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75.家族旅行 ③
しおりを挟むそれから馬車は順調に走り、グリーンベル湖に到着した。
「皆様、ここが陛下ご自慢の別荘です!伯父上も遊びに来ることも想定して建てたので、チェスなどのボードゲームが出来る部屋や、楽器を取り揃えた音楽室もありますよ。
外遊びなら、湖でボートも乗れますし、ピクニック用のテーブルや椅子もあります。
そして、公園にはブランコや巨大な滑り台まで!
滞在中は退屈しないと思いますし、食事などは使用人達が居ますので不便はないと思います。」
エルドランドは、しっかり案内役をするつもりだ。
一度しか訪れたことがないが。
「では、各自、動きやすい服装に着替えて集合しよう。ドレスではなく、平民男子みたいな服を用意してあるからな!」
着替える為に通された部屋は広く、それぞれのサイズで準備されていた。
ひと通り着替えが終わり見回すと、騎士服を着慣れているリオラ以外は、そもそもパンツスタイルは初めてで新鮮だ。
「グレイシア様もお義母様も、背筋がしゃんとされていて、スタイルが良くてお似合いですね!」
「ヴェリティ様こそ、すらりとした体型とキュッと上がったお尻がセクシーですわ!
しかも、お胸が大きい!!お兄様には気を付けてくださいね?」
「えっ…」
ヴェリティが苦笑いをしていると、ファビオラが雰囲気を変えた。
「女性は髪を一つにまとめましょうか。その方が遊びやすいでしょう?」
ファビオラの提案に皆頷くと、クレシアとコリンヌに気合いが入る。
「では、高めのポニーテールにしましょうか。男性陣がうっとりしてしまいますわね!」
濃いめのベージュのパンツに白シャツの女性陣は、シンプルな服装なのに、着飾った時に引けを取らない位、美しかった。
皆は色違いのリボンだったが、ヴェリティはポニーテールをエミリオンからもらった薔薇の髪飾りで留めた。
「それ、お兄様がヴェリティ様にプレゼントした髪飾りですよね?」
「エミリオン父様が絵のモチーフにしてるやつですよ!ねぇ、リオラ!!」
「そうそう!お母様の目尻の薄い黒子まで描かれてましたねー!!」
「うわっ!お兄様、キモっっっ!!」
「あの子、そんなところまで記憶してたのね…我が子ながら、ちょっと怖いわ…」
ファビオラとグレイシアは、じっとヴェリティの目元を確認し、ぶるっと震えた。
「おーい!支度は出来たかー?」
「「「「はーい!」」」」
玄関先に集まると、男性陣はそれぞれのパートナーに見惚れている。
そんな男性陣も、ベージュのシャツに黒のパンツスタイルが似合っている。
「ヴェリティ、似合うね。薔薇の髪飾りも付けてくれたんだ!」
「はい、大切な髪飾りですから。エミリオン様もお似合いです。」
見つめ合うヴェリティとエミリオンに、グレイシアが呆れる。
「ほんとに、呆れる位に仲良しね!さあ、行きましょう!!」
「リオラァァァ、リディアァァァ、じぃじと滑り台に行こう!!」
「「ちょっ、待ってください!」」
グラナードが双子達を両腕に抱えて走り出すと、エルドランドとジオルグがそれに続く。
ファビオラものんびり歩きながら、滑り台を目指しているようだ。
グラナードが付いているが、エミリオンは見渡せる範囲に遊具があるのを確認し、ヴェリティを湖へと誘った。
「俺達も散策しようか。リオラやリディアには、最強の護衛が三人も居るからな。
グレイシアはサイファと過ごすんだろ?」
「もちろん!!!」
エミリオンに被せるように答えたのはサイファだった。
「サイファは、まだ完全に治っていないのだから、私とのんびりしましょう?」
サイファの腕を取り、グレイシアはブランコへと歩き出した。
その後ろ姿を見ながら、ヴェリティとエミリオンも歩き出す。
「良い所ですね。空気も澄んでいるし。」
「そうだな。久しぶりにのんびりした気持ちになるな。
あっ、ヴェリティ、ボートに乗ろうか。」
「はい、初めて乗ります!」
エメラルドグリーンの湖に、真新しい白いボートで繰り出す二人。
ヴェリティは、また初めての経験をする。
「透明感のあるグリーンですね。でも、近くで見ると透明なのは何故かしら…」
余裕綽々でボートを漕ぐエミリオンは、幼な子のような疑問を持つヴェリティにほっこりする。
「光が水分子によって吸収されて、緑色の光が反射や散乱されることが影響しているんだよ。
あと大量発生した植物プランクトンとかね。
要は、藻だ!」
「なるほど。エミリオン様はやっぱり物知りですのね。私、何も知らなくて恥ずかしいわ…」
「そんなこと知らなくても、生きていけるさ。俺は無駄な雑学王でもあるしな。」
「いろいろ教えてくださいね、旦那様。」
「何でも聞いて?女心以外は学んできたから。」
「女心以外って、あはははっ!」
「湖の真ん中まで行ってみよう!」
エミリオンは、ヴェリティの可愛さに暴走しかけて反省しつつ、シャツの袖を捲り上げ、オールを漕ぐ手を早めた。
ヴェリティは、エミリオンの腕橈骨筋に見惚れていた。
(あの腕で、いつも抱き締められているのね…)
「ヴェリティ、どうした?」
エミリオンは、突然頬を赤く染めたヴェリティに気付く。
「あっ、いえ、そのっ、エミリオン様の、う、腕が逞しいなと…」
「ヴェリティにしては珍しく不埒なことを考えているな!?
今は煽ったら駄目だぞ?この旅行では、恋人らしいデートをするんだから。」
「…はい……すみません…」
「ーーーっ!?ほんとに不埒なことを考えていたのか?
寧ろ、嬉しいっ!続きは今夜たっぷりと!!」
「は、話が違います!旅行中は控えると!!」
「控えるとは言ったが、しないとは言ってない。」
揶揄うつもりだったエミリオンは興奮し、ヴェリティは藪蛇という言葉が頭に浮かぶのだった。
「ほどほどに…お願いします…」
「分かってるよ。たくさん想い出作りをしに来たのだから。」
「旅行って、こんなにのんびりと楽しいのですね。
どなたもお仕事することなく、ただ楽しんでいて。」
「まあ、エヴァンス公爵家は遊びも本気だからな。
見てごらん?父上、滑り台から転げ落ちてるよ。」
ぎゃーという叫び声の方を見ると、グラナードがでんぐり返しをしながら芝へと転がっていた。
「お義母様、大笑いなさってますけど、お義父様お怪我はないのかしら!?」
「ああ、大丈夫だろ。父上は頑丈だからな。
あれがリオラやリディアなら、飛んで行って様子を見るが、父上だから放っておこう。
ああいうのも、父上には気晴らしになるんだよ。
陛下のスペアとして生きてきた父上が、自分として過ごせるようになったのは、母上と結婚してかららしいからな。」
「そうでしたのね…お義父様、おつらい日もあったでしょうに、優しい方だわ。お義母様も。」
「それを言うなら、ヴェリティ、君もだ。」
微笑むエミリオンは、いつもヴェリティを認めてくれる。
「エミリオン様、ありがとうございます。大好きです。」
座ったまま前屈みになり、エミリオンにそっと口付ける。
理性と闘うエミリオンは、ぐっと我慢し、付き合い始めの恋人のような口付けを返した。
「俺も、ヴェリティが大好きだ。」
エミリオンとヴェリティは、肩を寄せ合い、エメラルドグリーンに輝く湖をしばらく眺めていた。
その美しさは、ヴェリティの心のアルバムの一頁に記された。
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