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61.夜会 ①
しおりを挟むヴェリティは訓練所で侍女達に講義をしたり、エミリオンは事務的なことを請け負ったり、講義に顔を出して、特別授業をしたり、二人は毎日忙しくしていた。
ヴェリティもだんだん慣れてきて、前よりも自信が持てているようで、エミリオンは嬉しく思っている。
慣れてきた分、時間が空いたエミリオンは、空き部屋で絵を描いたり、サイファの相手もした。
そして、週に一日か二日は、帰りにヴェリティとカフェでのデートし、街では仲良し夫婦と認識されていった。
そんな中、ハーネスト公爵家の夜会の日がやって来た。
イヴ・カルーレ直々に支度を手伝い、ヴェリティは美しい貴婦人に仕上がった。
「どうですか、エミリオン様。ヴェリティ様のスタイルの良さと、このドレス!お綺麗でしょう?」
落ち着いたゴールドに、胸元と裾にショコラ色の薔薇の刺繍をあしらったドレスは、ヴェリティの魅力を引き出しており、対になったタキシード姿のエミリオンと並ぶと、それはそれはお似合いの二人だ。
「エミリオン様、素敵です。」
ヴェリティが見惚れていると、エミリオンは固まっていた。
「エミリオン様…?」
「はぁぁぁ…いやだ…ヴェリティを誰にも見せたくない…」
毎回同じことを呟くエミリオンの後ろから声がした。
「相変わらずねぇ、お兄様ったら。いい加減にしないと、ヴェリティ様に呆れられるわよ?」
「またお前か、グレイシア!だって仕方ないだろう?俺の妻が美し過ぎるのが罪なんだ!!」
「あはははっ、義兄上、ブレませんね!」
「サイファ、お前まで!お前だってグレイシアを他の男が舐めるように見たら嫌だろう?」
「そんな奴は斬首刑です!!!」
グレイシアはエミリオンとサイファに呆れ、ヴェリティに話し掛ける。
「ヴェリティ様、本当にお綺麗ですわ。お兄様じゃなくても見惚れてしまいます。」
「ありがとうございます。グレイシア様も素敵ですわ。サイファ殿下からの贈り物でしょうか?」
グレイシアのブルーグレーのドレスは、裾がベージュのシフォンでふわりとしたデザインだった。
「そうなの。今回のドレスはサイファの色というよりも、対のデザインにサイファ自身が拘って。
なかなか良いでしょう?」
「お二人とも、とてもお似合いですわ。」
小さめなグレイシアと、すらりとしたヴェリティが並ぶと、姉妹のようにも見える。
ヴェリティは、同じ家で生活していると、だんだんと似てくると言ったグレイシアの言葉を思い出していた。
ヴェリティは、グレイシアのような妹が居たら、過去はもっと楽しかっただろうと思った。
「さて、そろそろ行こうか。」
エミリオンの声で我に返り、ヴェリティ達はハーネスト公爵家に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハーネスト公爵家に到着すると、公爵夫妻は直々にエミリオンやヴェリティ達を迎え、以前のジェスティン陛下主催のパーティでのリリアンの非礼を詫びた。
「ようこそいらっしゃいました。
陛下のパーティでは、娘のリリアンが失礼な発言をいたしまして、誠に申し訳ありませんでした。
それなのに、本日は出席いただき、ありがとうございます。」
「ハーネスト公爵とは付き合いも長いし、あのことは妻ももう気にしていない。
これから良好な関係が築ければいい。」
「はい、娘にはしかと言い付けてあります。」
エミリオンは頷き、ヴェリティと腕を組み、会場へ入った。
そこは、流石公爵家と言えるような豪華に飾り付けられていた。
「義兄上、これは娘の婿探しのパーティでしょうかね?
この公爵家にはエヴァンス公爵家程の資産はない筈…」
「まあ、そうだろうな。一応、持ち回りの親睦パーティを装っているがな。」
サイファとエミリオンは、にやりと笑った。
(エミリオン様の薄ら笑い…久しぶりに見たわ。)
最近のヴェリティは、エミリオンの笑い方の区別がつくようになっていた。
(何も起こらないといいけど…)
ヴェリティは、平和にこのパーティが終わることを祈った。
その時、レオリックとオーレリアが会場入りした。
黒のタキシード姿のレオリックの隣には、真紅のドレスのオーレリアが立っていた。
胸元は目のやり場に困る程、深いVネックで、スカート部分はスリットが両側に入っている。
「どこの娼婦だ?」
エミリオンは顔を顰め、即座にヴェリティを見つめて、目と心を浄化した。
「ヴェリティ、奥へ行こう。」
背を向けて歩き出した瞬間に、オーレリアの声がした。
「エヴァンス様!」
オーレリアは、エミリオン様と読んだら不敬だということは頭に入っていたようだ。
レオリックを引っ張って、エミリオンとヴェリティに近付いてきた。
「お待ちください!この前のお詫びを!!」
エミリオンは振り返らず、一瞬足を止めたが、そこにグレイシアが割り込んだ。
「あらぁ、ブランフォード侯爵、お久しぶりですわね!」
「えっ!?あっ、ちがっ、エヴァンス様!!」
エミリオンは、グレイシアの意図に気付き、ヴェリティとそのまま歩き出した。
「はい、私もエヴァンスですわ!えっと、ブランフォード侯爵のお隣の方は、えっと、えっと、どなたでしたかしら?」
半笑いのグレイシアは、レオリックとオーレリアを交互に見た。
「オーレリアと申します。」
目線はエミリオンを追いながらも、オーレリアはグレイシアに答えた。
「あらまっ、ブランフォード侯爵、再婚したのかしら?
伯父のジェスティン皇帝陛下からは、ブランフォード侯爵が再婚したとは聞いてないけど?」
そこでレオリックは思い出した。
忙しさにかまけて、オーレリアとの結婚の手続きを忘れていたことを。
「あっ、えっと、その…まだ…これから…」
「ちなみに、その女性の身分は?」
「男爵………ガルシオン男爵令嬢です…」
レオリックは、あまりの気まずさに、グレイシアから目を逸らした。
「それですと、その女性には今日のパーティは格式が高過ぎますわね。
くれぐれもマナーにはお気を付けくださいませ。
あと、お兄様やお義姉様に話し掛けるのは、禁止でしたわよね?
何故、毎回お兄様やお義姉様に話し掛けるの?」
グレイシアの睨みに一瞬怯むも、オーレリアは答えた。
「この前のお詫びをしようかと思いまして…」
「だったら、エヴァンス公爵家の者として、私が聞きましょう。
私もエヴァンスですから、先程の声掛けに応えても、間違いではありませんから。」
「も、申し訳ありませんでした…」
「謝罪は受け取りましょう。今のところは。」
そして、グレイシアはレオリックに一歩近付き囁いた。
「あなたがお義姉様を捨ててくれたおかげで、兄のエミリオンは、今とても幸せです。その幸せを壊すようなことをしたら、いくらブランフォード侯爵家であろうと、エヴァンス公爵家は絶対に赦しません。
そこの娼婦みたいな女をお兄様に近付けないで!よく肝に銘じておくのね。」
レオリックより十歳以上も離れている筈だが、グレイシアは完全に上位貴族の令嬢だった。
歯向かえば、容赦なく鉄槌を下すことをレオリックは悟った。
「紳士・淑女らしくパーティを楽しんでくださいな。では、ご機嫌よう!」
グレイシアは、華麗にくるりと向きを変え、サイファの腕を取った。
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