雪の残響 ~エラリア帝国の終焉~

Dragonfly

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白金の指輪

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真っ白な光は、礼拝堂の天窓から一筋、真っ直ぐに差し込む陽の光へと変わった。
それは蝋燭の揺らめきと混ざり合い、空間全体を柔らかく包む。

礼拝堂の鐘が、長く深い余韻を残して鳴り止んだ。

白銀の光は天窓から差し込み、石の床に反射して幾重にも交錯する。

壁面の大理石や金箔の装飾は、揺れる蝋燭の炎とともに微細な輝きを放ち、天井に映る光の模様は、まるで静かに息づく生命のように揺れた。

妃たちは順に立ち上がり、礼拝の終わりを告げる沈黙の中、足音をひそめながら礼拝堂を出て歩き出した。
裾の布が床を擦る音、金属の装飾が揺れるかすかな金属音、繊細な宝飾の輝きが視界の端にちらつく。

その中で、ヴェラの指の上で、光に反射した白金の指輪が微かにきらめいた。

ーーこれは……私が後宮に入って間もなくの、礼拝の日……?ーー

繊細な細工のその指輪は、昨晩ヴェラを訪れた皇帝に「そなたに、これをやろう。必ず絶えず、身につけるように」と言って、贈られたものだ。

白金で繊細に形作られているのは、五芒星の中の黄金の鷹の形ーー皇室の象徴、皇帝の印。その光は美しいが、まるで新たな火種のように指の上で熱い。

まるで、誰にでも見える形で、はっきりと消えない所有の印を押されてしまったかのようだ。

そのとき、背後から冷たい視線が突き刺さった。イレーネの翠の瞳が、鋭くヴェラの手元を見つめている。

「その指輪……」

イレーネの声に、他の妃達の視線がヴェラに集まる。声に出ない、名状しがたいどよめきのようなものが、火山から噴き出すマグマのように彼女たちの間で湧き上がった。

「あなたが、なんでそんなものを……」

声は低く、しかし礼拝堂に響き渡り、蝋燭の炎の影を二人の間に引き伸ばす。

”前回”のヴェラには、その意味が分からなかった。
今は、わかっている。だが、湧き起こる恐れは変わらない。

指先が白金の冷たさを感じ、胸の奥で鎖が千切れるような感覚が走った。

「”それ”を下賜される意味、わかっていないの?あなた」

イレーネの声には、刺々しい蔑みの響きがあった。

「陛下の印、皇帝の印ーー”それ”を身に着けている妃が、他にいて?」

ヴェラの背に、冷たい汗が流れる。
他の妃たちは思い思いに装い、それぞれの一族に連なる色を身に着けてはいるが、誰一人、皇帝の印を身に着けている妃はいない。

基本的に、皇帝その人以外がその印を身に着けることがないというのもあるが、それ以前にそもそも皇帝がその印を下賜して身に着けるよう命じることなど、その生涯で数度、あるかないかなのだ。

皇帝アルセニイがなぜ、後宮に入って間もない自分にこんなものを与えたのかは、ヴェラにもわからない。
純粋にヴェラが気に入ったのか、それとも、それを火種として湧き起こる後宮内の密かな嵐と混乱と、それに容赦なく巻き込まれていくであろうヴェラ自身の反応を楽しもうとしたのか――おそらく、後者だったのだろうと思う。

ヴェラは視線を上げ、イレーネを見返して淡々と答える。

「私には……陛下の御心は、測りかねます」
「”神の声”を聞くあなたが、その代理人の心を測りかねないっていうの?おかしいじゃない」

イレーネの問いは意地が悪いが、その声音と表情はまだ幼さを残す少女のそれで、ヴェラは責められているはずの自分以上に、彼女への痛ましさを感じてしまう。

「神は、長く沈黙しておられるので……」

ヴェラの答えに、イレーネの瞳が針のように鋭く光った。

「神の沈黙は、肯定だ――と、陛下は言われてるわ。であれば、あなたが”それ”を贈られたことを、神も承認されている……と、いうことね」

翠色の瞳に、ほんの少しだけ悔しそうな光が宿る。だが、イレーネはその解釈に納得したようだった。

——ああ、あなたは……神の沈黙を帝国と皇帝への承認と、そう、素直に捉えているのね……——

ヴェラは、わずかな哀しみをこめて少女を見る。翠の妃はヴェラより少し年下のせいか、こういう時にひどく素直だ。

礼拝堂の空気が沈む。
蝋燭の炎が揺れ、二人の影が壁に絡み合い、周囲の妃たちの視線が静かに注がれる。ヴェラの心臓が早鐘を打ち、息は白く凍りついて僅かに宙に散った。

「私には、神の沈黙は試練のように思えます……」

ヴェラはつぶやき、白金の指輪を胸に押し当てる。その光が神の沈黙を切り裂くかのように、冷たく鋭く反射した。
イレーネは、その言葉に唇を震わせた。ヴェラへの羨望、神と皇帝への素直な信仰、自分の意見に反論されたことへの戸惑いと怒り……それらが静かに、翠の瞳の奥に渦巻いて、ほの暗い色にその色を変える。

沈黙が、再び礼拝堂を満たした。

「であれば」

沈黙を破ったのは、紅の妃ハーモニアのよく響く声だった。

「その試練に、せいぜい立ち向かうことね——白の妃」

彼女の金茶色の瞳は、名状しがたい色に燃え上がっている。それが嫉妬なのか、悔しさなのか、あざけりなのか……ヴェラには判別できない。

そして、真っ白な光がヴェラの視界を覆いつくす。
遠くからは、微かな声……。

 

光は静かに揺れ、雪のように冷たく、同時に炎のように熱くーー全てを、包み込んだ。
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