妹に婚約者を奪われた公爵令嬢は只今辺境伯に溺愛されています

紬あおい

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91.別の顔




私を横抱きにしたヴェルシスは、暗闇にも関わらず、しっかりとした足取りで辺境伯邸を目指していた。

「ヴェルシス、どうして暗いのに道が分かるの?」

不思議に思って聞くと、ヴェルシスは余裕綽々で答えた。

「この坑道は俺の体格ギリギリに造ってあるからな。それに、微かな空気の流れを感じる。」

「それだけで、前が見えなくても歩けるの?」

「ああ、戦場にはいつも灯りがある訳じゃないし、勘に頼ることは多々ある。」

淡々と話しているが、こんなところも生まれ持った感覚や豊富な経験が活きているのだろう。

それからしばらく歩くと、ヴェルシスが立ち止まり、私を下ろした。

「着いたぞ、この扉の向こうが邸内だ。」

ヴェルシスは扉を開くと、そこは食料倉庫のようだった。
邸内側から見ると、その扉は壁と同色で出入り口とは気付かない筈だ。

(どんな経験を積んだら、ここまで計算出来るのだろう…)

ヴェルシスには未知な部分がまだまだたくさんあるのかもしれないと、私は思い、心が痛んだ。

「リルア、来い。」

新しい辺境伯邸なので、初めて入った私はヴェルシスに手を引かれて歩くと、執務室へと案内された。
少しだけ開いたドアからは灯りが漏れており、誰か居るようだった。

そのドアを開きヴェルシスと私が中に入ると、家令のエリオンが振り返った。

「君主様!!」

疲れた顔のエリオンはヴェルシスを見た瞬間、心から安堵した表情に変わった。

「待たせたな。皆は?」

「使用人達は邸内に、領民達は執事のロナルドが敷地内の施設におります。
襲撃されて怪我をした二十名は、旧邸にて手当てをし、休ませています。」

「そうか。怪我人を除いて、全ての者を施設の広間に集めろ!今から作戦会議をする。」

「はっ!!」

エリオンは急ぎ足で部屋を出る瞬間、私に微笑んだ。

「リルア、俺達も施設に向かう。」

「はい!」

領民の収容施設は、必要最低限の物しかないような簡素な造りだったが、清潔さと実用性に富んでいた。
一般的に想像するような収容施設の悪辣な環境とは無縁で、このような状況でなかったら安宿よりも居心地が良いだろうとも思えた。

「ヴェルシス、凄いわね!これで医務室があったら完璧ね。」

「だから、シェリーヌを連れて来るのさ。」

ヴェルシスの中では、アルカロイド辺境邸を要塞にするだけでなく、敷地内を長期戦に耐え得る避難所と考えているようだ。
それは、有事の場合だけでなく、日常でも自然災害の時も有効であり、ヴェルシスの思考には全く無駄がない。

「君主様がお帰りになられたぞ!」

「皆、よく耐えたな!」

「「「君主様っ!!!」」」

ヴェルシスが広間の入り口に立つと、エリオンは皆に告げ、一斉に声が上がった。
その瞬間、ヴェルシスを見つめる皆の表情で、私は君主と呼ばれる理由を悟った。

通常なら、君主とは皇帝陛下のことであり、国家の象徴を示すが、このアルカロイド辺境地では、ヴェルシスが絶対的な統治者なのだ。
それは、辺境伯を授爵したからではなく、長年共に戦ってきた者達の厚い信仰にも似た信頼が築き上げたものだった。

「先ずは、俺の帰りを待ち、無駄死にすることなく全員の命が無事だったことに感謝する。」

ヴェルシスの声に、一同膝を付き右拳を胸に当てる姿は圧巻だ。

「お前らは、男も女も関係なく、俺と共に戦ってきた勇者達だ。
夜目も効き、研ぎ澄まされた感覚を持つ漆黒のカラスだ。
寄せ集めの傭兵など造作もない。」

真剣にヴェルシスの声に耳を傾けながら、口元を緩める者も居るが、誰一人声は漏らさず、静寂の中ヴェルシスの声だけが響く。

「明日の夕刻からアヴィディテ窃盗団の残党を一網打尽にする。
昼までは各自が剣の手入れをし、陽が傾いたら、一斉に出陣する。
直後に門は閉め、敵の背後に回れ。
そして、見上げる程高い障壁しょうへきを背にするよう追い込めば、後は目の前の敵を斬るだけだ。
施設内の妊婦や老人、子ども達や怪我人は、リルアが対応する。
皆、安心して目の前の敵に挑め!」

「「「 はっ!!!」」」

「では、解散!」

静かに広間を後にする領民達は、普段の穏やかさとは別の顔を持つ騎士だった。

皇都のリュグラン公爵家で育った私は、平和だと思っていたこの帝国にも、別の顔があるのだということを思い知った瞬間でもあった。



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