平凡雑音日記。

赤屋カル

文字の大きさ
上 下
9 / 53

かぼちゃ

しおりを挟む
 秋になると大量に見かける野菜だ
一部の地域は主食として食べ
一部の文化は副菜として食べる
この違いは長い長い遠いはるか昔から受け継がれているのだろうか
包丁で切ろうと思っても中々切れてくれない
種がたくさん入っていて,まるで教室の中に押し込まれた生徒のよう
周りはなんだろう。
世間なのか,見えない空気なのかもしれない。
かたくて,壊したくても壊れなくて
じっくり熱を加えれば甘くなる,柔らかくなる。
それとも私なのか。
私の中は南瓜の種のようにスプーンで掬えば簡単に取れてしまうものなのか
かたい皮はきっと,私の不器用さを表している。
それとも正義感なのか。
なんでもいい。
何かに守られていれば,私は傷つかずに済む。
南瓜のようにかたければ。
でも,少し優しくされると崩れて,私の殻は簡単に壊れてしまう。
この南瓜も熱には弱い。
みんな,優しさや温もりを誰かからもらうと,簡単に漬け込んで,柔らかくなって,傷つきやすくなるのかもしれない。

時の流れは残酷で,その優しさがいつか後悔に繋がる時もある。
南瓜がどうしてかたいのか、考えたことはあるか?
私は南瓜のようにかたくなりたい。
南瓜のように中身を隠して,外見はこんななんもないシンプルな形です,色です。そう言って,開けてみたら面白いくらいギャップがある人になりたい。

南瓜はどこの何にも負けない硬さで,驚きのギャップ(色)を持っている。
私も南瓜のように中身がスプーンで簡単に掬える何もない生き物かもしれないけど,外側には私じゃない私を少し着飾って,楽しんでみるのもありかもしれない。

南瓜みたいに,甘くてかたい,そんな道を歩んでみたい
しおりを挟む

処理中です...