【本編完結・新章スタート】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜

紬あおい

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67.気付けない男 Side レオリック

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何故、俺はこんな地下牢に居るんだろう。
度重なる不敬の末、オーレリアが傷害事件を起こしたからか?
俺はブランフォード侯爵だぞ?
オーレリアは、まだ正式な妻ではない。
だったら何故、俺がこんな所に!?

貴族牢でもなく、石壁の牢屋に入れられて三日目。
硬いパンと生温く味のしないスープだけの食事。
怒りを通り越し、諦めの境地に入ってきた。

「ヴェリティは…どうしているだろうか…」

冷たいベッドに横たわり、石壁の方を向いて呟いた瞬間、後ろで鉄格子がガシャンと音を立てた。

「ヴェリティの名を呼ぶな!」

振り向けば、エミリオン・エヴァンスがそこに居た。
驚いて駆け寄る俺を見下ろすエミリオン。

「エヴァンス公子!何故、私をここに!?」

「まだ分からないのか?」

「だから聞いている!!」

エミリオンは、俺の嫌いな薄ら笑いを浮かべた。

「そうだよな、貴様は何も分かっていない。
その怠惰な性質が招いた事態だ。全て、貴様の所為だ。」

「何のことですか!?私が何をしたと言うのですか?」

…だと?ふざけるな!貴様がからだ!!
ヴェリティを、自分の良いように酷使し、騙し討ちのように愛人を孕ませて裏切り、離れに追いやり様子も見に行かず殺しかけて。
愛人を教育もせず野放しにし。
挙げ句、デルーミア王太子殺害未遂だ。
貴様がから起きた事態だ。」

「デルーミア王太子…?オーレリアが刺した令息が…?」

「そうだ。サイファ殿下は、俺の妹の恋人だ。
貴様は、エヴァンス公爵家だけでなく、デルーミア王国も敵にした。」

「オーレリアがっ!あの女が勝手にやったことです!どうか、ブランフォード侯爵家だけは!!」

「この期に及んで家のことか。心配するな。」

エミリオンが微笑み、俺は一瞬助かったと思った。
しかし、次の言葉で絶望を味わう。

「ブランフォード侯爵家は爵位剥奪となった。
デルーミア国王陛下とジェスティン皇帝陛下の協議で、王太子殺害未遂事件の全ての責任をブランフォード侯爵家が取ることで合意した。
それを受けて、エヴァンス公爵家の事業から派遣した使用人達は、全て撤収した。
あの者達も、護るべき家がある伯爵家や侯爵家の子息令嬢だ。
皆、別の派遣先を紹介して、ブランフォード侯爵家には誰も残らないと意思確認した。
だから、心配しなくても、護るべきブランフォード侯爵家はもうない。」

「息子は、マテオはどうなるのですか!?」

「やっと、子どもの話か…貴様らしいな。
ヴェリティが離れから居なくなっても気づかず、リオラやリディアも気に掛けず。
ブランフォード侯爵家がなくなると気付いてから嫡男を思い出すとはな。
安心しろ、殺しはしない。身元引受人となる者の候補は居るし、その者はしっかり育てていくだろう。
ただ、ブランフォード侯爵家の嫡男として生きる道は断たれた。貴様と愛人の所為でな。」

「そんな…」

「貴様は、ここを出たらどうしたい?選択肢は二つだ。
一つ目は、このレイグラント帝国の最北端の地で子爵家の主となること。
二つ目は、平民となり国外追放。デルーミア王国への立ち入りも禁ずる。
実行犯ではなかったことが考慮され、命は無事だ。
貴様の好きな方を選ばせてやるという温情もな。」

最北端の地…そこは荒れ地で草木も育たないような場所だ。
だったら、平民として一から商売でも始めた方が、まだマシなのだろうか。
そこで、オーレリアや商売が下手だったアルカスやネミリアを思い出した。

「オーレリアは…どうなるのですか…?」

「あの女は首を吊った。」

「えっ………?」 

オーレリアが死んだ。
その事実は、全てオーレリアの所為だと思っていた、今の俺にもショックだった。
一時は愛した女、儚げで、愚かで、俺から全てを奪った女。
勝手に死んで、もう憎むことすら出来ない。

石の床に、膝から崩れ落ちた俺を見下ろし、エミリオンは更に続けた。

「貴様は、二人の女を殺したんだ。
ヴェリティは、信じてきた夫がある日突然愛人を連れて来て、自分の置かれた境遇を冷静に見ることが出来ない位、徐々に心が死んでいった。
離れに移り住んでも、大丈夫、まだ大丈夫と思っているうちに、どんどん心が麻痺していったんだ。
そして、あの愛人は何も分からずブランフォード侯爵家に連れて来られ、慣れない生活に疲弊し、ヴェリティを逆恨みし事件まで起こした。
地下牢に入れられてからは、何も見えていないのか、出された食事にも手を付けず、ぶつぶつ独り言を呟き、最後は首を吊ったよ。
貴様は、結局、二人の女を不幸にしただけだ。」

「でも…何不自由ない暮らしは与えてきた。
ヴェリティは不満を漏らしたことはないし、オーレリアを迎え入れた時、即座に寝室を分けたのもヴェリティだ。
双子達と共に、エヴァンス公子と楽しそうに食卓を囲む姿もショックだった…
本当は、双子達の絵の指導を始めた時から、ヴェリティとデキていたのか!?」

ーーーガシャン!!!

エミリオンは、再び鉄格子に蹴りを入れ、俺を威嚇した。

「貴様は!どこまでふざけた奴なんだ!?
ヴェリティが浮気していたとでも言いたいのか?
貴様と一緒にするな!ヴェリティは、最初、誰もが飛び付く次期エヴァンス公爵夫人の地位を断ったさ。
自分の身より、リオラやリディアが一番大切で愛しているからと!まさに母親の鑑だよ。
家族を大切にしたり愛することは、決して切り分けてはいけない。
貴様は、それを切り分けたんだろう?
愛人は大切で、家族としてヴェリティは愛していると。
でも、それは己の汚らしい欲情を、ていのいい言い訳で隠しただけだ。」

俺は、ヴェリティを正妻とし、ブランフォード侯爵家を護り、オーレリアとも幸せに暮らせると思っていた。

ヴェリティが傷付き、身体を壊すまで我慢していたとは考えもしなかった。
オーレリアも、自由に過ごせばいいと思っていた。

「私は…間違っていたのか…?どこから?」

「貴様は、気付かなかったんだ。最初から相手をきちんと見ていなければ、間違いにも気付かないだろう?
目線を合わせて、相手の話を真摯に聞いていれば、こうはならなかっただろうな。」

「私は………」

俺は言葉を失った。

「でも、貴様の愚かな行いで、俺はヴェリティを迎えることが出来た。
初めてのカフェのデートも、ヴェリティの弾けるような笑顔が見られた。
ヴェリティとリオラやリディアとの初めての旅行も、きっと楽しいだろう。
何もしなかった貴様のおかげで、ヴェリティのこれからの初めてと、あの愛らしい笑顔は、全て俺のものだ。
それだけは感謝する。」

「カフェ…?旅行…?そんなもので喜ぶ…?」

「ああ、たかがそんなものすら気付かなかったんだよ、貴様は。
贅沢な暮らしをさせることが幸せではない。
目を見て話して、相手のささやかな望みに耳を傾け、可能な限り叶える。
その小さな積み重ねが信頼となり、愛も深まる。
貴様のおかげで、俺もヴェリティもリオラもリディアも、エヴァンス公爵家の皆が今幸せだ。」

俺なりに家族は大切にしてきたし、愛していた。
しかし、大切なことには気付かなかったのだろうか。
でも、ブランフォード侯爵家では当たり前のことだった。

「父上とも母上とも、こうやって過ごしてきた。
私が…気付かなかったから…でも、私も知らなかったから…」

エミリオンは最後に言った。

「二択だ。選んでいい。決まったら、食事を運ぶ護衛にでも伝えろ。貴様と会うのは、今日で最後だ。」

遠去かる足音と耳に残る冷たい声。

「一層の事、殺してくれたらいいのに…」

俺の呟きに答える者は居なかった。
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