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12.嵐の後で
しおりを挟む応接間に漂う静寂。
話し合いが終わり、父も母もソファでぐったりとしている。
その中で、私の隣に座るクリストファー殿下だけは、めらめらと紅の炎に包まれた雰囲気を醸し出している。
「リーチェ嬢、何故あそこまで我慢したのだ?」
低い声で、クリストファー殿下は呟く。
閉じた瞳と横顔まで美しいと、私は的外れなことを考える。
「家の為、か…?」
父も口を開く。
「お父様が決めた縁談でしたし、私も十六歳になりますから、家の役に立てるならと…最初は、ちょっとした嫌がらせだけだったし、気にしないスタンスを貫いていたら、どんどん増長して…流石に耐えるのも難しくて…あ、でも、侍女や護衛騎士は怒らないであげて?私が口止めしたのだから。」
「リーチェ…お前は…本当に阿呆だな…家のことなんか、どうでもいいんだよ…お前が幸せなら…すまない、お前に我慢を強いたのは、きっと私だな…」
父は俯いて、肩を落としている。
それを見た母は、父の肩を抱く。
「リーチェは、私やお父様が思っていたよりも、この家のことを考えていてくれたのね。でもね、お父様も私も娘の幸せが一番大事なの。チカプリオン令息も、評判は悪くなかったからリーチェの相手に選んだの。でも、人の評価は千差万別なのね。ごめんね、リーチェ。」
「大丈夫よ。私自身、あまり社交に積極的ではなかったから、知らなかったし。我慢の容量が人よりも大きかったから、助けを求めるタイミングを失ったのかもしれません…」
「我慢の容量、か…」
クリストファー殿下は、またもや重低音を響かせる。
「リーチェ嬢、これからは皆を頼れ。」
「た、よ、る…」
「そうだ、心が手折れる前に頼れ。あそこまでされて、心が傷付かない訳はないだろうに…君は自分の我慢強さを過信している。あの夜も、今日も、俺には君が諸刃の剣のように思えたんだ。よく耐えたな…」
突然目の前がぼやけて、頬に温かいものが伝う。
「あ…あれ…?」
「リーチェ、今思うことを話してごらん?」
クリストファー殿下は、私の手を握り、優しく微笑み掛ける。
「わ、私…悔しかった…婚約者なのに、馬鹿にされて、嫌われて…大勢の前で笑われたり、悪く言われたり…」
「うん、それから?」
「やってもいないこと、全部私の所為にされて…階段から突き落とされそうになった時も、刺されそうになった時も、怖かった…」
「うん、怖かったね…………それから?」
「魅力がなくて、愛されないんだ…だから、こんなことになるんだって…」
「それは違う。リーチェが我慢しているのをいいことに、あいつらが増長したんだ。リーチェは、心が麻痺してしまったんだ。決してリーチェが悪いんじゃないよ。」
「私…悪くないの?」
「ああ、リーチェは悪くない。現に、抜群の行動力で奴との婚約破棄に漕ぎ着けたし。」
「そっか…私……やり切った?」
「ああ、やり切ったよ。まあ、俺からすれば、皇族の力を駆使して、奴らを牢屋にぶち込んで、公開処刑したい位だが、それはリーチェにとって本意ではないだろう?」
「そこまでは…ただ、平穏な日を過ごせたり、欲を言えば、今の幸せをこの先もずっと…」
「リーチェの幸せは、俺が守ろう。約束する。」
真剣なクリストファー殿下の瞳に吸い込まれそうになる。
「リーチェ、殿下、いちゃこらしたいなら、正式に婿入りしてからにしてくれ。」
「ほら、あなた、仕事しなさいな。」
甘い雰囲気をぶち壊す父を引き摺って、母は応接間から出て行った。
ドアが閉まる瞬間、ウィンクした母に、私もクリストファー殿下も笑うしかなかった。
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