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135.騎士と侍女長の夜
「ふぅ…やっと終わった…」
フェリスは一人、ガゼボでまた星空を眺めていた。
弟のようなハルトの結婚式を終えて、肩の荷が一つ下りた気がしていたのだ。
「ちょっと位、呑んでもいいわよね?」
誰に話し掛ける訳でもなく、こっそり持ってきたワインのボトルと二つのグラスをテーブルに置くと、突然声がした。
「フェリス、一人酒か?」
「っ!?アンドレ!」
「俺にも呑ませろ。」
有無を言わせず隣に座るアンドレに、フェリスはワインを注ぎ、グラスを差し出した。
「良いお式だったわね。」
「ああ、ハルトもシェリーヌ先生も幸せそうだったな。二人して誓いの言葉を噛んだけど。」
「あははっ、あれね!シェリーヌ先生まで噛んだ時は、お坊ちゃま方も必死に耐えていらっしゃって!!君主様も肩が揺れていたわ。」
「俺、戦場じゃなくて教会で笑い死ぬかと思ったぞ?あはははっ!」
一頻り、フェリスとアンドレは結婚式の話で盛り上がり、ワインのボトルが残り半分になってきた時、アンドレが言った。
「フェリスは、ずっと独り身なのか…?」
アンドレもフェリスの恋人、ベルトランを忘れていないし、以前盗み聞きしてしまったフェリスの想いも知っている。
しかし、フェリスもまだ三十前の女性で、結婚を諦める年齢でもない。
「心が寂しかったら…独り身も堪えるかもしれないけど、今、私は寂しくはないの。
お坊ちゃま方が逞しく成長なさって、お嬢様方が日々いろんな表情を見せてくださって。
君主様は、私が騎士として役に立たなくなっても生きていけるように、侍女長という役目も任せてくださっているわ。
それに、こうしてアンドレも話し相手になってくれるし。
あのまま傭兵を続けていてベルトランを失ったのなら、きっと寂しさに押し潰されて、自暴自棄になっていたでしょうけど、本当に今は充実した毎日を送れているの。」
途中から星空を見上げて話すフェリスは、ベルトランにも話し掛けているようだった。
その横顔は穏やかに微笑んでいた。
「それならいい、幸せの形は誰かに決められるものではないからな。」
「アンドレこそ、良い人は居ないの?」
不意に顔を覗き込むフェリスに、アンドレは少しドキッとしたが、すぐにポーカーフェイスに戻る。
「俺は、君主様やハルトと違って不真面目だからな。一人の女に絞れないし、責任も持てない。
だから、誰かを不幸にする位なら、欲は金で解決するさ。」
「やだっ、娼館の帝王って、満更嘘じゃないのね!?」
アンドレには、騎士団とは別の顔があり、娼館で男の欲望を発散させつつ、諜報活動もしていたことは、ヴェルシスとリシャールしか知らない。
「娼館の帝王か。それはまた、大層な名を付けられたもんだ。はははっ!」
「まあ、アンドレだから、無意味なことはしていないだろうけど?」
フェリスは、多くを語らないアンドレの役目に気付きつつ、知らない振りをする。
「欲は娼館、誰かと話したかったらフェリス、俺はそれでいい。
君主様やハルトみたいに、一途にはなれないさ。
それに、最近お嬢様方が懐いてきたし、若い女が三人居るしな!」
「ばかっ、そんなこと、君主様のお耳に入ったら首が飛ぶわよっ!?」
「確かにヤベぇなっ!あはははっ!!」
そして、ワインのボトルが空いた頃、フェリスはもう一度星空を見上げ、邸内に戻って行った。
その場に残ったアンドレは、星空を見上げて呟く。
「ベルトラン、お前は恋敵として競うことすらさせてくれなかったな。
ずっと傍に居たのに、フェリスは昔も今もお前しか見ていない。
いい女なのに、勿体ないぞ?
でも、安心しろ、フェリスは俺が見守ってやる。」
アンドレは、ずっとフェリスに恋焦がれていた。
でも、弱ったフェリスにつけ込んで、自分のものにしようとまでは考えたことがない。
ベルトランが亡くなった時、もしかしたらチャンスだったかもしれないが、結果的に何も出来ず、憔悴しきっていたフェリスに前を向かせたのはヴェルシスの言葉だった。
『そろそろ前を向け。アルカロイドは、必ず護ってやるから。』
その言葉で先を見据える覚悟が出来たのは、フェリスだけでなくアンドレもだった。
「いつかまた、皆で呑もうぜ。」
アンドレの呟きは、そっと星空に向かって吸い込まれていった。
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