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49.テオナルドの諦め
しおりを挟む「テオナルド、リーチェ嬢がクリストファー殿下と結婚式を挙げたそうだ。ヴァーミリアン侯爵家から披露パーティの招待状をいただいたが、お断りした。」
陛下の承認は既に下りていることは父から聞いていたが、遂に結婚式を挙げたのかと、現実を突き付けられた気がした。
僕は、未だに自分のすべきことが分からず、ずっと自室で謹慎という何もしない時間を過ごしている。
食欲はなくとも食べて、眠くないのに横になる、それだけだ。
リーチェとヴァーミリアン侯爵家に、我が家としては莫大な慰謝料を支払い、自分名義のバルテルンの牧場も一緒に手放した。
チカプリオン伯爵家は、父が兄のヘルベルトに伯爵を譲り、兄は必死にこの家を立て直そうとしている。
その兄が久しぶりに僕の部屋を訪れた。
「久しぶりだな。」
「あっ、兄上…迷惑を掛けてすみません…何か今の僕にも手伝える仕事はあるでしょうか…」
「ふざけたことを言うな。そんな話をしに来たのではない。お前がリーチェ嬢を貶めた所為で、社交の場では誰からも声が掛からない!取り引き先の平民ですら、侯爵令嬢を殺そうとした者の兄として蔑まれてる。お前に一体何の仕事が出来るというのだ?」
「………申し訳ありません…」
兄は深い溜め息混じりに僕を見た。
「何故、あのようなことをしたのだ?お前がリーチェ嬢を好いていると、俺は思っていた。ジェニファとかいう女に、あっさり堕ちて、お前は馬鹿なのか?」
兄とこの話をするのは初めてだった。
父が僕を庇ってくれていたから、兄はその間もチカプリオン侯爵家を必死に護っていた。
「リーチェは…あまりにも無邪気で美しくて、手が出せなかったんです…逆にジェニファは、自分からどんどん攻めてきて、気付けば夢中になってた…でも、愛してはいなかった…」
「はあ…性欲か…本当にお前は馬鹿だ。欲が抑えられないなら、娼館にでも行けばいいものを…」
「そ、そんな金はなかったし!」
「当たり前だ、そんなことの為に、父上も俺も働いているのではない。我慢するのが大人だ。
それが出来ないなら、婚約者をその気にさせて欲を満たすか、普段の金遣いを控えて娼館に行くか、自己処理で我慢するかだ。
強かに生き抜かねばならない貴族社会に身を置く筈のお前は、結局どれも出来なかった。
よりにもよって、書類上はリーチェ嬢と家格が並ぶ侯爵令嬢などに手を出して。
ヴァーミリアン侯爵家の資産は、その辺の公爵家を超えている筈だ。
我が家が勝てる相手ではないのだよ。
お前が貴族の令息としての自覚があれば、ヴァーミリアン侯爵家のディーゼル様を敵に回すことが、どれだけ恐ろしいことか、理解出来たろうに。
おまけに、クリストファー殿下だ。
残念だが、お前にはこの家を出てもらう。
お前は顔だけは良い。
それを見込んだ西の外れのハウゼン伯爵家から求婚書が届いた。
十歳年上だが、裕福な家だそうだ。
我が家の事業にも出資してくださる。
異論は認めない。三日後に迎えが来る。
我が家の者として、仕事はさせられないが、役に立つこと位はしてもらう。」
「はい…」
「テオナルド……お前と…もっと会話をすれば良かったな。
ただ、俺はこのチカプリオン伯爵家を護らねばならない。
このお前の縁談という最後の申し出を飲むことで、我が家は護られた。
リーチェ嬢とクリストファー殿下の披露パーティは遠慮したが、社交の場での爪弾きは、これからは免れるだろう。
俺は、家の為に弟を売ったのだ。
すまない、助けられなくて。」
「兄上……」
兄の言うことを、最後はぼんやりと聞いていた。
端から拒否権などない。
部屋に入って来た兄の顔を見て察し、兄が出て行く時の顔で、全て諦めた。
リーチェにもう一度会いたかった。
しかし、それを口にすることは、恐らく死に値する罰が待ち受けているだろう。
この家にも、もう帰れないだろう。
この求婚に大人しく従うことだけが、僕に出来る『チカプリオン伯爵家を護ること』なのだ。
全く繋がりのないハウゼン伯爵家からの求婚書。
皇都から、馬車でひと月以上かかる遠く離れた場所。
兄が口にしなくとも、それが意味することを、やっと僕は理解した。
あの人がリーチェの父で、あの人がリーチェの夫になったのだから。
決して許さないという、言葉に出さない強い想いを。
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