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134.【梓蘭世と】
しおりを挟む雅臣「な、何が面白いんですか!」
蘭世「ほらまた吃ってんぞ」
そこじゃないと言いたいのに梓蘭世はまた1人大ウケで今度はバシバシと俺の足を叩いてくる。
蓮池も梓蘭世も俺が自ら陰キャ宣言する度に爆笑するのは如何なものかと思うが、ツボにハマったのかついには息を詰まらせ笑っている。
何が面白いのか分からないが一連の流れは正に陽キャ特有のもので、俺は為す術もなく途方に暮れてしまう。
名古屋に来てから真の陽キャばかりに巡り会うせいか己の陰な部分がどうも目立つ気がして嫌になる。
蘭世「はーおもろかった、誰がそんな酷い事言ったん」
雅臣「あんた!!あんたもですよ!!あの時笑ってたでしょう!?」
蘭世「どの時?俺お前とそんな話したことなくね?てかほんとおもろいな」
お、覚えていない?
しかもこの人の言う面白いは絶対俺の面白いと思う感覚と違って絶妙に馬鹿にされているような気がする。
………。
……………。
まぁいい、所詮陽キャと俺では生きる世界が違うし分かり合えるはずがないのだ。
それに蓮池と違って俺が何を言っても気に入らないとかそういう感じもしない。
話してくれるだけマシだと考えながら梓蘭世を見れば乱れた息を整えすっと真顔に戻り、今度はスマホを内カメにして自分の前髪を整え始める。
雅臣「梓先輩は一条先輩に感謝した方がいいですよ」
気まぐれに自分の感情で人の心を左右させていることに少しは気がついた方がいいと嫌味を込めて言葉にするが、適当な返事しか返ってこないので勝手に話を続けることにした。
雅臣「あれ食べたら駄目とか制限かけたりすぐ不機嫌になったり……それでも一条先輩は優しく許してくれるのに……」
何気なく出た一条先輩の話題に興味が湧いたのか梓蘭世はスマホを持つ手を下ろしじっと俺を見つめてくる。
雅臣「そのうち愛想つかされて、他の友達に慰めて貰うことになりますよ」
蘭世「他なんかいねぇしいらねぇよ。俺は梅ちゃんだけでいい」
それなら尚更態度を良くしろと思うが、このままでは一条先輩の荷がとてつもなく重いように思えてしまった。
この我儘王子の心を許す存在がもう少し増えればあんなに一条先輩ばかりにやりたい放題することもないと渋い顔をしてしまう。
日差しに輝く髪と魅力的な甘い美貌を持つ梓蘭世なら誰を傍に置くことも可能だろうに、あの人だけがいいなんて何か特別な思い入れがあるのだろうか。
雅臣「たくさん友達いるっていいですよ?いっぱい作った方が__」
蘭世「たくさん欲しいのはてめぇだろ?」
もっと友達を作るように俺が勧めなければと謎の使命感に駆られたが直ぐに言葉を被せられ淡い虹彩の大きな目を細めて笑われる。
一条先輩の為とか言いながら自分の願望も重ねて口にしていて、心の内を見透かされた気がして頬が熱くなった。
蘭世「数じゃないぜ?友達なんて1人か2人でいいんだよ……人は必ず裏切るからな」
梓蘭世は声を低めて俺の目を射抜くように見つめる。
その瞬間風が吹いて目の前の流れるプールが波立ったが、何故か俺の心も一緒にその言葉に揺さぶられた。
____人は必ず裏切る。
風が吹くたび梓蘭世の銀色の髪も揺れて、眩いくらい綺麗だというのに口から出た言葉が全くそぐわない。
綺麗で現実味のない梓蘭世が言うからこそ深く胸に付き刺さる言葉だった。
蘭世「今最高だと思ってる友達でさえいなくなる」
雅臣「そ、そんなこと……」
分からないじゃないですか、と言うよりも先に俺の頭に1番に浮かんだのは柊と蓮池だった。
数ヶ月前までは1人で過ごすことに何の抵抗もなく生きてきたが、今の俺はこの2人がいなくなったらと考えるだけで怖くなった。
ようやく出来た友達に裏切られるような事が起きたら……俺は立ち直れるのだろうか。
あの2人以上の人がこれから先俺の前に現れるとは思えなくて言い返せなくなってしまう。
蘭世「今を大事にしろよ。でんと夕太どっちも良い奴じゃん」
この人との話題なんて一条先輩のこと以外に無いと思っていたが、予期せず話が深い所にいきそうで瞠目する。
今日1番重くてとても大切なことを聞いた気がして、心臓が高鳴った。
雅臣「いやまぁ……でも色々大変なんですよ?」
蘭世「てめぇが好きでそこに居るんだろ」
雅臣「それはそうですけど……」
蘭世「お前はそこしか無理だろ。あの2人がちょうどいいんじゃね?」
2人に対する苦労話でもしようかと思ったがやっぱりそうはならなくて、しかもそこしか居場所がないとまで言われれば何となく反抗心も湧いてくる。
……まぁ確かにその通りですけども。
どうせ俺は陰キャですよとつい自嘲気味になるが、別に夢を抱くくらいいいじゃないか。
現に陰キャの俺が芸能人で陽キャの梓蘭世とこうして話せてるのだから可能性はなくはない。
俺だっていつかはあいつらと別の友達もできるかもしれないし、学年が上がればもっと増えるかもしれない。
蘭世「今信じてたものが急になくなる時って来るからさ」
しかしその言葉を聞いて、信じていた親父に裏切られた瞬間を思い出した。
急に心が冷めていく感覚が蘇り夢が破れるようなことを言われるとまた怖くなる。
ある日突然俺の日常が崩れてしまったように、出来たばかりの友達もいなくなるかもしれない。
一瞬で深淵に沈む言葉は、梓蘭世の闇を表しているのだろう。
眩い夏の陽光のように輝く世界にいたこの人の経験談は、スケールが違えども俺も同じく痛い思いをしたからこそ身に染みる言葉だった。
雅臣「……俺、名古屋に来たのは…その、自分の父親に裏切られた気がして……上手く言えないんですけど梓先輩の言う事が分かるというか……」
蘭世「1番近い人に裏切られるのキツいよな」
苦笑する梓蘭世を見つめながら、俺よりも明るく遥かに強い人なのにその目は傷を宿しているのが分かる。
芸能人と一般人の俺の心がが同一線に交わることがあるなんて思いもしなかった。
想像が出来ない程多くの人間と関わってきた梓蘭世と、全く関わらずに生きてきた俺では裏切られた回数が違うのに、梓蘭世はこの瞬間は俺を揶揄わなかった。
この人は痛みを知っている。
どこか遠い存在だった梓蘭世を初めて身近に思うことが出来て、自分の心が軟化するのがわかる。
雅臣「俺の環境で不満を言うのはいけないというか、言える立場じゃないと思ってたけど不満はあって……」
多分俺はこれから先この人にそこまで負の感情を抱かない気がして、そのまま食堂でバラした身の上話と名古屋に来た理由を掻い摘んで説明した。
雅臣「困ってないのに困ってるなんて、そんな事言えなかったんです」
蘭世「あー……」
すると梓蘭世はすっと立ち上がってと片方の手首を掴んで思い切り伸びをした。
蘭世「俺もそうかもしれん」
雅臣「梓先輩が?」
肩を回してから突然、ショッキングピンクのCHANELAのスマホケースを放り投げられ慌ててキャッチする。
蘭世「プール入るぞ」
雅臣「は?」
蘭世「浮き輪持ってこいよ。それ預かっとけ」
梓蘭世のスマホを預るなんて、もし無くしたら個人情報が……。
絶対に無くさないと誓い丁寧に防水ケースにしまって首からかけると、梓蘭世は手足を少しだけ降って動かしあっという間に水の中へと消えてゆく。
蘭世「おー!!つめてぇ!!」
雅臣「ま、待ってください!!」
早速流れるプールに入って泳ぐ梓蘭世はまるで人魚のように滑らかに泳ぐ。
水面に顔を出せば濡れた銀髪に陽の光が透けてとても美しく魅力的だが、周囲の視線を独占していて見惚れていた俺も我に返った。
梓蘭世を変な輩から絶対に守り抜くとまたも謎の使命に駆られた俺は浮き輪を引っ掴みプールへと急いだ。
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