一夜限りの関係

妻恋ゆかな

文字の大きさ
6 / 8
戻りたいあの頃

彼女との再会

しおりを挟む
「はぁ…」
雪菜と偶然の再開を果たしてから三日が経っていた。伊藤とはスカメで連絡をしているけれど、お互いに忙しく、会えていない。週末にまた呑みに誘ってみようか。
「どうしたんだよ、ため息なんて。桜井らしくないぞ~?」
そう言いながら俺の右肩に腕を乗せ、缶コーヒーを差し出してきたのは同期の谷口だ。
「あぁ…色々あるんだよ」
頭が雪菜のことでいっぱいでまともに返事もできない。俺はあいつのことはもう好きではないのに。それに、彼女に口紅を返すという口実をつけてアエテルヌムに行かなくてはいけない。会えるかも分からないのに。
「ふぅん…」
気づかってくれているのか、それ以上は深入りせずに自分もコーヒーを飲んでいる。
「ま、頑張れよ。何かあったら相談乗るから」
空いている手で俺の肩をポンポンと叩く。こいつがこうしてくるのは心配している証拠だ。今までに何度かされたことがある。
「ん…サンキュ」
まだ開けていないコーヒー缶を傾け礼を言う。谷口は目尻を下げ、優しく微笑み「あ…誰にも言いふらさない保証はないけどな?」と言いながら俺のもとを去っていった。そんな冗談を言ってもらえる仲間がいることに感謝しなくてはいけない。よし。今日はアエテルヌムに行ってみよう。会えるわけないかもしれないけど、俺が本当に好きなのは彼女だと確信を持ちたかった。

四時間後───
腕時計の針は七時前を指していた。俺の部署には何人か残っていたけれど近くの人に挨拶をしてからビルの出口を目指す。エレベーターは一階、二階と俺がいる十二階に近づいてくる。軽快な音が響き渡り、少し緊張して乗り込む。エレベーターから外の景色を眺める。タクシーや信号を待っている人たちがここからなら蟻のように小さく見え、泣きたくなるほど綺麗に見えた。彼女はこの景色をどう見るのだろう。五階に差し掛かったところでガラスが濡れていることに気がついた。
「雨か…」
今から三年前の雨の日。俺は交通事故を目撃した。確か、彼女と同い年くらいの女性と、小学五、六年生くらいの女の子だったと思う。女の子が泣き叫んでいる声が今でもよみがえってくる。
暗い気分のまま会社を出てタクシーを捕まえて、アエテルヌムへ向かった。少し硬いシートに体を預け、ポケットに手を突っ込み膝の上で口紅を弄ぶ。あの日の朝彼女は俺と出会うなんて思いもせずに家の鏡の前で口紅を塗ってあのバーに行ったのだろう。伊藤には話さなかったけれど彼女が出ていく音は聞こえていた。だけど、ドアに背を向けて寝たフリをしていた。どこかでまた会いたいと思っていたから。
アエテルヌムの焦げ茶色の扉の前でタクシーを降りる。金色のドアノブに手を掛ける。あの夜、彼女が付けていた香水の馬鹿みたいに甘い香りがよみがえってくる。
どれだけ彼女のことを想えばいいのだろう。自分にあきれながらドアを開くと目を疑う光景が広がっていた。ある人が俺のお気に入りのカウンター席に座っている。…甘い香りは気のせいじゃなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...