魔法が使えない女の子

咲間 咲良

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時間を止めて

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 ※

「――っ!」

 ハッと気づくと、わたしは、雲の上に寝そべっていた。胸の中にはエドガエルを抱いている。一体、何が起きたの。どうしてわたし、まだ本の中にいるの?

 太陽時計は12を指している。ブックマーカーをするためスピンが飛び上がっているけれど、宙に浮かんだまま止まっている。


 そう、止まっているのよ。なにもかもが。


「まさか……アレン!」

 急いで周りを見回すとアレンが倒れていた。

「アレン、しっかりして、アレン」

 苦しそうに目を閉じていたアレンがゆっくりとまぶたを上げる。エメラルド色の瞳が輝いて、安心したように息を吐いた。

「……よぉ、エマ。ちゃんと捕まえたんだな。間に合ってよかった」
「あなた、時間をとめる魔法を使ったんでしょう? 時間に干渉する魔法はすごく負担が大きいから使っちゃいけないっておばあちゃんが言ってたわ」

 対象が大きくなればなるほど、魔法使いへの反動は大きいの。
 アレンは、そんなむちゃくちゃなことをしたんだわ。

「だって……そいつを取り残したら、エマは泣くだろう」
「そうだけど、でも、アレンが無理していても泣いちゃう」

 ぽろぽろと涙があふれてきた。

「もう泣いてるし」
「仕方ないでしょ。アレンが、優しいから。こんなにいい人だなんて思わなかったから」
「失礼なやつ」

 アレンは笑いながらわたしの頬をなでてくれた。

「おれさ……今までいろんなところで魔法を使ってきたけど、面倒なことを片づけたり、意地悪されたときの仕返しに使ったりしてばかりだった。だれかの役に立つ魔法なんて初めてなんだ。エマのおかげだな」

「わたしじゃない。アレンは元々優しいのよ」

 アレンの指先は冷たい。
 それなのにわたしを心配させないようにと笑っているの。

「そういえば……おれの願いごと、まだ言ってなかったな。――おれ、友だちが欲しかったんだ。ルシウスはいいヤツだけど同年代の友だちはひとりもいなかったから」

「わたしは友だちよ。ハンナも、みんなも、あとエドガーも、みんな、アレンの友だちになるわ」

「……フッ」

 おかしそうに肩を揺らしたアレンは、満足そうに微笑んだ。

「困ったな。ゴールする前に願いごとが叶っちまった。でもせっかくだからエマの願いごとに付き合ってやるか」
 指のタクトを太陽に向ける。


「『時間よもどれ』」


 止まっていた時間がまた進みはじめる。

『ブックマーカーのお仕事わわんっ』

 腕のリングが光り輝き、わたしたちは本の外へと飛び出した。もちろんエドガエルをしっかり抱きしめてね。


 ※


 お茶会の席に戻ってきた。本に入ったときと同じようにアレンはとなりに座っているけれど、明らかに顔色が悪い。


「『人間にもどれ』」
 アレンがタクトを振るとたちまち白い煙があがり、ぼうぜんと座りこんでいるエドガーの姿が浮かび上がる。

「ゲコ……あれ、オレ……ゲーコ」

 だめだわ、まだカエルから戻りきっていない。

「あーいたいた、どこに消えてたの? 探したのよ」

 逃げ出していたハンナたちが戻ってきた。
 あぁ、どうしよう。頭を抱えているとアレンがすぅっといきを吸い込んだ。

「すごかっただろう、『かくれんぼの魔法』っていうんだ」

 え?
 アレンはわたしにウインクをしてからゆっくりと立ち上がる。まだ体がふらついていたのでそっと背中を支えた。

「この島に来る前に覚えた、とっておきの魔法なんだ。これを使えば、だれからも気づかれずない。そうだろ、エマ」

「あ……うん、そう、そうなのよ。いまエドガーをヒキガエルに変えちゃったでしょう、だからみんなに見られないように隠したの。ついでもわたしたちも隠れてみたの」

「へぇー、すごぉーい。全然見つけられなかった」

 口からでまかせだったけれど、ハンナたちが感心したようにうなずいている。わたし『うそつきの魔法』使えるかもしれないわ。

「ねぇあたしにも教えてよ」
「あたしもあたしも」
 たちまちアレンの周りには女の子が群がって大人気。でもアレンの顔色が悪いまま。他の人には見えないのかしら。心配になったわたしはアレンの腕をつかんだ。

「ねぇ、ちょっと来て」
「なんだよ」
「いいから。大事な用があるの」
 これ以上無理をさせられない。強引に引っ張って家の中へと連れていく。

「エマ、どうしたんだい。もうすぐマフィンが焼けるよ」
「美味しそうだよー」
 オーブンの火を見守っているのはルシウスさんだ。さっきの騒ぎ、ふたりには気づかれていなかったみたい。

「おばあちゃん、アレン具合が悪いみたいなの。休ませてあげていい?」
「どれ……」
 薬師のおばあちゃんはアレンのひたいに手を当てると「おやおや」と声を上げた。

「ずいぶん魔法を使ったみたいだね、ほとんど魔力が残ってないじゃないか。こっちへおいで」

「……はい」

 強がっていたアレンも観念したのかおとなしく奥の部屋に入っていく。扉の前で五分くらい待っているとおばあちゃんひとりが戻ってきた。

「体に異常はない。疲れているみたいだからベッドで休ませているよ。でも今日は帰った方がいいだろうね。ルシウス、家で看病しておあげ」

「はい分かりました、先生」

 途端にルシウスさんはピンと背筋を伸ばした。

 先生? わたしはルシウスさんの顔をマジマジと見てしまう。目が合うとにっこりと微笑んだ。

「マリア先生はむかし大学で魔法を教える教師で、ぼくは教え子のひとりだったんだ」
「おばあちゃんが教師……? 初めて聞いたわ」
「授業中にうたた寝しようものなら容赦なく水をかけてくる悪魔みたいな先生だったんだよ。いまでも頭が上がらなくてねー」
「ルーシーウース」
「ぎゃ! すみません先生!」


 おばあちゃんが『栄養たっぷりゼリー』をつくる間、わたしはアレンの側についていた。ベッドの中にいるアレンの顔色は戻ったけれど、まだ起きるのはつらそう。

「本のこと、ばあさんやルシウスに話したか?」
「ううん、まだよ。でもそろそろ話した方がいいんじゃないかしら」
「いや、全部終わってから話せばいいよ。たぶんゴールまであと少しだ。今回みたいなことがないよう気をつけてふたりでいるときに入ればいいんだから」
「でも……」
「エマは魔法を使えるようになりたいんだろ? おれも、もうひとつ叶えたいことがあるんだ」
「なに?」
「……ないしょ」

 ごろりと寝返りをうち、結局教えてくれなかった。

 その後、おばあちゃんから処方されたゼリーをポケットいっぱいに詰め込んだルシウスさんは『空飛ぶ魔法』でアレンとともに帰っていった。

 わたしはハンナたちにところに戻ってお茶会を続けたけれど、ぽっかり空いたとなりの席がさみしい。帰るときもルシウスさんに担がれて眠っていたし、心配だわ。


「そういえば、本、置いて行っちゃったわね」

 あんなに魔法を使ったんだもの、しばらくは冒険も無理よね。

 ため息をつきながら分厚い本を抱きしめたとき、パッと名案を思いついた。
 そうだ、お見舞いに行けばいいのよ。
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