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57.グレイシアの恋人と見習い侍女達
しおりを挟む次の日、ヴェリティとエミリオンは朝からゲストハウス兼職業訓練所に向かった。
アルカスが玄関まで出て来て、ネミリアは来客の身支度を手伝っていると話した。
「エミリオン様、昨日は何も仰らなかったけど、お客様がいらっしゃるの?」
「ああ、客と言えば客だが…」
珍しく口籠るエミリオンに、ヴェリティは小首を傾げる。
そんなヴェリティすら可愛くて、エミリオンはまたヴェリティを抱き締める。
「ちょっ、また!エミリオン様!!」
「すまない、ヴェリティが可愛過ぎて堪らん!」
「もう、あなたって人は!」
そこへ、身支度を整えたのか、若い令息が現れた。
微笑みながらも、若干エミリオンに呆れているようだ。
「義兄上、朝から何をしているのですか…」
「サイファ、お前、ちょろちょろ部屋から出るなよ…」
ヴェリティとのいちゃいちゃを邪魔され、エミリオンはムッとした。
「いやいや、ずっと部屋に、なんて無理ですって!で、義兄上、そちらがあの初恋のお方ですか?」
「俺の妻のヴェリティだ。」
「愛しの愛しの…」
「サイファ、うるさい!」
「紹介位してくださいよ。近い未来の義弟なんですから。」
きょとんとしたヴェリティに、エミリオンはやっと説明する。
「ヴェリティ、こいつは、隣国デルーミア王国の王太子、サイファだ。」
「王太子殿下!?あっ、私、ヴェリティと申します。」
「うん、知ってる!義兄上を拗らせ執着男にしたヴェリティ様ですねよね。グレイシアから聞いてます。」
「グ、グレイシア様からっ!?」
「そう、グレイシアは俺の恋人です。義兄上が初恋を拗らせ過ぎたのを心配して、グレイシアがなかなか婚約してくれないから、迎えに来たんです。」
黒髪赤眼の爽やかなサイファは、くすくす笑いながら言った。
「グレイシア様に恋人が…道理で、グレイシア様は落ち着きがあると言いますか、堂々としていらっしゃると言いますか…お心に決めた方がいらしたのですね!」
納得のいったヴェリティは、一人でふむふむと自己完結していた。
「グレイシアは、人一倍責任感が強いから、そう見えるかもしれませんね。
義兄上が結婚出来なかったら、自分がエヴァンス公爵家を継ぐ位、家を大切にしているし。
でも、やっとグレイシアに正式に婚約出来ます。
ヴェリティ様、義兄上をもらってくださって、ありがとうございます。」
「そんな…私がエミリオン様にもらっていただいたのです。」
「こらこら、ヴェリティ。また控え目な発言を…ヴェリティは、堂々と俺の隣に立つべき人なんだからな。」
サイファのくすくすは止まらず、エミリオンはじろりと睨んだ。
「後からグレイシアが来るだろうから、サイファは大人しくしとけ!」
「はい、義兄上!ヴェリティ様、ではまた!!」
爽やかなサイファは、手を振って去って行った。
「エミリオン様、お似合いですね、グレイシア様とサイファ殿下。」
「まあな、あいつも執着男だけどな。ククっ!」
「グレイシアも愛されているのですね。お幸せになっていただきたいです。」
「先ずは俺達が幸せでないと、グレイシアはまた心配するからな。あんなじゃじゃ馬だけど、家族思いだしな。」
エミリオンは、優しく笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからヴェリティは、エミリオンに案内され、侍女の見習い達に初顔合わせの挨拶をした。
部屋の隅で見守ることにしたエミリオンは、ヴェリティが何を話すか、心の中でわくわくしている。
見習い侍女達の歳の頃は、リオラやリディアと同じ位の子どもも居れば、グレイシア位の女性も居た。
皆、境遇はばらばらで、没落令嬢も居れば、行儀見習いの二女や三女も居た。
皆、婿を取って家に残ることの難しい者達だ。
ヴェリティは、ひと通り見習い侍女達の顔を見て、ゆっくりと話し出した。
「初めまして、ヴェリティ・エヴァンスです。
今日は、これからのことをお話ししたいと思います。」
真っ直ぐにヴェリティを見つめる見習い侍女達に、ヴェリティも気合いが入る。
「皆さんは、今ここで学べる機会を活かして、単なる侍女という立ち位置ではなく、もっと広い世界で活躍出来る人を目指して欲しいと思っています。
女性だから、これしか出来ないと決め付けるには、まだ早いのです。
最初は一貴族の侍女でも、エヴァンス公爵家から派遣され完璧に仕事をすれば、侍女長を目指せたり、皇宮で働くチャンスも手に出来るかもしれません。
だから、侍女のお仕事だけでなく、淑女としての教養やマナーを、私と一緒に学びませんか?」
ヴェリティの話に耳を傾けていた者達は驚いた表情を見せた。
口減らしの為に家を出され、使用人として生きていくのだと思っていた者が殆どだからだ。
それなのに、急に目の前に現れたヴェリティは、教養もマナーも教えてくれると言う。
「驚くのも無理はありません。しかし、教養やマナーは身に付けておいても、お荷物にはならないでしょう?
皆さんの心の引き出しは、しまう場所がたくさんあって、そこに一つずつ詰め込んでいけばいいの。
人は、ないものは出せないけれど、引き出しにしまった知識は、いつでもどこでも取り出せます。
豊かな知識は、皆さんの心も豊かにするし、他人からの差別や軽蔑から身を守る武器にもなります。
私自身、学ぶ機会を親から与えてもらえず、苦労した経験があります。
だから、その経験を皆さんと分かち合って、一人でも多くの淑女を育てられたらいいなと思います。」
訳も分からず集められた筈の見習い侍女達は、ヴェリティの言葉をしっかりと受け止めたような顔付きをしていた。
「社交のマナーはもちろん、美しい文字の書き方や一般的な事務など、皆さんが興味があるものを少しずつ探していきましょうね。」
「「「「「はい!」」」」」
「では、短い時間でしたが、今日はこれまでにしましょう。
皆さん、いつもの訓練に戻ってください。
私は、その様子を見学させていただきますね。」
見習い侍女達は、静かに部屋を出て行き、ヴェリティは最後の一人を見送ると、ほっと溜め息を吐いた。
「ヴェリティ、お疲れ様。」
「エミリオン様…私、言い過ぎましたか?」
「いや、あれでいい。というか、想像以上に皆ちゃんと耳を傾けていた。この方針でいこう。」
「良かったです。あとは、皆さんの訓練というか仕事振りを見せていただいて、向き不向きを掴めたらいいですね。」
「そうだな。では、早速参ろうか、ヴェリティ先生。」
「やだっ、私、先生なんて…」
「講師なんだから、先生だろ?」
「あっ…そうですわね…しっかりしなくちゃ!」
恥ずかしそうに笑うヴェリティが、今よりもっと自分に自信が持てるよう、エミリオンは支えていこうと思ったのだった。
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