山王学園シリーズ〜カサブランカの君へ〜

七海セレナ

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38.【これ以上馬鹿にはなれない】

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その日の夜。

暗記系の出そうな問題は事前に一条先輩がピックアップし、過去問は三木先輩がまとめて持って来るとグループチャットに連絡が入った。

先輩達が恐ろしいほど協力的なのは何故だ。

出会って日も浅く何も見返りもないのに何でそんなに協力的なんだ。

俺と似たようなことを思ったのか蓮池が、

〝あんたら暇なんですか〟

とグループチャットに嫌味ったらしく送ってきた。

お前のためを思っての優しさかもしれないだろうが!相変わらず失礼だなとチャットを眺めていると、


〝てめぇが留年か退学になったら〟

〝サークル廃部しちまうじゃねーか〟

〝探し直すのくそめんどい〟

〝お前が勉強すればいい話だろやれよ〟


と、梓蘭世が連投する。

それに先輩全員がGOODや頷きのスタンプをかえしているため、優しさではなくどうやらこれが全員の本音らしい。

まぁ三木先輩は化け物級に頭が良いらしいから別として…。

勉強会だなんて他の先輩達は自分の中間が心配じゃないのかと不安を覚えるが、ふと〝順位100番以下は退部〟という合唱部の厳しい規約を思い出した。

よくよく考えれば先輩全員が元合唱部だったな。

……そうなると大した問題はないのか。

というより自ら教えようと名乗り出てるわけだから、俺が気を遣う必要もないかと画面を閉じようとするも、


〝楓がグループから退会しました〟


の文字が見えた。

はあっ!?

あのバカお前のための勉強会だぞ!?

慌ててスマホを開くと今度は、


〝ゆうたが楓を招待しました〟


と秒速で蓮池がグループに戻されたかと思えば、また退会するの繰り返し。

このやり取りが30回近くチャットに続いた頃に三木先輩が、


〝蓮池、明日俺が教室まで迎えに行くから早く寝ろ〟


の一言でこの戦いの幕は閉じ、蓮池はグループチャットに残留した。




__________________




____そして現在、俺は職員室にいる。



小夜「どこが出るかだってぇ?」


素っ頓狂な声を上げた担任が明らかに呆れた顔をしている。

わかるぞ。俺だってこんな馬鹿な事を聞きたくて聞いている訳ではない。仕方がないんだよ。

昨日の帰り際、まず手始めにと桂樹先輩が蓮池に何個か問題を出して正誤を三木先輩が統計を取った。

先輩全員が見守る…というより、やれという圧の中ではさすがの蓮池も逆らえなかったのだろう。
柊がケツに蹴りを入れ、渋々問題を解いたのだ。

文系か理系かで言うなら蓮池にとって日本語なだけ幾分マシらしいということが判明し、とりあえず今日の勉強会は現代文と古典の2つをメインにしようとその場で決まったのだ。

俺の出番は大して無さそうだなと安堵していたが、それも一瞬だった。

柊が先輩達がこんなに蓮池の為に手を尽くしてくれているのに、1年生の俺らが何もしないというのはどうなのかと朝イチで言い出したのだ。

職員室で素直に出る所を2人で教えて貰い少しでも先輩の負担を減らさないかと提案をされるも、何もしなくていいだろういうのが正直な気持ちだ。

蓮池は昨日少ししか問題を解いていないというのに、普段使わない脳ミソをフル回転させたせいか未だ口から魂が出たまま寝込んでいる。

昨日家に帰って寝ただけでは復活せず、山王の教師陣が寝ている奴は基本放置なのをいい事に今日も朝からあの調子で爆睡していて憎たらしい。

昨日1日で分かったのは蓮池は恐ろしいほど直ぐに集中が切れるということ、そしていつも柊がコイツを容赦なく蹴るのは逸れた気を戻すためということだ。

このやる気のない蓮池を職員室に連れ出す手間を考えたら確かに俺と柊が直で聞きに行った方が早い。

……が、しかし。

何で俺がという気持ちが拭い切れない。

心の内がバレたのか柊はちらりと俺を見て、


夕太「雅臣だって過去問見たいんじゃないの?タダで見るのは……まぁ雅臣がそれでいいならいいけど」


なんて言うもんだから、体裁が悪くて協力せざるを得なくなってしまった。

昼休みになって蓮池は一瞬だけ目覚めたかと思うと、お重の弁当を一気に詰め込み腹の脹れと同時にまた気絶するように眠った。

それを横目にした柊が闘志に燃えて俺の腕を引っ張る。


夕太「じゃあ雅臣は小夜先生に現代文小テスト以外どこが出るか聞いてきて!俺は古典聞いてくる!」


古典は既に1年の間でも有名な偏屈で頑固なじいさん先生だ。そっちを自ら担ってくれるとは有り難い。

仕方なく柊に引っ張られゆっくりと職員室に向かった結果がこの有り様という訳だ。


小夜「小テストからは出る」

雅臣「それ以外を何とか……」

小夜「それがさぁ、まだ俺テスト作ってねぇのよ…お前らもやばいかもだけど俺も相当やばいの」


隣の席の教師が苦笑しているが、計画性の無さに驚く。担任は遠い目をしているがもうテストまでそんなに日がないのに大丈夫なのかと余計な心配をしてしまう。

……待てよ?

これは暗に教えないと言われているのではないか?
 

小夜「藤城。お前どーせ蓮池のためにとか言われて、柊にパシられたんだろ」


……案の定バレている。

器用に片眉を上げた担任にこれ以上聞いても絶対に答えてくれなさそうで諦めようとした瞬間、柊のよく通る大きな声が職員室に響いた。


夕太「ねぇカズオ!教えてよー、どこ出るんだよー」

「……さっきから教えんと言うておる」

夕太「カズオと俺の仲じゃんかよー!ケチ!」

「いつお前とそんな仲になった!…………全く…うるさくて敵わん……昔出した問題と似たようなもんしか出さんわ」


……えっ?答えた!?………あの爺さんが答えたぞ!


夕太「愛してるカズオ!言ったな!言質取ったからな!」


柊が古典の頑固ジジイにぎゅうぎゅうと抱きついてるのを見るて、自分の顔が引きつっているのが分かる。

あいつ特有の距離感の無さが教師にも発揮されたからなのか、孫に無理を言われて頬が緩むように古典のジジイが絆されたのが丸見えでムカつく。

前に俺が質問した時はあんなんじゃなかったぞ。

全員平等に厳格にしろと言いたいが、あのジジイから過去問から出ると引き出した柊が凄いだけかもしれないと自分で自分を納得させる。


小夜 「カズオも丸くなったなー。俺ん時は教えてくんなかったじゃん」

「小夜!!カズオと呼ぶなと何年言えばわかる!!そもそもお前は教えんでも出来が良かったじゃろうが!!」


ボヤく担任に頑固ジジイが答えると、柊もカズオと呼んでいたがそれはいいのかと贔屓を目の当たりにした。


___そういえばうちの担任って山王の卒業生なのか?


担任を見つめると小さく肩を竦めて笑った。


小夜「カズオは俺らの代から割とバカに甘いんだよ。……しゃあねえなぁ…三木の代のテストから何問か出すのもいいかもなぁ」


わざとらしくそう言って笑う担任に、


夕太「…!!ミッションコンプリートだ!」


俺の隣にやってきた柊がそう叫んで走り出す。

慌てて担任に頭を下げ、柊と一緒に職員室を出た。




_____________________




楓「ちょっと!!バカになる!!やめてくださいよ!!」


今日のサークル指定教室は2年4組だが、既に教室内は勉強会と思えないほど騒がしかった。

少し遅れて俺は向かったが、扉を開けると既に項垂れる蓮池の頭を梓蘭世がそれは楽しそうに教科書でバシバシ殴っているのが見えた。
 

蘭世「これ以上馬鹿になれねぇから安心しろよ。すげぇなこの頭、何にも入ってねーの!」


梓蘭世が蓮池のおかっぱ頭を掴んでブンブン揺する。


梅生「やめなよ蘭世。蓮池には伸び代があるんだよ。大丈夫、これから覚えればまだ間に合うよ」

楓「…夕太くんが一条先輩がいいと言う理由わかる気がしてきた」


それを聞いた梓蘭世は気に入らないのか、今度は蓮池をヘッドロックする。

既に勉強を始めていたようだがこの状態では先が思いやられるなと蓮池から離れた場所に席についた。

蓮池の馬鹿さを目の当たりにしたことはなかったが、改めてコイツに教えるとなると本当に苦痛だろう。

勉強ができない以前にまるでやる気がないとなると、教える側も難しい。

バコンバコン音を立てて蓮池の頭を殴る梓蘭世を大変だなと眺めるが、あんなに細いのに意外と力もあって容赦がない。

俺じゃなくて良かったと安堵していると、


三木「お、始めてるか?ほら過去問」


教室の扉を開けて入ってきた三木先輩が、ファイルしたプリントを梓蘭世に渡した。


蘭世「三木さん聞いてよ!始めるも何もこのバカ……て、桂樹さんは?」

三木「リオは後から来る。……俺のノートをカラーコピーするんだと。多分今図書館だ」


呆れ顔でため息を着く三木さんだが、意外に優しい所があるんだなと思う。

自分が真剣に受けた授業のノートを横取りされるのをずるいと思わないのだろうか?

俺は病気で休んだ奴以外に貸したくないぞ。


夕太「ミルキー先輩、古典過去問から出るって聞いてきたよ!」


でんちゃん頑張れーと蓮池励ます柊に合わせて、俺も現代文は三木先輩の代のテストから出る事を伝える。


三木「そうか、それは助かるな。1年の担当教師の名前全員教えてくれ。それによって出題傾向もある程度絞れる」

楓「もう嫌、最悪、帰りたい」


ダルそうに椅子を揺らす蓮池を、もう一度梓蘭世が殴る。

たまにはいい気味だと笑うと、賑やかに勉強会がスタートした。

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