嫉妬深い執着男!」
「グレイシア、いい加減にしないと、その口を縫い付けるぞ?」
エミリオンはムッとしているが、双子達は、何とか笑いを堪えるも、鼻の穴がひくひくしている。
「ぺ、ペン先が震えるので、少し静かにしていただけますと…(ふふ)」
「ヴェリティ、すまない!」
慌てるエミリオンに、私も笑いそうになるが、今はそれどころではない。
陛下にお見せする書類なのだ。
気を取り直して、さらさらとサインする。
「終わりました。」
書き終わって思うのは、呆気ないということだけだった。
十年という月日を懐かしむことなく、今サイン出来たのは、これから不安なく双子達と一緒に新たな生活を送れるという確約があるからだろう。
(私は意外と薄情なのかしら…でも、レオリック様は、私は兎も角、リオラやリディアに会いたいとも仰らなかったのね。
嫡男のご誕生で、それどころではないのでしょう…
悲しんだり憎んだりしても、もうどうしようもないもの…
私はリオラとリディアが居れば、どんな未来も生きていける。
そこには、エミリオン様も公爵家の皆様もいらっしゃる。
大丈夫、リオラとリディアを幸せにする!)
私が考え事をしていると、扉の外から、エヴァンス公爵家の執事のベンジャミンの声がする。
「ジェスティン皇帝陛下とエルドランド皇太子殿下がお見えになりました!」
そこには、ラフな格好のジェスティン陛下とエルドランド殿下が立っていた。
お二人とも、白シャツに黒のトラウザースだが、生まれ持った上品さが隠し切れていない。
「帝国の太陽、ジェスティン皇帝陛下、並びにエルドランド皇太子殿下にご挨拶申し上げます。」
一同深々とお辞儀をすると、ジェスティン陛下は手をひらひらと動かす。
「堅苦しい挨拶は抜きでいい。久しぶりに弟達に会いに来たのだからな。
グラナード、今日はお前が是非にと言うから、特別に来てやったのだからな?
で、エミリオンの恋しい恋しい人は、そなたか?」
突然陛下に話し掛けられ、私は固まってしまう。
「伯父上、いきなり本題に入らないでください。
ヴェリティが驚いているではないですか!」
「いやー、すまんすまん。やっとエミリオンが結婚する気になったと聞いて、早く会いたくてな。
書類もささっと見てやるぞ?」
ジェスティン陛下の気さくさに、双子達も表情が和らいできた。
「伯父上、こちらが妻となるヴェリティと、娘のリオラとリディアです。」
「おお!これは美しいカーテシーだな。特にリオラとリディア、その歳で偉いな!!しかも可愛らしい令嬢達だ。」
三人でカーテシーをすると、ジェスティン陛下は褒めちぎる。
「「ありがとうございます。」」
双子達は嬉しそうだ。
「ヴェリティも美しい女性だ。エミリオン、想い続けて良かったな。そなた達の結婚を承認しよう。」
呆気ない程に、私とエミリオンの結婚は書類上整った。
「流石、伯父様!仕事が早いわ。大好き!!」
グレイシアは、ジェスティン陛下に笑い掛ける。
「グレイシアは、そのお転婆を直さないと嫁の貰い手がないぞ?」
「あら、やだ!伯父様のお口を縫い付けなきゃいけないわね?」
ジェスティン陛下とグレイシアの和やかな口喧嘩が始まると、エルドランド殿下が呆れた。
「陛下、グレイシア姉様、いい加減にしてください。今日は、二人の口喧嘩を見に来たのではありません。エミリオン兄様のお祝いに来たのですよ?」
「ああー、そうだった!改めて、おめでとう、エミリオン、ヴェリティ。双子達も!!」
「ありがとうございます。陛下に直々にお祝いしていただけて光栄です。」
私も双子達も、陛下の醸し出す優しい雰囲気に、すっかり緊張が解けた。
「エミリオン兄様、僕に双子の令嬢と話す時間をいただけますか?学園で優秀だと聞いたので、話してみたいです。」
「リオラ、リディア、いいか?」
「「はい。」」
「では、庭園でも散歩しながら、ガゼボに行こうか。ここは、きっと君達より僕の方が詳しいかもね。」
エルドランドは、リオラとリディアを連れ、応接間を出て行った。
「ヴェリティ、大丈夫だよ。エルドランド殿下は利発な良い子だ。リオラやリディアよりも少し年上の十三歳だが、しっかりしている。」
私がそわそわしていると感じたのだろう。
エミリオンがそっと手を握る。
「はい…心配はしていないのですが、あの子達の方が、逆に打ち解け過ぎて粗相しないかと…」
「多少のことは大丈夫だから。それより、今は俺のことも少しは考えて?」
エミリオンが熱い瞳で私を見ると、グレイシアが呟いた。
「全く、陛下がいらっしゃっても、お兄様ったら拗らせ執着男なんだから…」
「まあ、良いではないか。グレイシアはそう言うけど、エミリオンみたいな一途な男は、なかなか良いぞ?
浮気もしないし、妻を大切にするだろう。双子達もな。」
「そうでなきゃ、私がお兄様をしばき上げますわ。」
エミリオンは苦笑いをし、グレイシアを止めるのを諦めたようだ。
そして、空気を読んだファビオラ夫人が陛下に声を掛ける。
「陛下、今日は陛下のお好きな物を用意しましたので、晩餐会としましょう。」
「そうか!ファビオラ、ありがとう。楽しみだ。では、それまでグラナードとチェスでもするか。」
「いいですね!兄上!!」
晩餐会まで、思い思いの時間を過ごすことになり、エミリオンは私の手を引いて、応接間から出た。
「ヴェリティ、少し話したいんだが?」
「はい。」
そのままエミリオンの部屋に行くと、抱き締められた。
「っ!?」
「少しでいい。抱き締めさせて?」
「どうなさったのですか?」
「やっと…やっとだ…ヴェリティが妻になってくれた…嬉しくて…」
先程まで落ち着いているように見えていたエミリオンは、少し震えていた。
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