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72.優しい妻
しおりを挟む双子達は、一時帰宅で勉強が遅れないように、グレイシアとサイファとエルドランドが家庭教師を務め、ヴェリティとエミリオンは、久しぶりに訓練所に行く為、馬車に乗って出掛けた。
「お休みしてしまったのに、更にお休みするのは何か申し訳ないですね…」
せっかくの講義を休まなければならないヴェリティは、凄く残念そうだ。
「ヴェリティの代わりに、クロードやナージェル達をしばらく講師に据えよう。
あの者達は、既にいくつもの貴族に仕えているから、実践的な指導が出来るだろう。
あと、アルカスとネミリアだが…」
エミリオンは、言い掛けて、少し躊躇った。
「どうなさったの?何を聞いても大丈夫ですから、話してください。」
ヴェリティは、このところエミリオンやグラナード達が何かを相談していることは気付いていた。
しかし、自分が口を出しても具体的に解決するとも思えず、決定事項に従おうと思っていた。
「アルカスとネミリアは、オーレリアの実の両親だ。」
「……えっ…!?」
「黙っていて、すまない。」
「いえ、大丈夫ですわ。ご両親は訓練所でとても良くしてくださっていたし。」
「気立てはいいのだよ、あの者達は。だから、訓練所の管理を任せていたのだ。
そして、オーレリアとマテオを任せようと思う。
この国を出て、サルージュ国に移住させる。」
「サルージュ国とは、随分遠い国でしたよね?」
「ああ、そうだ。少しの金銭的な援助と仕事を紹介して、遠い国で一からやり直す。
ヴェリティ、勝手に決めてしまったが、それでいいだろうか?」
「もちろんです。小さいお子には罪はないし、母親と祖父母が一緒に暮らせるなら、それが一番です。
エミリオン様もお義父様やお義母様は、きっと私の思いを考慮してくださったのでしょう?」
「そうなんだ。やはり、赤子には罪はないし、我々に接見禁止と思える距離に置けば、もう関わらなくていいしな。
そして、ブランフォード元侯爵は、最北端の地で子爵家の主人となる。
こちらも遠いし、もうあの者達との接触はないだろう。」
「そうですか。私はそれでいいと思います。もうお会いすることもないでしょうし、それぞれの人生を歩んで行けばいいと思います。」
(やっぱり俺の妻は、心根が優しいな…)
微笑むヴェリティに、やはりこの決断は間違いではなかったと、エミリオンはほっとした。
そして、訓練所に到着すると、アルカスとネミリアが出迎えた。
「この度は…」
言い掛けたアルカスを応接室へとエミリオンは誘う。
ネミリアはお茶を淹れ、エミリオンとヴェリティに深々とお辞儀をした。
「まあ、掛けなさい。」
「「はい。」」
お茶をひと口飲み、エミリオンは切り出した。
「既に父上から聞いていると思うが、サルージュ国に移住してもらうことで良いな?」
アルカスとネミリアは、ソファから立ち上がり、即座に土下座した。
「この度は、ご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした。
エヴァンス公爵家の皆様には感謝しております。
オーレリアとマテオは、私達夫婦が責任を持って面倒を見ます。
オーレリアは正気を失っておりますが、二度とあのようなことはさせません。
マテオは、平民の子として育てます。」
「そなた達が居なくなるのは惜しいが、これが今出来る最良の方法と思ってくれたら…」
「もちろんでございます。寧ろ、処刑されても文句など言えない立場です。
オーレリアを甘やかしてしまったことにより、奥様にご不快な思いをさせてしまい、デルーミア王太子殿下に危害を加える事態にまで発展し、大変申し訳ありません。」
「既に、国と国の話はついている。今までの礼として、僅かだが餞別と仕事を準備した。
温かい地での再出発を願っている。」
「ありがとうございます。このご恩は決して忘れません。」
アルカスは涙を堪え、エミリオンとヴェリティに頭を下げた。
ネミリアはひと言も発しなかったが、表情からは感謝の意が見受けられた。
「ネミリアさん、あなたのお茶はとても美味しかったわ。
あちらでも身体に気をつけてお過ごしくださいね。」
「奥様…」
ヴェリティの声掛けに、耐えていたネミリアの張り詰めた心の糸がぷつりと切れた。
「オーレリアが…あの子が奥様と少しでも関わっていたら…
こんなことにはならなかったのかもしれません。
でも、それ以前に、きちんと育てられなかった私をお許しください…」
ヴェリティは、立ち上がり、ネミリアの肩に手を置いた。
「私自身、父は愛人ばかり構い、母は嫡男の兄ばかり可愛がり、両親の愛には恵まれませんでした。
でも、オーレリアさんには、優しいご両親がいらっしゃるわ。きっとまた幸せに暮らせます。
マテオちゃんがすくすく育ちますよう、祈っていますよ。」
「奥様…そのような生い立ちなのに…お優しいお言葉をありがとうございます。そして、マテオのご心配まで…ありがとうございます。」
エミリオンは、ヴェリティを見て、やはりオーレリアやマテオの命まで奪わなくて良かったのだと思った。
(俺の妻は優し過ぎる…でも、それがヴェリティなんだよな…こういう女性だから、俺はヴェリティを愛しているのだろうな。)
「さあ、アルカス、渡す物もあるし、早急に出発することになるから、準備をしなさい。そなたも達者で暮らせよ。」
「はい、旦那様と奥様もお元気でお過ごしください。」
アルカスとネミリアは、手で涙を拭いながら、訓練所の私室に戻って行った。
「ヴェリティは、実の両親に会いたいか?」
「私の家族は、エヴァンス公爵家の皆様です。私から離れた方が、母は穏やかに暮らせると思います。
ですから、会わない方が良いのです。」
アルカスやネミリアの後ろ姿を見つめながら、ヴェリティは言った。
「そうか…もうヴェリティは、うるさい位に賑やかなエヴァンス公爵家の一員だしな。
これからも、よろしく頼むよ。」
「はい、旦那様!こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
エミリオンの腕をそっと取るヴェリティは、今のままで幸せそうだった。
親に可愛がられても、道を逸れる者。
親に疎まれても、真っ直ぐに進む者。
真っ新な状態で産まれてきた筈なのに、どこが別れ道になるのだろう。
人とは、考えれば考える程、難しい生き物だとエミリオンは思うのだった。
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