【完結】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜

紬あおい

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65.見てもらえなかった女 ①

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父のアルカス・コモンズ男爵は、今思えばどうしようもなく商売が下手くそなポンコツだった。
それでも、優しい父を愛する母のネミリアと、とても仲良く幸せに暮らしていた。

極たまに、商売が上手くいき大金を掴むことがあると、父は私に赤いドレスを買ってくれた。
有名デザイナーのドレスは無理としても、男爵令嬢の私には新しいドレスは嬉しかった。

「オーレリアには赤が似合うよ。」

たまにしか買えなくて申し訳ないと思っていたのか、単に赤が好きだったのか、両親は赤いドレスを着た私をたくさん褒めてくれた。
私にとって、赤いドレスは幸せの象徴だったのだ。

私の運命が変わってしまったのは、レオリック様との出会いと、父の事業が何度目か分からない失敗をしたことが、ほぼ同時期だった時だ。

たまたま馬車に轢かれそうになって助けられ、見初められた私。
事業で失敗した父が母を連れて夜逃げした日、気付けば家は差し押さえられ、頼る人はレオリック様しか居なかった。

レオリック様は、両親に私を託されたようなことを言っていたが、真実は分からない。
両親は私の顔すら見ずに、二人だけで消えてしまった。

その後、ブランフォード侯爵家の離れに引き取られ、孕って本邸に移り住み、本妻のヴェリティ様は離れに移動した。

それからは、レオリック様は仕事で不在も多く、歳の離れた使用人達と静かに暮らした。
選んでもらった高そうなドレスを着て、言われるがままに家庭教師ガヴァネスの指導を受ける日々。

嫌なこともない代わりに、刺激もなく平凡で、何をしても楽しくない、生きている実感すらない毎日。

離れのヴェリティ様の方が余程幸せそうだった。
庭園から聞こえる、明るく弾むような子ども達の笑い声と、優しい母娘の会話。
そっと窓から見ると、高貴な貴族の淑女がそこに居た。

同じような仲良し母娘でも、ヴェリティ様の衣食住に困らない生活は、私の育った環境とは比べものにならない。
そして、結局私は親に捨てられた。
同じ女性という性別なのに、こうも私とは違うのかと、一度しか話したことのないヴェリティ様を羨ましく思ったりもした。

しかし、私はヴェリティ様が成し得なかった嫡男を産むという幸運に恵まれた。
貴族の跡取りは男児であり、いくら双子でも女児には無理だ。
レオリック様が私を尊重して、正妻に迎えるのは当たり前だ。

だから、レオリック様は使用人達も一掃した。
若くて親しみやすく、私が侯爵夫人として快適に過ごせるようにしてくれた。
同じ使用人でも、親ほど歳が離れていると、私も居心地が悪い。

新しい侍女は、私を着飾らせることに長けていたし、レオリック様も新しいドレスを作る許可をくれた。
特別な赤いドレスだけでなく、レオリック様の色を取り入れた素敵なドレスもたくさん。

マテオも乳母が見てくれるし、使用人達は私をブランフォード侯爵家の女主人として尊重してくれたし、私はやっと幸せな気持ちで過ごせるようになった。
たった一つを除いては。

私は、一度会っただけのエミリオン様に強烈に惹かれた。
レオリック様しか知らない私には、エミリオン様の見目や、醸し出す雰囲気の全てが新鮮だった。

しかし、それは絶対にレオリック様には知られてはならない想い。
多くは望まないから、たった一度でいいから、エミリオン様に微笑み掛けて欲しかった。

しかし、二度目に会った時、エミリオン様はヴェリティ様の夫になっていた。
ヴェリティ様に寄り添い、あたたかな目で見つめる姿は、誰が見ても限りない愛を注ぐ夫の姿だった。

きっとヴェリティ様は、ブランフォード侯爵家に居た時からエミリオン様と恋仲だったのだ。
レオリック様を裏切って、エミリオン様に懸想していたのだ。

ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい

エミリオン様は、あんな年上の子持ちに騙されて。

かわいそうかわいそうかわいそうかわいそう

エミリオン様が私に振り向いてくれたら、あの瞳に私を映してくれたら。
そうだ!ヴェリティ様がまたブランフォード侯爵家に戻って、私がエミリオン様と結婚すれば、見た目も年も釣り合う。

ヴェリティ様は双子の母で子育ての経験者だから、嫡男のマテオも育てたらいい。
私はエミリオン様に男の子を産んであげる。
最初は、頭の中で妄想していただけの想いが、私の中でどんどん膨らんでいく。

相変わらず、レオリック様は外商と称して忙しく、邸にあまり居ない。
マテオを産んでからは、閨事もない。
あんなに愛を囁いたのに、今は私の顔すら見ない。
着飾るのは楽しいけど、見せる相手は使用人達だけの毎日。

だから、ハーレント公爵家のパーティは楽しみだった。
侯爵夫人として初めて参加するパーティだ。
私でも耳にしたことのある有名なイヴ・カルーレのドレスで、エミリオン様の前に立ちたかった。
色はもちろん、私にとって特別な色の赤だ。

それなのに、イヴ・カルーレはエヴァンス公爵家の依頼で忙しいからと断ってきた。
たかがデザイナーのくせに生意気だという気持ちと、ヴェリティ様が邪魔をしているのかと疑う気持ちが混在した。

エミリオン様だけでなく、ドレスまで。

ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい

落ち込む私に、執事のクロードが連れて来てくれたのは、イヴ・カルーレに続く程のデザイナーだそうだ。
若手ながら、令嬢達の人気は急上昇中で、ソレイユ・オマーエという男性だった。

「ブランフォード侯爵夫人として、社交界の流行を作り出しましょう!」

歳の頃はレオリック様位だろうか。
こんなに種類があるのだと思える程に、たくさんの生地見本を持参して来た。
その中で私の目に止まったのは、やはり赤だ。

「赤をお選びですか!これはお目が高い!!
深みのある情熱的な赤も素敵ですし、儚げな魅力のあるブランフォード侯爵夫人には、淡い色合いのグラデーションを付けた生地もお似合いですね。
今日は、この生地見本を置いていきますので、ゆっくりお考えください。
二日後に、また参ります。」

ソレイユは、上品な微笑みで帰って行った。

「ねぇ、ローザ、どの赤がいいかしら?」

振り向いて、専属侍女のローザの顔を見ると、戸惑った顔をし、目を逸らした。

「オーレリア様…公爵家のパーティで、真っ赤なドレスは…」

いつも私を着飾らせるローザが、初めて否定的な意見を口にした。

「何故、赤は駄目なの?」

「ハーレント公爵家は、エヴァンス公爵家に並ぶと言われる程の名家です。
お年を召した高位貴族のご夫人も招待されますので、落ち着いた色合いの方がよろしいかと…」

「でも、ソレイユは私に社交界の流行を作り出そうと言ったわ。
だったら、皆と違う方が良くない?」

「そ、それは…」
 
「もういいわ。」

口籠るローザに苛々した私は、ソレイユと相談して、真っ赤なスリットの入ったドレスに決めた。
そんなに背は高くないけど、この大人っぽいドレスなら、きっと私もすらっとした淑女に見えるだろう。

高位貴族が来るなら、エミリオン様に会えるかもしれない。
年増のヴェリティ様より目立てば、あの目に映るかもしれない。
美しいと頬を染めてくれたら、私の名前を呼んでくれたら、広がる妄想で私の心は満たされていった。



それなのに



エミリオン様は、またもや私を見なかった。
ヴェリティを守るように腰を抱き、背を向けて歩き出した。
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