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71.恩と罰
しおりを挟む双子達の一時帰宅により、エヴァンス公爵家にまた賑やかさが戻ってきた。
グラナードとファビオラは、初の家族旅行を計画している。
それは、ヴェリティや双子達が領地の視察を家族旅行と思い込んでいたことを憐れみ、楽しい思い出を作りたいと思っていたからだ。
十年間の生活の中で、一度も純粋な観光旅行をしたことがなかったヴェリティや双子達。
領地の視察中は、一体何をしていたのか。
カフェすら碌に行ったことのない三人に心を痛めたエミリオンは、両親にこっそり相談していた。
「父上、母上…グレイシアとサイファの婚約前の今なら、家族全員で旅行に行けるのではないでしょうか。
寧ろ、今しか行けないかもしれません。」
「そうだな…グレイシアの婚約はすぐに整うだろうし、リオラやリディアに思い出作りをしてあげたいな。
陛下に頼めば、湖畔の別荘を貸してもらえるだろう。」
「あら、いいわね!一番新しく建てたグリーンベル湖の別荘でしょう?私達も行ったことないじゃない。
何なら、エルドランド殿下に案内してもらいましょう。
サイファもだいぶ動けるようになったし、静養にもいいかも。」
「「えっ…?」」
「あらやだ、あなた達、あの子達も家族になるのだし、婚約者同士が親交を深める機会を無駄にするの?
ついでに、護衛騎士としてジオルグも連れて行くわよ?」
エヴァンス公爵家の決定権は、ファビオラが握っている。
グラナードとエミリオンは、男子の参加であろうと、渋々従うしかないのだ。
「恋路を邪魔すると馬に蹴られるらしいわ。」
ファビオラは、不満げな二人に有無を言わせず微笑んだ。
「それと、エミリオンとヴェリティの結婚式はどうしましょう?
サイファとグレイシアの婚約が正式に決まれば、二人の結婚式は一年後になるかしら…
その前に挙げた方がいいわよね?
グラナード、こちらのスケジュールが決まってからの方が、陛下はデルーミア王国と話がしやすいわよね?」
「私としては、グレイシアがずっと家に居てもいいのだが…」
「グラナード!私は真面目に話しているの!」
「ひっっ!」
扇がなくても、ファビオラはぴしゃりとグラナードを諌める。
「分かってるよ…サイファが急かしそうだしな。」
しょんぼりした父にエミリオンが助け舟を出す。
「ばたばたしそうですが、リオラやリディアの次の長期休暇に合わせて、俺達の結婚式は五ヶ月後はどうでしょう?」
「そうね、五ヶ月あれば、一からデザインしても、イヴ・カルーレのドレスは間に合うでしょう。まあ、間に合わせるけど!
近々訪問するように私が手配するわね。
礼拝堂も押さえなきゃいけないし。」
「母上にはお手数を掛けますが、よろしくお願いします。」
「エミリオンは、訓練所の方もお願いね?
ヴェリティに代わる講師役も必要でしょう?」
「それだけじゃないですよね?母上。
アルカスとネミリアの代わりも、でしょう?」
察しの良いエミリオンに、ファビオラとグラナードは一瞬顔を見合わせた。
「やっぱり気付いていたのね…アルカスとネミリアは、オーレリアとマテオを引き取り、サルージュ国に移住させることにしたわ。
これについては、サルージュ国やデルーミア国王やジェスティン陛下とも話がついているの。」
「サルージュ国ですか…かなり南の温かい気候の国ですね。
あの女は許せませんが、まだ小さな赤子には罪はない。
サルージュ国なら、追い払うには遠くていいかもしれませんね。
二度とレイグラント帝国や、デルーミア王国には、足を踏み入れないという確約付きですか?」
「もちろんだ。我々の目に触れない所を選んだつもりだ。
ブランフォード元侯爵は、まだ処罰を選択していないらしいが、子爵を選べば真反対だし、平民を選んでも、サルージュ国は遠過ぎるだろう。
今に至るも、オーレリアと暮らしたいとか、マテオを引き取りたいという意思も見せないしな。
奴が何を選んでも、自力で苦労するか、野垂れ死ぬ運命だ。」
「では、遺恨を残さぬようアルカスとネミリアには、当面の生活費となる金を持たせ、仕事を紹介しておきましょうか。
子は男子ですから、物心ついて恨まれても面倒です。
物理的な距離をおき、僅かな金で平穏が買えるなら安いものですからね。」
「良かったわ、エミリオンも同じ意見で。
甘いと言われないか、少し心配だったの。
私とグラナードもそう思っているの。
恨みは恐ろしい原動力となり、復讐の起爆剤にもなる。
やり方は美しくないけど、僅かなお金と安寧の地を与えるだけで恩を売れるなら、将来的にも私はその方がいいと思うわ。
但し、ブランフォード元侯爵だけは赦さない。」
ファビオラやグラナードは、ヴェリティや双子達の過去を知れば知る程、レオリックに対する怒りを増幅させてきた。
今回までの経緯も、ブランフォード元侯爵が招いた事態だと怒り心頭だったのだ。
「ブランフォード元侯爵は、恐らく貴族としてしか生きられないだろう。
そのプライドが邪魔をし、自ら荒れ地に手を加えたり、誰も知らぬ土地で、頭を下げて新規事業を立ち上げるのも不可能だと思っている。
しかし、うっかり事故死したり、自害しても我々の知らぬことだ。」
「ヴェリティの夫で、リオラやリディアの父は、このエヴァンス公爵家のエミリオン唯一人よ?」
「なるほど…ふっ…」
エミリオンは、グラナードとファビオラの言葉で全てを悟った。
(父上や母上は、ブランフォード元侯爵を最初から生かすという選択肢はなかったのだな…
ということは、影に始末させるのか…これは、ヴェリティにも話せないな。)
「ヴェリティやリオラやリディアには、ブランフォード元侯爵は、最北端の荒れ地の子爵を選び、あの女は精神を病んではいるが、子と一緒にアルカスとネミリアが引き取ったと話しておきます。
ブランフォード元侯爵のこと以外は、全くの嘘ではありませんからね。」
「それでいい。事実を隈なく伝えることだけが全てではない。
ヴェリティは優し過ぎる。だから、我々がきっちりカタをつける。」
「父上、母上、ありがとうございます。」
エミリオンは、これで安心してヴェリティや双子達が過ごせるだろうと思った。
妙な噂が立っても、エヴァンス公爵家には捩じ伏せるだけの力もある。
(やっとここまで来たな…)
その日、久しぶりにエミリオンは、ぐっすり眠れた。
隣で眠るヴェリティの穏やかな顔は、エミリオンに安らぎを与えたのだった。
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