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第五話
しおりを挟む今日は皇宮出勤の日だ。
魔法使いの所属は色んなパターンがある。騎士団に所属するパターンもあれば、研究所に研究者として勤めるパターンもある。
ハイルセン帝国は魔法分野の強化を打ち出しているのもあり、数年前から皇宮勤務の魔法使いが数十名いる。この帝国内ではエリート集団らしい。彼らへの魔法指導が、私のもう一つの仕事である。
彼らは帝国を飛び回り、教会で魔法の授業を行ったり、魔法強化施策を官僚として起案したり、研究所と兼務のものや、騎士団から移籍してきたものも。
まだまだ寄せ集めて立ち上げた感はあるが、皇帝の強い後押しもあり、意欲的に魔法に取り組むメンバーばかりでこちらも勉強させてもらうことばかりだった。
いつもの訓練場に向かうと、入り口に人が立っていた。全く見たことのない、ザ貴族様、な礼服を着たおじさまが立っていた。
「マナトさまですか?」
「はい」
「本日は講習の前に、皇帝・皇后両陛下に謁見してください」
「謁見……?」
「お二人がお待ちです。」
こちらの意思など関係ないとばかりに、さあ、こちらです。と歩き始めた。権力者とは自分勝手なものだ。何の話かわからないが、その後講習ができるということは、悪い話ではないだろう。
訓練場から3つほど扉を通過すると、豪華絢爛な皇宮が現れた。赤いフカフカの絨毯に、私の体より大きいサイズの絵画が飾られている。壁紙を金色をあしらったセンスと美しさが相まった、とんでもないコストがかかったのが素人でもわかる装飾品の数々。
すれ違う人すれ違う人、美しい礼服、煌びやかなドレスに身を包み、従者と思われる人々も質素でありながら品位を感じる仕立ての良い服に身を包んでいる。
私といえば、訓練場で講習する気満々だったので、シンプルなシャツにパンツスタイル。上着も着ていなかった。ハイルセン帝国では女性の礼服はドレスとされてるので既にドレスコードには違反しているのだろう。まあ、もうどうしようもないが……
明らかに重い扉の前に立たされる。両サイドには警備兵が2人立っていて、明らかに特別仕様。きっとここだろう、私が用事があるのは。
「マナトさまをお連れした。開門せよ。」
警備兵が即座に扉を開ける。見たこともないほどの大きな部屋の奥に、皇帝と皇后が待っていた。
「帝国の太陽、皇帝陛下と、帝国の月、皇后陛下にご挨拶申し上げます。」
咄嗟にこれを言えたの、我ながら偉すぎる。
「突然の呼び出しとなり、申し訳ない。
貴族学院の学生を賊から守ったと聞いてな。一言礼を伝えたかったのだ。」
「身に余るお言葉です。教師としての責務を果たしたまでです。」
皇帝陛下は微笑んでいるが、目の奥の鋭さが隠せていなかった。世界一の権力者、流石に恐ろしい。でも、誰かに似てるな……皇帝とは初対面なはずなのに、魔力の気配に覚えがあった。
「学院、帝国の平和を守ってくれてありがとうございます。
通学途中の生徒が襲われたと聞いて、子を持つ親としても非常に恐ろしかったです。先生には感謝しても尽きれません。」
皇后陛下のお言葉に違和感を覚える。
そもそも、イリスを守っただけで皇帝と皇后から直接礼を言われるのも腑に落ちない。しかも、皇后の言葉は――
(まるで、私が皇后の子供を守ったみたいじゃないか)
「ありがとうございます。引き続き、精進します。」
命を狙われていること。変身魔法を常に使っていること。ハイルセン帝国の魔法教師不足の中、短期間でも黒魔法の家庭教師をつけていたこと。外国の書籍を輸入していたこと。助けたら、わざわざ皇帝と皇后が直接、礼を言うこと。
さすがに私でも察する。
イリスは、きっと普通の子爵令嬢ではない。
講習もあるためか、すぐに解放され、謁見の間を出る。
イリスは皇后陛下の妹や親友の子なのか?だが、ならばそう言えばいいのに、皇后はそうは言わなかった……
つまり、後ろ暗いか、隠すような、明言はできない関係性なのだろう。皇后の隠し子とか?でもそれなら、皇帝は同席するか……?
薄々答えがわかってしまった気がするが、一度考えるのをやめた。
イリス本人が正体を明かすまでは、もう勘ぐりはやめよう。
考え事をしていたら、いつの間にか、訓練場まで戻ってきていた。
訓練場は騎士団の施設である。そこを2時間だけ、しかも朝早くに借りる形で使っている。いくら皇帝が後押ししようと、できたばかりの組織には権力も場所も金もないのだ。貴重な訓練時間があと1時間しかない。
「すみません!遅れました。」
事故防止の観点もあり、大声を張り上げながら入る。
訓練場では、各々が距離を取り、それぞれ結界を張って自主練していた。結界を張るのも私の仕事なのに、申し訳ない。
そう思っていたが、何だかみんな浮き足立っている。よく見ると、生活魔法レベルのことをボーッとした顔で繰り返しているだけの人間もいた。普段あんなにみんな真面目なのに。
疑問に思っていると、近くにいたルカが興奮気味に声をかけてきた。
「マナト先生!実はさっきまで皇太子殿下がいらしてたんですよお」
「皇太子殿下が?」
今日は皇族デーなのか?
イリヤ皇太子殿下は、魔法使いとしての腕前も帝国トップレベルと聞いているが、訓練場に顔を出すとは前任からも聞いていなかった。
「マナト先生が遅れるとのことだったので、みんなで風魔法での的当てゲームで遊んだんですけど、
殿下は10個並んだ的をすごい風力で、一瞬で全部倒しちゃったんですよお!」
風魔法の訓練と遊びの一環で、1キロ先に立てた的を倒す、射的ゲームのようなものはよくやっていた。
これは、魔力を一点に集中させて出力を高める訓練が目的だ。なので漫然と魔法を使っても届きにくい1キロ先に的を置いている。
しかし、全部一瞬で倒すとは……。とんでもない魔力量だ。
「官僚組以外は殿下のお顔を拝見するの初めてだったので、あまりの美しさに見惚れてしまって。しかも魔法使いとしてもすごすぎたので、立ち去られた後もみんな訓練が手につかず……」
うーん、通りでみんな浮ついてるわけだ。皇太子が美しいとは聞いたことがあったが、同性かつ、同じ魔法使いに実力を見せつけたのに、嫉妬心を生じさせるどころか魅了してしまうとは。すれ違いになってしまったが、会ってみたかったな。
しかし、そんな状態で魔法の訓練をしても何も生まれないどころか、事故の可能性すらある。
遅刻して申し訳なかったけれど……今日はもう各々仕事に戻ったほうがいい。
「今日の訓練は中止!明日の訓練では切り替えて、しっかりゴールイメージを抱いて取り組むこと。以上!」
この日の皇宮勤務は、本当に皇族に振り回されるだけで終わってしまった。
皇宮勤務は午前で終わる。
午後は、皇宮図書館で、医学書を読みあさる。皇宮で働いているものには皇宮図書館を自由に利用できる。この特典のために、皇宮勤務を狙う者も多いと聞く。
私自身、この人質業務を引き受けたのは、ハイルセン帝国で勉強したかったからだ。気持ちはよくわかる。
魔法については他国に後塵を拝しているハイルセン帝国だが、そのほかの学問領域については最先端をいく。超大国な上、魔法が使えない分、科学技術の成長に投資したのだろう。
魔法はこの世界の法則を無視して存在しているわけではない。論理的な証明が追いついていないだけで、科学技術の法則とも連動している。
そのため、私は時間に関する研究と、人体に関する研究書物をひたすら読み漁っている。
「あ、マナト先生だ」
顔を上げると、そこにはイリスがいた。
「あれ、今日学院の授業は?」
「木曜午後は授業とってないんです」
1年生って月曜から木曜まで、朝から夕方まで必修で埋まっていたような気がするが、黙っておく。
「そうなんだ。イリスさんはどうしてここに?皇宮で何か仕事してるの?」
「母が皇后陛下付きの女官なんです。家族が皇宮勤務なら、皇宮図書館が使えるので」
また疑わしい、初耳のルールをイリスは堂々と述べる。もう正体バレてもいいと思ってるのかな。まあ追及しないけど。
「そうなんだね。お互い勉強頑張ろう」
「先生はなんの本読んでるんですか?」
しれっと隣の席に座ってくるイリス。
「時間に関する本と、人体に関する本だよ」
「それは、黒魔法に活かすためですか?」
「そうだよ。それと、……白魔法に活かすためだよ。」
小声で言うと、イリスは焦って周囲を見回した。
「先生、それ言っちゃっていいんですか?」
「イリスさんなら秘密にしてくれるでしょ?
本当は、イリスさんを助けた日に気付いてたのに、黙っててくれてたよね」
イリスなら、気を失うほど殴られた自分が完璧に回復し、馬車の馬まで怪我一つなく、疲労を感じさせず何十分も駆け抜けたのを見て流石に察しただろう。
「だって先生、バレたら面倒なことになりますよ。先生を巡って国同士で戦争になります。その上聖女だ女神だ担ぎ上げられる先生なんて見たくないですよ……」
「ツッコミどころのある発言ありがとう。でもまあ、そうならないために研究を進めたいんだよね。」
「そうならないため」
「白魔法というか、治療魔法の敷居を下げるために、魔法理論を確立して魔法効率を向上させたいのよね。現状だと治療魔法が使える人が10~100万人に1人しかいないから、取り合いになる。これしかいないなら、治療魔法を受けられる人もかなり少ないよね。
だから、医術と今の治療魔法の掛け算で、魔力消費を抑えた治療魔法の理論を確立できないかなと思ってるんだよね。
西洋の医術を一通り学んだ後は、東洋の医術や錬丹術なんかも勉強したいなあ」
大学に入り直すルートもいいなあ~と呟く。
「先生の世界は、広いんですね」
「本をたくさん読んでるから、広がったのかもね。さあ、勉強しよ!」
長々と夢を生徒に語って恥ずかしくなってしまったので、話を切り上げようとする。
「先生、もう一個だけ……明後日土曜日って空いてますか?」
「どうして?」
「できたばかりの、街のカフェに一緒に行きたいんです。
私、先生ともっと話したいんです」
か、可愛すぎる。孤高の美人が自分にだけ懐いてくれるのはこんなに快感なんだな。危ない。
一瞬いいよと言いかけるが、私の理性が強めでよかった。慌てて踏みとどまる。
「イリスさんさ……先生と生徒だし、贔屓してるように思われちゃうから、ダメ」
「私どう思われてもいいです……」
「んもう。
私はね、相手の性別に関係なく、恋心を抱ける人なんだよ。成績をつけられる権力を利用して、イリスさんに嫌なことお願いしたりするかもよ?もっと警戒心持って。」
もう今日は皇宮図書館で勉強は難しそうだ。興味ある本は借りられたし、家で読むことにする。
イリスは少しショックを受けたような顔をしていた。誘いを断られたことなのか、私のセクシャリティのことなのかはわからないけど。
「じゃあね、また来週貴族学院で。」
「……はい」
嫌われたかったわけではないので少し悲しいが、これくらいが適切な距離だろう。今日は全く計画通りに運ばず疲れたな。思いっきり甘いココアを淹れよう。
「……先生なら、今の私も、本当の私も、受け止めてくれないかな……」
残されたイリスがそんなことを呟いていたとは思いもしなかった。
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