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あなたが遺したもの
しおりを挟むケルンドット侯爵家のサーシャは、エルヴァン・ミルファス伯爵令息が好きだった。
出逢いは、皇立学園時代。
明るく活発なエルヴァンは人気者で、いつも友人に囲まれていた。
一方で、サーシャは大人しいがらも、学業は優秀だったので、それなりに友人にも恵まれた。
しかし、接点はなく、お互いに親しく会話することはなかった。
サーシャがエルヴァンを意識したのは、帰り道に馬車が脱輪し、困っていたところを助けられてからだ。
「ケルンドット侯爵令嬢では?」
馬車を降りて、修理を手配しようとしていた騎士を見つめていたところ、エルヴァンを乗せた馬車が通り掛かったのだ。
「ミルファス伯爵家のエルヴァンだ。令嬢とは学園で顔見知りだ。お困りのようなら、令嬢だけでもお送りするが?」
エルヴァンは騎士に声を掛け、騎士もその言葉に甘えることにしたようだ。
「時間が掛かるかもしれないので、令嬢は我が家の馬車でお送りいたします。」
「ありがとうございます。お願いいたします。」
馬車に乗せてもらうと、学園での印象とは違い、エルヴァンは静かに窓の外を眺めていた。
そして、馬車がケルンドット侯爵邸に着くと、サーシャに手を貸し、馬車から降ろした。
「ではまた、学園で。」
「ありがとうございました。」
たったそれだけの会話だったが、サーシャは胸がときめいていた。
翌日、エルヴァンにお礼としてカンパニュラを刺繍したハンカチを渡した。
「気にしなくていいのに。でも、ありがとう。」
はにかんだエルヴァンに、サーシャは微笑みを返し、その瞬間、恋に落ちた。
しかし、エルヴァンには既に婚約者が居り、学園の卒業と同時に結婚することをサーシャは知っていた。
サーシャ自身も、両親が薦めるクライス・ノアイユ伯爵令息と婚約したばかりだった。
クライスは、サーシャのように穏やかな性格で、二人は燃えるような恋ではなくとも、お互いに尊重し合っていた。
(エルヴァン様への想いとは違うけれど、クライス様と落ち着いた生活を送る方が、きっと私には合っているわ。)
何事もなく学園を卒業し、サーシャとエルヴァンは、お互いの婚約者とそのまま結婚した。
その時から、サーシャは不思議な夢を見るようになった。
その夢は、エルヴァンに送ってもらった馬車の日から始まった。
エルヴァンの夢は、見たいと願っても見られる訳ではなく不定期だ。
二回目はお礼のハンカチを渡した夢、三回目は二人で図書室で勉強した夢、四回目はカフェでデートした夢など、少しずつ距離が近付く夢だった。
その夢のサーシャとエルヴァンは、いつも微笑み合っていた。
しかし実際には、学園で挨拶は交わすが、親しい関係にはならなかったし、結婚後はクライスが力を入れていた事業の為に、サーシャはクライスに着いて行き、皇都を離れていた。
だから、何故そのような夢を見るのか、不思議だった。
でも、その夢はいつもサーシャをあたたかい気持ちにしてくれた。
そして、サーシャが二十七歳を迎えたある日、またエルヴァンの夢を見たのだが、その日の夢はいつもと違っていた。
「君とはもう会えない。ちゃんと想いを伝えていたら、僕達の未来は変わっていただろうか?」
夢の中のエルヴァンは、悲しげに微笑んで、サーシャに背を向けた。
(エルヴァン様!!!)
夜更けに目が覚めて、サーシャは号泣した。
何故か、本当にエルヴァンがこの世から居なくなってしまった気がしたからだ。
「サーシャ、どうした?」
クライスが起きてしまう程に泣いていたサーシャは、覚えていないが悲しい夢を見た気がすると誤魔化した。
そんなサーシャを、クライスは泣き止むまで抱き締めていてくれた。
その夢が偶然なのか、必然なのかは分からないが、一つ事実があったとすれば、二十七歳でエルヴァンが逝ってしまったと同級生から聞いたことだ。
皇立学園の創立百周年記念パーティで、久々に顔を合わせた同級生がエルヴァンの死を口にしたのだ。
「いい奴だったのにな…馬車に轢かれそうな子どもを助けて、自分が轢かれてしまうなんてな。」
「生きていたら三十五歳、男盛りなのにね。あんなに早く逝ってしまうなんて…とても残念だわ…」
皆、口々にエルヴァンの死を悼んでいた時、エルヴァンの妻であるカトリーヌが話し掛けてきた。
エルヴァンの瞳と同じ翠色のドレスがよく似合う夫人だった。
「主人が出さなかった手紙です。あの人らしくて笑ってしまいましたが、是非サーシャ様にも読んでいただきたくて。」
そして、手紙をサーシャに渡して、静かに去って行った。
その背中は、何故か一仕事終えたような、すっきりとした印象だった。
「サーシャ、その手紙は?」
クライスが気にしていたので、バルコニーで開封し、中を見るとサーシャは微笑んだ。
「サーシャ、どうした?」
サーシャがクライスに手紙を渡すと、クライスはそっと受け取り、読み出した。
『サーシャ殿
馬車の故障で助けた時、お礼にもらったハンカチに、カンパニュラの刺繍がしてあったので、花言葉を調べました。
だから、妻への記念日の贈り物は感謝を伝えたくて、いつもカンパニュラの花束を贈っていました。
しかしある日、妻に叱られました。
あなたは、私のことをお喋りとか、うるさいって思っているの!?と。
花言葉とは難しいものですね。
サーシャ殿も、もしかして僕のことをお喋りとかうるさいと思っていたのでしょうか?
でも、それはそれで良い思い出です。
あれ以来、妻の好みと花言葉に気を付けるようになりました。
サーシャ殿は幸せかい?
僕は、しっかり者の妻と可愛い子ども達に恵まれて幸せです。
届けるつもりもない手紙に、若き日の初恋と、今の幸せを込めて。』
読み終わったクライスも微笑みを浮かべていた。
「サーシャもエルヴァン殿が初恋なのかい?」
「恋に至る程、話したことがないわ。」
「そうか…そろそろ帰ろうか、私達の家に。」
「はい、旦那様。」
サーシャは、あの日の夢はエルヴァンが別れを告げに来てくれたのだと思った。
だから、この場では泣かない。
エルヴァンが、皆を幸せな気持ちにさせる手紙を遺してくれたと思うから。
心のままに奪うだけが愛ではない。
こんな愛があってもいいでしょう?
【完】
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今年も、いろんな作品楽しみにしています‼️
ご感想ありがとうございます❣️
学生時代の淡い恋を懐かしむようなお話でしたが、共感していただけて良かったです😆💞
誰も傷付かないお話が書きたかったので、喜んでいただけて嬉しいです☺️
連載物を更新しながら、短編も上げていけたらいいなと思っていますので、本年もよろしくお願いいたします🤲