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66.見てもらえなかった女 ②
しおりを挟むエミリオン様の妹グレイシア様に嫌味を言われ、レオリック様は結婚の手続きさえしていなくて、もう私は何が何だか分からなかった。
「オーレリア、こうもパーティで余計なことばかりするようなら、結婚については考え直すこともあるかもしれない。」
レオリック様の言葉に耳を疑った。
勝手に連れて来て、閉じ込めて
欲の赴くままに抱いて
赤子が産まれたら、私には触れず
使用人達以外との接触は許されず
うっかり結婚の手続きを忘れて
何も知らない私に恥をかかせて
体中の血が沸騰するような怒りで、私は目の前が真っ赤になった。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!あんたなんか大嫌いよっ!!」
レオリック様に掴み掛かろうとした瞬間、離れて談笑していたエミリオン様とヴェリティ様が見えた。
エミリオン様の優しい瞳を、当たり前に独り占めして、微笑み合う二人。
遠目で見ても、それは真実の愛で結ばれた夫婦の姿だった。
ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい
「あの女も嫌い…皆に好かれて…エミリオン様はあの女しか見ない…大嫌い…
ヴェリティなんて…だ い き ら い っ !!」
強烈な殺意が芽生え、装飾された宝石を自慢していた貴族から短剣を奪った。
ヴェリティ様を殺したら、エミリオン様は私を見てくれる。
それが、たった一瞬であろうとも。
なのに、咄嗟に察したエミリオン様は、ヴェリティを胸に隠し強く抱き締め、私に背を向けた。
ならば、エミリオン様を刺したら、私を見るだろうか。
全身の力を込めて短剣を持って体当たりした。
ほら、私を見て、痛いでしょう?
ねぇ、私を見て、エミリオン様。
こっちを見て!見なさいったら!!
しかし、床に崩れ落ちたのは、見知らぬ令息だった。
誰なの、こいつは!
ああ、こいつも私の邪魔をするのね。
エミリオン様は、すぐさま刺された令息に身を寄せ、医者を呼べと叫んで、また私を見ない。
ヴェリティは、何でドレスを引き裂いて、この男の手当てをしているの?
この男もヴェリティの愛人なのかしら。
「何で…何で邪魔するのよ…皆、あの女ばかり…
私だって…私だって…エミリオン様の目に映りたかった………」
短い時間なのに、周りの動きはまるでコマ送りのように感じ、私はもう何もする気が起こらなかった。
冷たい床に座り込んで、目の前の光景を眺めていた。
もういいや、レオリックとか侯爵夫人とか、もう要らない。
エミリオン様も、もういいや、どうせ私を見てくれない。
私、ここに何しに来たんだっけ。
皆、何を騒いでいるんだろう。
レオリック様が口をぽかんと開けている。
間抜けな顔が可笑しい。
それにしても、両側の騎士、もうちょっと優しくエスコート出来ないのかな。
逃げたりしないのに、掴まれた腕が痛い。
騎士達に引き摺られながら階段を下りて、突き飛ばされた先は、冷たい石壁の牢屋だった。
「沙汰があるまで、そこに居ろとの命令だ。」
ガシャンと閉まる鉄格子。
そして、誰も居なくなった。
レオリックもエミリオンもヴェリティもクロードもローザも、皆。
そこに在るのは、静寂だけだった。
あれから、どの位時間が経ったのだろう。
時間の感覚がなくなり、昼も夜も分からず、食事すら出ない。
何も食べなくても、それまで蓄積された物での生理的欲求はあり、部屋の隅で用を足す。
悪臭が立ち込める頃には、もう何も排泄する物がなくなった。
私は、粗末な寝具が敷いてある石のベッドに横たわり、ただ息をする時間を過ごす。
起きているのか、寝ているのかも分からない。
石の床の冷たさも、もう感じなくなる。
私の何が良くなかったんだろう。
身分が低いから?マナーも教養もないから?
未だによく分からない。
考えても分からないから、もう考えない。
お父様やお母様は、どこに行ってしまったんだろう。
どうして私を置いて居なくなってしまったんだろう。
生きているのか、死んでしまったのか。
もし死んでしまったのなら、私が死んだら会えるのかな。
きっと私は、あの令息を刺した罪で処刑される。
生きてここを出たとしても、また別の牢屋か、もっと酷い場所に移される。
自分の意思でどこかに行くなどということは、二度と出来ないだろう。
だったら…
私は死ぬことにした。
力を振り絞りドレスを引き裂いて紐状にして、鉄格子に引っ掛けた。
ちょっと苦しいだけ。
でも、今より苦しくはない筈。
もう全部嫌なの。
籠の中の鳥以下の生活も、私を顧みない人達も。
全てに疲れ、絶望した。
生まれ変わったら、私も幸せになりたい。
優しい両親と、愛する人と。
贅沢な暮らしじゃなくていいから、毎日会話して、一緒に笑って、つらい時も皆で力を合わせて頑張る、そんな暮らしがしてみたい。
両親にも他人にも流されて生きてきた私。
せめて死ぬ時は、私の意思で逝きたい。
さようなら、私。
私は、鉄格子の紐に首を掛けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハーレント公爵家から、エヴァンス公爵家に極秘の手紙が届いた。
グラナード公爵は、執事のベンジャミンからこっそり受け取り、ファビオラ夫人と夫婦の私室でそれを読んだ。
『例の女、縊死を企て失敗。
意識戻るも心神耗弱、若しくは記憶喪失。』
たった二行の手紙だった。
「グラナード、このことは…?」
ヴェリティやグレイシアに、どう伝えるのかとファビオラはグラナードに問うた。
「首を吊ったと伝えなくてもいいだろう。」
「そうね…きっとヴェリティは気に病むわ…」
「あの女の両親が訓練所に居たな。」
没落した男爵家を買い取り、訓練所に改造してから管理人を務めていた夫婦だ。
「確か…アルカスとネミリアでしたわね。
あの女の親だけど、男爵家が没落した後、エミリオンが連れて来たの。
商売は下手だけど、気立ては良くて、何か見捨てられないって。」
「エミリオンにしては珍しいな。まさか、あの女がレオリックに捨てられたら、親と一緒に、遠く離れたどこかに行かせるつもりだったのか!?」
グラナードは、自分の息子ながら考え方がエグいと驚く。
「エミリオンのことだから、それもあるかもしれないわね…
砂漠の砂から、たった一粒のダイヤを探すように、ヴェリティと一緒になる可能性を探していたしね…」
「グレイシアの言う通りだな。拗らせ執着男…」
「オーレリアが死ねなかったということは、まだ生きてやるべきことがあるということかもしれないわ。
私も、あのオーレリアの死までは願っていない。
だから、アルカス達とどこかに逃しましょうか。
娘が処刑されたら、アルカスやネミリアも善人では居られないかもしれないし。
その恨みは、またエヴァンス公爵家に向くでしょう。
復讐の連鎖は、始まってしまうと断ち切るのは大変で、とても時間が掛かるものよ。」
「そうだな。国と国の話は、陛下が上手くまとめてくれそうだし。
サイファにグレイシアを取られるのも、もう決定事項だ…
だったら、次の火種になるようなものは、最初から排除しなくてはな。」
エヴァンス公爵夫妻は、この日秘密を共有した。
エミリオンやグレイシアは気付くだろうが、ヴェリティには言わないだろう。
きっとサイファも。
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