一夜限りの関係

妻恋ゆかな

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気になる匂い

離れてくれない彼女

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「おっせぇぞ。このまま一人で寂しく呑んで帰ろうかと思った」
伊藤が指定してきた時間よりも早く来たのにあいつは遅れてきた。
「ごめん。会社でも誰かさんと同じで結婚できない人に仕事を押し付けられてるんだよ」
「はいはい。ってか、俺は結婚できないんじゃなくてだけだから」
「へぇーそう。そういうの負け惜しみって言うんだよ」
これ以上なにかを言っても堂々巡りになるだと思い「座れよ」と、促した。
「とりあえず、てきとうに頼んでおいたから。足りないなら頼めよ?俺は金出さねぇからな」
「はいはい。すみませ~ん」
と、店員に声をかけ、あれこれ注文をしていく伊藤を見つめていた。こいつとこうして呑むのは久しぶりだ。本当は彼女のもとにいきたいけれど、たまには悪くない。それに、相談があると言っていたのだから俺もそれらしいことを言ってみようと思う。結婚できないって馬鹿にされたし。
「で?あいつと別れてから誰かと付き合ったの?」
生ビールのジョッキを片手に聞いてくる。俺は唐揚げをつまむか、枝豆を食べるか迷って彷徨わせていたボロい割り箸を唐揚げの上で止める。
「あいつねぇ~…」
考えただけでも頭痛がしてくるくらい最悪な思い出だ。フローラル系の甘い香りが嫌いで、シトラス系のスッキリとした香りの香水を好んでいた彼女元カノ。俺よりも一つ年下の栗色の長い髪をしていた俺が本気で好きだった雪菜
「付き合ってはいないけど…気になる人はいる」
口をもごもごと動かしながら誤魔化すようにもうぬるくなったビールでパサパサの肉を流し込む。
「へぇ~。今日は俺の話よりもお前の話を聞かせてよ」
「分かった。…俺もさ、どうすればいいのか分からないんだよな」
伊藤に対してこんなに素直になれたのは出会ってから始めてかもしれない。本当は俺の家系はアルコールに対する耐性がまあまあ強いから酔ったわけではないけどなんとなく話したくなった。
「マジかよ」
ドゥルキスの彼女の話を聞いた伊藤の第一声だ。もしも、反対の立場なら俺も同じことを言っていただろう。甘いたれがたっぷりとついた焼き鳥を串から取り外しながらぼんやりと考える。
「それにしても、雪菜とは正反対のタイプを好きになったね」
「だろ?俺も、自分で笑ったよ。何から何までぜーんぶ違うんだ」
甘い匂いに、短い髪の毛。手を触れたら折れそうなほど細い手首。子供っぽいところも全てを愛おしく感じる。
「でも、そういう関係にはなっていないの?」
「え?ああ。俺は記憶がないけど、朝起きたときに服を着ていたし」
スーツをハンガーに掛けてくれていたことは秘密にしておきたかった。彼女の不器用な優しさに心がけときめいたから。…雪菜と付き合っていたときよりも。
「記憶ないのかよ。それで?口紅を忘れて帰っていたんだっけ?」
「そう。どうしてだと思う?」
見当はついていたけれど、勘違いだったら恥ずかしすぎる。伊藤は口元を緩めると「分かっているくせに」と言って、だし巻き玉子に箸を伸ばす。雪菜は甘い卵焼きが好きだったな…。
「雪菜のこと今でも好きなの?」
「そんなわけない」とすぐに否定できなかった。俺は…今でも小松雪菜こまつゆきなのことが好きなのか?
「…分からない」
これが今の俺の本心。でも、会いたいと思うのはもちろん彼女だ。氷室くんがやっているアエテルヌム永遠に行けばまた会えるだろう。
「バーに行きたいんでしょ」
「…いや。今日会っても意味がないと思うんだ。それに、こんな曖昧な気持ちでは会えない」
「そう。じゃあ、次は俺の悩み相談に付き合ってくれる?」
「ああ。ようやく本題だな」
そう言って俺たちは笑いあった。そして、もうすぐ閉店してしまうので別の店にいくことにした。なんだかんだ言って結局割り勘になってしまった。なんだか伊藤にはめられた気がしなくもない。あいつは昔からそういうやつだ…。
会計を済ませて外に出ると星が瞬いていた。
「アストルムのドゥルキスよ」
「ラテン語で星」
それだけで彼女の声がよみがえってくる。どれだけ好きなんだよ。俺の数歩前を歩くこいつにばれないようにそっとため息をついた。
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