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タイムリミット!
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『ばふっ! エマ、前見ろわわんっ』
え、と思って視線を戻すと前方の空にまっ黒な雲が渦巻いていた。
嵐だわ。ピカッと空が光った瞬間、体がこわばった。
「きゃっ!」
手をはなしたせいでイルカから滑り落ちてしまった。雲がやわらかいおかげで助かったけれど、ドン、ドンと空が光るたびに体が震える。
「どうした、雷が苦手なのか?」
先に進んでいたアレンが戻ってきた。
「う、うう……あの音聞いていると心臓がドキドキしちゃうの」
あぁ、タイムリミットまであとどれくらいかしら。早くエドガエルを見つけなくちゃいけないのに。
頭では急がなくちゃと思っても体がすくむ。
「仕方ない、ここから先は歩こう。いけそうか?」
差し伸べられた手をとって立ち上がっても、雷が怖くて中腰になっちゃう。
「ありがとう。あ、イルカたちは雲に戻しちゃうの?」
「本の中だし、このままにしておく。そのうちにおれの魔法が切れて元に戻るだろうし」
イルカたちは仲良く泳ぎ去っていった。雷はまだ強くて、わたしはアレンの手を握りしめたまま歩く。黙り込んでいるアレンは、怒っているかしら。呆れているかしら。
怖くて見られない。
しばらく進むと雷が遠ざかっていったけれど、わたしたちは無言で歩き続けた。なんて言えばいいのか分からない。
「――前にルシウスが言ってたんだけど、雷は強くて激しくて怖いけど、じつは神様からの贈り物なんだって」
「そう……なの?」
すごく優しい声。どうしたのかしら。
「地上に落ちて春を教えたり、秋の実りを祝福したりするだろ。例えるなら大きすぎるラッパみたいなもんだって」
「たしかにあんな大きな音がしたら地面もびっくりしちゃうわね」
「うん。おれが産まれたときもこんな嵐の日だったらしいんだ。母親は体が弱くて出産は難しいって言われていたけど、命がけでおれを産んでくれたんだ。だからこの雷はきっと神様が『だいじょうぶ』って言ってるんじゃないかな」
振り向いたアレンの口元がかすかに上がっている。
笑っているの? アレン。
励ましてくれたの? わたしを。
「ありがとう……。アレンの笑顔、とってもすてきよ」
「……」
途端に無表情になる。
もう、素直じゃないんだから。
『ばふ、匂いがするわわんっ』
スピンがはげしく吠えた。
必死に周囲を探す。雲雲雲……辺り一面まっしろで灰色のエドガエルの姿は簡単に見つかると思ったけれど、目がくらんで疲れる。
『いた。あそこだわわんっ』
スピンが見つけてくれたエドガエルは、なんと、首が痛くなるくらい高い入道雲の先にくっついていた。
「ゲコゲーコ」
「いたわ。あそこに……アレン?」
アレンが膝をついてうずくまっている。
「どうしたの?」
熱はないみたいだけど息を切らして苦しそう。クッキー食べすぎでお腹痛いの? それとも虫歯?
『ばふ、魔法を使いすぎたんだわわんっ』
「……あっ」
スピンに言われるまで、わたし、忘れていた。
前におばあちゃんが言っていたの。種類によって違いはあるけれど、魔法はとても疲れるものだって。
人によっては、一回使っただけでしばらく動けなくなることもあるらしいの。
アレンはなんでもできちゃうから忘れていたけど、これまでもきっと魔法を使うたびに苦しかったはず。しかも今回は調子に乗ってたくさん作っちゃった。
「ごめんなさい……アレン、わたし……」
「ばか、なんで泣いてんだよ。らしくない」
ようやく顔をあげたアレンだったけれど、まだ顔色が悪い。
「平気だよ、これくらい。おれ……すごい魔法使いだから」
歯を食いしばって必死に立ち上がる。ふらっ、と後ろに倒れそうになったのであわてて手をつかんだ。
「無理しないで休んでて。エドガエルはわたしが捕まえる。だいじょうぶ、木登りは得意なのよ」
早速入道雲によじのぼる。ふわふわして不安定だけれど、手足をずぼずぼ入れながら進めばいけそう。
「ゲコゲーコ」
エドガエルはわたしを笑うみたいに鳴いている。なんだか腹が立つわ。
「迎えに来たわよ。降りてきなさい」
「ゲコゲーコ」
手を伸ばしてつかまえようとしても、あざ笑うようにさらに上っていく。
「もう怒ったわ、ぜったいに捕まえてやる!」
『エマ、もうすぐタイムリミットわわんっ』
雲の合間から太陽時計が見えた。まずい、12になってしまう。
「おねがいエドガー、もどってきて。一緒に戻りたいの。お願い!」
必死に手を伸ばすと、願いが通じたのかエドガエルが止まった。
良かった。分かってくれたのね。
「ありがとうエドガー」
ようやく捕まえられる。――と思ったら、目の前でぴょんっと飛び上がった。
そしてわたしの顔に、ぺちゃって、乗った……!
「いやぁー!!!」
思わず悲鳴をあげてしまって、バランスを崩した。
入道雲から落ちるわたしとエドガエル。だめ、指一本分届かない。
『ばふっ、ブックマーカーの時間だわわんっ』
太陽時計は……12。
「だめー!!」
わたしは叫ぶ。頭の中がまっしろになった。
え、と思って視線を戻すと前方の空にまっ黒な雲が渦巻いていた。
嵐だわ。ピカッと空が光った瞬間、体がこわばった。
「きゃっ!」
手をはなしたせいでイルカから滑り落ちてしまった。雲がやわらかいおかげで助かったけれど、ドン、ドンと空が光るたびに体が震える。
「どうした、雷が苦手なのか?」
先に進んでいたアレンが戻ってきた。
「う、うう……あの音聞いていると心臓がドキドキしちゃうの」
あぁ、タイムリミットまであとどれくらいかしら。早くエドガエルを見つけなくちゃいけないのに。
頭では急がなくちゃと思っても体がすくむ。
「仕方ない、ここから先は歩こう。いけそうか?」
差し伸べられた手をとって立ち上がっても、雷が怖くて中腰になっちゃう。
「ありがとう。あ、イルカたちは雲に戻しちゃうの?」
「本の中だし、このままにしておく。そのうちにおれの魔法が切れて元に戻るだろうし」
イルカたちは仲良く泳ぎ去っていった。雷はまだ強くて、わたしはアレンの手を握りしめたまま歩く。黙り込んでいるアレンは、怒っているかしら。呆れているかしら。
怖くて見られない。
しばらく進むと雷が遠ざかっていったけれど、わたしたちは無言で歩き続けた。なんて言えばいいのか分からない。
「――前にルシウスが言ってたんだけど、雷は強くて激しくて怖いけど、じつは神様からの贈り物なんだって」
「そう……なの?」
すごく優しい声。どうしたのかしら。
「地上に落ちて春を教えたり、秋の実りを祝福したりするだろ。例えるなら大きすぎるラッパみたいなもんだって」
「たしかにあんな大きな音がしたら地面もびっくりしちゃうわね」
「うん。おれが産まれたときもこんな嵐の日だったらしいんだ。母親は体が弱くて出産は難しいって言われていたけど、命がけでおれを産んでくれたんだ。だからこの雷はきっと神様が『だいじょうぶ』って言ってるんじゃないかな」
振り向いたアレンの口元がかすかに上がっている。
笑っているの? アレン。
励ましてくれたの? わたしを。
「ありがとう……。アレンの笑顔、とってもすてきよ」
「……」
途端に無表情になる。
もう、素直じゃないんだから。
『ばふ、匂いがするわわんっ』
スピンがはげしく吠えた。
必死に周囲を探す。雲雲雲……辺り一面まっしろで灰色のエドガエルの姿は簡単に見つかると思ったけれど、目がくらんで疲れる。
『いた。あそこだわわんっ』
スピンが見つけてくれたエドガエルは、なんと、首が痛くなるくらい高い入道雲の先にくっついていた。
「ゲコゲーコ」
「いたわ。あそこに……アレン?」
アレンが膝をついてうずくまっている。
「どうしたの?」
熱はないみたいだけど息を切らして苦しそう。クッキー食べすぎでお腹痛いの? それとも虫歯?
『ばふ、魔法を使いすぎたんだわわんっ』
「……あっ」
スピンに言われるまで、わたし、忘れていた。
前におばあちゃんが言っていたの。種類によって違いはあるけれど、魔法はとても疲れるものだって。
人によっては、一回使っただけでしばらく動けなくなることもあるらしいの。
アレンはなんでもできちゃうから忘れていたけど、これまでもきっと魔法を使うたびに苦しかったはず。しかも今回は調子に乗ってたくさん作っちゃった。
「ごめんなさい……アレン、わたし……」
「ばか、なんで泣いてんだよ。らしくない」
ようやく顔をあげたアレンだったけれど、まだ顔色が悪い。
「平気だよ、これくらい。おれ……すごい魔法使いだから」
歯を食いしばって必死に立ち上がる。ふらっ、と後ろに倒れそうになったのであわてて手をつかんだ。
「無理しないで休んでて。エドガエルはわたしが捕まえる。だいじょうぶ、木登りは得意なのよ」
早速入道雲によじのぼる。ふわふわして不安定だけれど、手足をずぼずぼ入れながら進めばいけそう。
「ゲコゲーコ」
エドガエルはわたしを笑うみたいに鳴いている。なんだか腹が立つわ。
「迎えに来たわよ。降りてきなさい」
「ゲコゲーコ」
手を伸ばしてつかまえようとしても、あざ笑うようにさらに上っていく。
「もう怒ったわ、ぜったいに捕まえてやる!」
『エマ、もうすぐタイムリミットわわんっ』
雲の合間から太陽時計が見えた。まずい、12になってしまう。
「おねがいエドガー、もどってきて。一緒に戻りたいの。お願い!」
必死に手を伸ばすと、願いが通じたのかエドガエルが止まった。
良かった。分かってくれたのね。
「ありがとうエドガー」
ようやく捕まえられる。――と思ったら、目の前でぴょんっと飛び上がった。
そしてわたしの顔に、ぺちゃって、乗った……!
「いやぁー!!!」
思わず悲鳴をあげてしまって、バランスを崩した。
入道雲から落ちるわたしとエドガエル。だめ、指一本分届かない。
『ばふっ、ブックマーカーの時間だわわんっ』
太陽時計は……12。
「だめー!!」
わたしは叫ぶ。頭の中がまっしろになった。
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