9 / 18
第9話:『親友を誑かす魔女の化けの皮剥ぎ剥ぎ大作戦』
しおりを挟む――作戦名は『トロイの木馬』。
いえ、もっとシンプルに『親友を誑かす魔女の化けの皮剥ぎ剥ぎ大作戦』でもいいわ。
「……ふぅ。よし、完璧ね」
私は宿の裏手で、予備のローブを二枚重ねにし、深くフードを被って変装用の大きな丸眼鏡をかけた。さらに魔法で少しだけ声を低く変える。
天才魔術師である私の変装だ。アルテミスのような、筋肉で物事を考えるタイプに私の正体が見抜けるはずがない。
私は意を決して、宿『木漏れ日』の扉を開けた。
カランカラン、と乾いた鐘の音が響く。
「……いらっしゃいませ。宿泊のご予定ですか?」
カウンターにいたのは、先ほど庭でアルテミスをなで回していたあの女……シエルだった。
間近で見ると、さらにその「無機質さ」が際立っている。感情が動いている気配が全くない。まるで、精巧に作られた最高級のゴーレムのようだ。
「……ええ。一晩お願いするわ。あと、この宿の一番いい料理も持ってきてちょうだい。代金は金貨でいいかしら?」
私は声を低く抑え、ぶっきらぼうに振る舞った。
シエルは金貨を一瞥し、手際よく記帳を進める。その動作の一つ一つが、計算され尽くしたように無駄がない。
「……承りました。二〇一号室です。……それから」
シエルが不意に、私の顔……フードの奥の瞳をじっと見つめてきた。
心臓が跳ねる。……バレた? 私の魔力偽装を見破ったというの?
「……何よ。文句でもあるの?」
「いえ。お客様の呼吸が、通常時の平均値から一五%ほど早まっています。さらに、顔面の毛細血管が拡張しているようですが……発熱、あるいは情緒的な高揚による『オーバーヒート』の状態とお見受けします」
「……は、はぁっ!? な、何を言ってるのよ、この女……!」
なんなの、この分析。まるで私の体調をスキャンされているみたい。
「当宿の基本理念は『最適化』です。放置すれば、あなたの魔力循環は数時間以内にバグを起こすでしょう。……急ぎ、手入れが必要です」
「手入れ? 何それ、さっきも言ってたけど……怪しい薬でも飲ませるつもり?」
私が杖の柄を握りしめると、シエルは無造作に、カウンターの奥から一本の「棒」を取り出した。
……耳かき? いえ、先端にふわふわの梵天がついている。それと、清潔に畳まれた白いタオル。
「当宿では、疲弊したお客様に『安眠・精神安定サービス』を提供しています。具体的には、物理的な接触を通じた調整……つまりは、私の手による『なでなで』です」
「………………ッ、な、なでなでぇ!?」
危うく、茂みの時と同じ声を出しそうになった。
なによ、それ。なんなの、それ! この女、客に対してもアルテミスにやっていたような「いかがわしいこと」を商売にしてるの!?
「女同士で、何を……っ、そんなの、不潔よ! 破廉恥よ! 私は魔術師よ、自分で自分を律することくらい……」
「……あなたは先ほどから、茂みの外でアルテミスの様子を長時間観察していましたね。その際のアドレナリンの分泌による消耗も考慮しています」
「ぶふぉっ!?!?」
バレてた! 全部見られてた! 私が茂みで「尊死」しかけていたのも、顔を真っ赤にして転げ回っていたのも、この女は全部知った上で泳がせていたっていうの!?
「あ、アルテミスとはただの……! そう、視察よ! 昔の同僚が、落ちぶれてないか確認しに来ただけなんだから!」
「理由は何でも構いません。現在、あなたのバイタルは警告域にあります。……さあ、そこにあるカウンター横のソファへ。店主として、お客様の疲労を見過ごすわけにはいきません」
「ちょ、ちょっと、来ないで……あ、あんた、何その手! なんでそんなに滑らかそうなのよ!」
シエルが迷いのない足取りで、私の横に並んだ。
彼女から、微かに洗いたてのシーツのような、清潔で、それでいて甘い香りが漂ってくる。
逃げなきゃ。そう思うのに、彼女の「命令」のような声を聞くと、なんだか体が、魔法の拘束をかけられたみたいに動かない。
「……一〇分だけです。静かにしてください」
シエルの手が、私のフードをそっと外した。
ツインテールが解け、私の髪が剥き出しになる。
そして。先ほど、アルテミスをあんなにも蕩けさせていたあの指が、私の、耳の裏のあたりに、優しく触れた。
「……あ、……ぁ…………っ」
脳が、一瞬で真っ白になった。
なんだ、これ。魔力回路が、強引に書き換えられるような感覚。
戦場で、ずっと張り詰めていた神経が、彼女の指が触れる場所から、じゅわっ、と溶かされていくような感覚。
「……思考を停止してください。お客様。……あなたは、頑張りすぎました」
「……あ……う……、し、しえる……」
私は、気づけば自分でも驚くような、甘ったるい声を漏らしていた。
アルテミスを笑えない。
この女の指、魔力とか関係なく、……反則よ。
私は、抵抗する力も忘れて、ずるずるとシエルの肩に頭を預けてしまった。
悔しいけれど。この女の「なでなで」は、……恐ろしいほどに、心地よかった。
11
あなたにおすすめの小説
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
空手馬鹿の俺が転生したら規格外の治癒士になっていた 〜筋力Eのひ弱少年治癒士が高みを目指す!?〜
くまみ
ファンタジー
前世は空手部主将の「ゴリラ」男。転生先は……筋力Eのひ弱な少年治癒士!?
「資質がなんだ!俺の拳は魔法を超える!……と、思うけど……汗」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は五里羅門(ごり・らもん) 35歳独身男だ。硬派すぎて女が寄り付かず。強すぎる空手愛と鍛え抜かれた肉体のせいで不本意ながら通称「ゴリラ」と呼ばれていた。
仕事帰りにダンプに跳ねられた俺が目覚めると、そこは異世界だった。だが転生した姿は前世とは真逆。
病弱で華奢。戦闘力最低と言われる職業の「治癒士」(ヒーラー)適正の10歳の少年・ノエル。
「俺は戦闘狂だぞ!このひ弱な体じゃ、戦えねぇ!
「華奢でひ弱な体では、空手技を繰り出すのは夢のまた夢……」
魔力と資質が全てのこの世界。努力では超えられない「資質の壁」が立ちふさがる。
だが、空手馬鹿の俺の魂は諦めることを知らなかった。
「魔法が使えなきゃ、技で制す!治癒士が最強になっちゃいけないなんて誰が決めた?」
これは魔法の常識を「空手の技」で叩き壊す、一人の少年の異世界武勇伝。
伝説の騎士、美少女魔術師、そして謎の切り株(?)を巻き込み、ノエルの規格外の挑戦が今始まる!
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
ダンジョンがある現代社会に転生したので、前世を有効活用しようと思います
竹桜
ファンタジー
ダンジョンがある現代社会に転生した。
その世界では探索者という職業が人気だったが、主人公には興味がない。
故に前世の記憶を有効活用し、好きに生きていく。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる