黄昏の神、再び世界を歩む

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目覚めの森で差す陽

掌の灯

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あれから、三度目の春が過ぎようとしていた。

森の中で倒れていた少年は、今ではすっかり村に馴染み、セレナの家の「息子」として暮らしている。
小さな手は力を得て、言葉は柔らかな響きを覚え、無垢な笑顔で誰にでも「おはよう」と言えるようになった。

ある朝、パンの焼ける香りに誘われて台所へ駆けてきたレイを、セレナが笑って迎える。
「おはよう、レイ。顔を洗っておいで」
「おはよう!うん!!」

食卓には、セレナの夫・ディランが既に席に着いていた。
木工職人である彼は無口だが、レイには不器用ながらも優しいまなざしを向ける。

「今日、手伝っていい?」
「……ああ、木屑に気をつけろよ」

素っ気ないようでいて、レイの隣にちょこんと作業用の手袋を置いておくその仕草に、セレナは思わず微笑んだ。

そんな、当たり前の朝。
あたたかい食卓。家族の言葉。穏やかな日々。

何時も通りの朝食を終え、セレナは居間で縫い物をしていると、工房から帰ってきたレイがお手製の人形を持ってやって来た。

「セレナ!これ あげる!!」
「私に? ありがとう」
「セレナのはまた今度、これはその子へあげるんだ。触れてもいい?」

そう言いながら、レイはセレナのお腹へてを伸ばした。
レイはたまに突拍子も無いことを言い出す。今回もそれだとセレナは思いたかった。
だが、思い当たる節があり、セレナは静かにレイの手をとり自身の腹へと添わせた。

その手が、確かに命の鼓動を感じ取ったように止まった。

「……女の子だね。優しい声だ、それにとっても耳が良いみたいだ」

「……レイ、それは……」

セレナの声が震えた。
医師にもまだ伝えていない。ましてや、胎動を感じるには早すぎる時期。
だけど、レイの言葉には、何か確信めいた静けさがあった。

「大丈夫。すぐに会えるよ。……うん、楽しみだ」

そう言って、レイは人形をセレナの膝にそっと置いた。

セレナは、言葉を失ったまま、レイの髪に指を通す。

この子は、やはり“ただの子”ではない。
けれど、その眼差しには疑いも恐れもなかった。そこにあったのは、ただ、あたたかい愛情。

「そうね……きっと、あなたがいてくれるから、この子も安心して生まれてこられるわ」

柔らかく笑って、レイを抱きしめた。

この不思議な子は、あの日、森の中で出会ったときからずっと、自分の心を揺さぶり続けている。

でもそれでいい、とセレナは思った。

どんな秘密があったとしても、今この瞬間のぬくもりを、信じたいと思った。



数日後。
村では年に一度の「春祭り」の準備が始まっていた。小さな広場に花の飾りや屋台が並び、子どもたちが走り回る。

レイも、木工工房の仲間たちと一緒に、出店の飾りを手伝っていた。

「レイ、これ手伝ってくれるか? この柱、もう少し高くしたいんだけど」

「うん!」

小柄な身体で背伸びして、軽々と支えるレイを見て、大人たちは少し目を見張った。

「お前、力ついたなあ。ほんとに五つか?」

「んー……たぶん?」

レイは首をかしげて笑った。その無邪気な笑顔に、大人たちもつられて笑ったが、心のどこかに、うっすらとした違和感が残った。



その夜。

祭りの後片付けを終えて、星空の下、レイは一人で丘に登っていた。村の灯りが遠くに揺れる。

「……懐かしい」

ぽつりとこぼした言葉に、彼自身も驚いた。
なぜ懐かしいと思ったのか。
なぜ、星々の配置が、名の知らぬ誰かの顔を思い出させるのか。

「レイ?」

振り返ると、ディランが立っていた。

「……ごめん。ひとりで、」

「構わん。だが、冷える。風邪をひくなよ」

そう言って、ディランは自分の外套をレイの肩にかけた。

「おまえ、時々……すごく遠い目をするな」

レイは、返事をしなかった。ただ、肩に羽織ったぬくもりの重さを感じながら、空を見上げ続けていた。

「セリアから聞いたよ。その、今さらなんだが…おまえさえ良ければ、俺達を呼んでくれないか?父さんって」

ディランの言葉に、レイは目を丸くした

「……いいの?」
「俺もセレナも、もうずいぶん前からおまえを息子だと思っている」

ディランは何時も通りの不器用ながらレイの背を撫でた。

「ありがとう、……父さん。」

レイは少し恥ずかしそうに、だけどしっかりとした声で父親を呼んだ。

その夜、体が冷えるまで外にいた二人を、セレナは玄関先で大激怒で迎えた。

「こんな時間まで何してたの!風邪でもひいたらどうするの!」

怒声とともにタオルを突き出すその顔は、心配と怒りが入り混じった母親そのものだった。

だが、レイの口からぽつりとこぼれたひとことに、彼女の怒りはふっと霧散した。

「……ごめんなさい、お母さん」

その言葉に、セレナの目が丸くなった。

次の瞬間、彼女は口元を押さえ、静かにレイを抱きしめた。

「……まったくもう。しょうがないわね」




その冬、村に雪が降り始めるころ。

セレナのお腹はすっかり大きくなり、家の中は新しい命を迎える準備に包まれていた。

「赤ちゃんって、いつ出てくるの?」

「もうすぐよ。レイもお兄ちゃんになるのね」

「お兄ちゃん……」

レイはその響きを、まるで初めて聞いたかのように口の中で転がした。

どこか遠くの記憶をなぞるように——。



やがて、夜が明けきらぬ時間。

セレナに陣痛が始まり、村の助産師が呼ばれた。
ディランが懸命に水を運び、レイは隅で膝を抱えて座っていた。

長い長い時間の末、産声が家の中に響く。

「……女の子だよ、元気な子」

セレナの疲れ切った顔に、静かな安堵と喜びが浮かぶ。そして頭の片隅で、レイが最初に言っていた事を思い出していた。






レイは、そっと赤子に近づいた。

「イリア……この子、そんな感じがする」

「イリア……いい名前だな」
「そうね」

ディランとセレナは、レイの言葉を否定しなかった。

赤ん坊は、まるでそれを肯定するように、レイの指を小さな手で握った。




それからというもの、レイはまるで本物の兄のようにイリアに接した。

あやし方も抱き方も不思議と上手で、村の女性たちからは「すてきなお兄ちゃんね」とよく声をかけられた。

しかし、ときおりイリアが泣き止まない夜、レイは一人で彼女を抱えて外に立つことがあった。

「大丈夫……怖くないよ。君は、生きていいんだ」

その声は、まるでずっと昔から妹を知っていたかのように、どこか慈愛に満ちていた。



ある日。

村の老神官が、レイの様子を見てディランにぽつりと語った。

「……あの子は、ただ者じゃない。あんな小さな子が、どうしてあれほど“守る者”の気配を持っているのか……」

「気のせいだろう」

そう答えながらも、ディランはふと、星空を見上げたレイの横顔を思い出す。

「……でもまあ、どこの子であろうと、あいつは俺の息子だ。大事に育てるさ」

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