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63.家族会議とぴしゃり
しおりを挟む翌朝、エヴァンス公爵家は、応接室に集まって、まだ薄暗い早朝から会議だった。
少しは寝た方がいいと横になるも、結局は誰一人、碌に眠れないならと集合したのだ。
グラナード公爵、ファビオラ夫人、エミリオン、ヴェリティは、神妙な面持ちでソファに掛けた。
「昨夜のことは、護衛騎士から即座に連絡が入り、エミリオンにも確認していた。
今からエヴァンス公爵家としてやらなければならないことを話し合う。
エミリオン、お前はこの後、ヴェリティと一緒にハーネスト公爵家に行き、サイファ殿下とグレイシアを連れて来なさい。
ハーネスト公爵には、直接謝罪をしてくれ。
私は、兄上と共に、サイファ殿下とデルーミア王国への連絡と謝罪について、話し合ってくる。
ファビオラ、エヴァンス公爵家内のことはよろしく頼む。
サイファ殿下は、しばらくここに滞在してもらうことになるだろうから、準備は任せたよ。」
「もちろんですわ、グラナード。
ブランフォード侯爵家への処罰も検討してくださいますわね?」
「そのつもりだ。二度に渡るエミリオンとヴェリティへの不敬だけでなく、今回は殺意を露わにした傷害事件だ。
もうオーレリアとかいう女の精神状態を考慮するような話ではない。
ブランフォード侯爵も処罰の対象だ。」
双子達には優しい『じぃじ』のグラナードが、眉間に皺を寄せ、今は厳しい表現で語っている。
「父上、グレイシアは、自分があの女を煽ってしまったと後悔していましたが、グレイシアに罪はないですよね?」
「当たり前です!私はあの女に注意しましたわ。
エミリオンやヴェリティには関わるなと。
グレイシアの行動で責任を問われる位なら、私は全力でブランフォード侯爵家を潰しますわ!
グラナードには悪いけど、ジェスティン陛下とだって戦ってもいいし、エヴァンス公爵家ごとどこかへ移住してもいいわ!!」
ファビオラは、グレイシアの為なら、大袈裟であろうと、帝国を捨てる覚悟も出来ていた。
ファビオラには、家族が全てなのだ。
「ファビオラ、大丈夫だ。何があろうとも、グレイシアは私が守る。
もしもの時は、私も、兄上や帝国を捨ててでもファビオラに従うよ。
ただ、グレイシアは罪を犯した訳ではない。
エミリオンとヴェリティを守ろうとしただけだ。」
「お父様、お母様、エミリオン様、申し訳ございません。
私が………私という存在自体が……火種になってしまいました…
本当に、本当に申し訳ございません。」
ヴェリティは、エミリオンに自分の所為ではないと言われても、自分自身を責めていた。
離れでの生活に気を付けていたら、体調を崩して倒れなかったら、エミリオンと結婚しなかったら。
頭を過ぎる出来事一つ一つがヴェリティを責め立てる。
自分が幸せにならなかったら良かったのかと。
ぴしゃり!!!
その時、ファビオラの扇が鋭い音を立てた。
「ヴェリティ、しっかりしなさい!!!
あなたは、ブランフォード侯爵家に、二度も殺されかけたのよ!?
過去のあなたは、怒っていい位の扱いを受けてきたの。
あの女の訳の分からない嫉妬を打つけられていいような存在でもないの。
これは全てブランフォード侯爵の対人間への接し方が招いたことなのよ!
エヴァンス公爵家は、誰一人、ヴェリティを責めたりしない。
それは、もうヴェリティもエヴァンス公爵家の人間だからよ?
ヴェリティは、エミリオンの隣に立てる唯一の妻であると同時に、もう私やグラナードも愛する大切な娘なの。
二度とそのようなことを思ったり、口にしてはいけません。」
「っ!……お義母様……ありがとうございます…」
それを見て、グラナードもヴェリティに話し掛ける。
「ヴェリティ、君は私の娘だし、リオラやリディアも私の孫だ。
だから、エヴァンス公爵家に起こる全てのことは、皆で話し合って解決していこう。」
「お義父様…ありがとうございます…」
ヴェリティは、家族とは、大切とは、愛するとは、こういうことなのだと実感した。
そして、状況をいち早く把握し、判断し、行動する。
後手後手に回ることもなく、言い訳などもしない。
常に真っ向勝負のようなエヴァンス公爵家の人々に、ヴェリティは憧れと尊敬の念を抱き、自分も、そう在りたいとヴェリティは願った。
「ほらほら、やることたくさんあるから行動しなきゃな。
ヴェリティ、訓練所は少し休もう。
先ずは、サイファの無事を確認しないとな!
あいつはしぶとい気がするから、今頃目覚めているかもしれないぞ?」
優しく微笑むエミリオンの心中を思うと、ヴェリティもくよくよしていられない気がして、大きく頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリオンとヴェリティがハーネスト公爵家に到着すると、早速グレイシアが飛び出してきた。
「お兄様、ヴェリティ様、朝早くからすみません。サイファは、まだ意識が戻らないの…」
「想定内だ。さあ、連れて帰ろう。」
エミリオンは、帯同してきた騎士達に、サイファを馬車に運ぶよう指示を出し、自分はハーネスト公爵と話すことにした。
「公爵、騒ぎになって申し訳ありません…」
「いえ!」
ハーネスト公爵は、エミリオンの話を遮るように言った。
「エヴァンス公爵家からの謝罪は無用です。
此度のことで、私自身、娘の教育を怠ってきたことに気付きました。
私は、エミリオン殿に懸想していたリリアンを甘やかしてきました。
一歩間違えは、リリアンも、ブランフォード侯爵がお連れのあの女性と同じことをしたかもしれません。
それに、あんな短剣を持ち込むような者を招待していたり、我が公爵家にも護衛が居た筈なのに、サイファ殿下をお守りすることが出来ませんでした。
短剣を見せびらかしていたカートレット侯爵は、ハーネスト公爵家の縁者ではありますが、厳重に処罰いたします。
必要であれば、陛下やエヴァンス公爵家のご指示に従います。
なので、今回のことは謝罪などしていただく理由がありません。
当家としては、ブランフォード侯爵家に謝罪をしてもらいたい位です。」
ハーネスト公爵は、きっぱりと言い切った。
「では、後日、サイファ殿下を看ていただいたお礼に伺いたいのだが…」
「それも結構です。寧ろ、サイファ殿下が回復されたら、見舞いに伺いたい位です。
エヴァンス公爵家とは、今までと変わらず、家同士の付き合いが円滑ならば、それでいいのです。
リリアンは再教育しますので、これからは決してご迷惑をお掛けすることはありません。
さあ、早くサイファ殿下をお連れください。」
「分かりました。感謝いたします。」
エミリオンが馬車に戻ると、グレイシアに支えられ、意識のないサイファが目を閉じていた。
ゆっくり走る馬車の中、グレイシアは、サイファの手を握り、小さな声で話し掛けている。
「サイファ…戻って来て…私、何でもするから…お願い、サイファ…」
グレイシアの何度目かの呟きで、サイファがぱちりと目を開けた。
「ーーーっ!?」
グレイシアはサイファの肩に顔を擦り寄せていたので見えていないのだろう。
ヴェリティは、にやりと笑ったサイファに驚く。
しかし、サイファは瞬きで何か合図をしている。
(こ、これは!?今は黙っていた方がいいのかしら…)
ヴェリティと同じく、馬車でサイファやグレイシアと向き合って座っていたエミリオンも、サイファの合図に気付いたようだ。
ヴェリティがそっと見上げると、唇に人差し指を当てて、内緒だと合図する。
(サイファ殿下…後でグレイシア様に怒られるかしら…?グレイシア様があんなに心配しているのに、黙っていていいのかしら…)
一人心配するヴェリティだったが、エミリオンは大丈夫だというように、ぎゅっと手を握った。
その様子を見て、サイファはまた目を閉じた。
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