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真夜中の恋人 23
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別に三田村を笑わせるためにやっているわけではないのだ。
そういえば、どうしてあの思慮深そうな文子が桐島のそんな話を人前で話したのだろう。
自分のことならいざ知らず、友人の振られた話など。
腑に落ちなかったのはそのことだ。
その時、速水が笑うのが見えた。
千雪はすくと立ち上がった。
二人のテーブルへ桐島の後ろから近づいた。
「Mr.Hayami!」
京助の『真夜中の恋人』が突然目の前に現れたことに、速水は一瞬呆けた顔で千雪を見上げた。
「You said you love me. but, you go out with such a woman! You’re worst!」
(俺を愛してるって言ったのに、そんな女と付き合うなんて、最低だな)
英語にしたのは、せめてものほとけごころというやつだ。
要は、桐島に聞かれたと思わせられればいいわけである。
振り返って、えっと千雪を見つめて驚いている桐島に目配せをすると、千雪は二の句がつげないといった態の速水に背を向けてラウンジを出て行った。
今頃、どんな言い訳をしていることやら。
「フン、ざまぁみさらせ!」
下手くそな英語なんか使わせよって!
速水へのちょっとした仕返しで少しばかり溜飲を下げた千雪は、三田村の指定した南青山のワインバーへと足を向けた。
「おう、こっち」
店に入ると、千雪をみつけて奥のテーブルにいた三田村が手をあげた。
モノトーンで構成されたシックな造りの店内は、会社帰りのOLやカップルなどで一杯だったが、うるさく騒ぐような学生の姿もなく、落ち着ける雰囲気だ。
「なんや、全然変わってへんやないか、千雪」
「お前はすっかりリーマンしとるな」
いつものようにTシャツにジーンズ、ダンガリーシャツを羽織った千雪は、スーツが板についた感じの三田村を見て笑った。
「お前がいつまでもガキなんやろ。六年ぶりやのに」
「学会のお供とかの時くらいしか、スーツなんて着ないしな」
桐島からは少し遅れるという話だからとオーダーを済ませたが、「お前、相変わらず好き嫌い多いのな」と三田村がふんぞり返って言う。
「ヒカリモノだめ、ウナギだめ、レーズンだめ、セロリだめ? まるっきりガキ?」
「うるさいな、これでも少しずつ克服してるんや。にしても久しぶりやな」
三田村はちょっと千雪の視線を外し、「せやな」と言う。
「同じ東京に何年かは住んどったんやろ? 全く顔合わせんかったな」
ワインが来て乾杯をした後、三田村は、フンと笑う。
「そら、お前が薄情なんやろ」
「俺に言うか? お前の方こそやろ。薄情やといえば、研二のやつもや。あいつの結婚のことも、後で人から聞いてんで?」
「そら、まあ、な」
三田村は所在無さげに、テーブルを指で叩く。
「何が、まあ、やね?」
何か含みのあるような三田村の言い方に、千雪は怪訝な顔をする。
「やから、こうして会うてるやろ? 今。まあ、飲めや」
ごまかされた気もしないでもないが、千雪は三田村がグラスに注いだワインを口に持っていく。
「そういえば、ドイツで会うたん? 桐島と」
「ああ、そ。フランクフルトのドイツ支社に最近まで二年ほどいたんやけど、去年、桐島がリサイタルで来てて、訪ねていったんや」
「それでつき合い始めたんか。よかったやん。二度目は振られなくて」
実は三田村が桐島に告って振られたと、高校時代一時噂になっていたことがあった。
すると三田村がムッとした顔をする。
「お前が言うな、お前が! そもそも俺が振られた原因は彼女、お前が好きやったからやで?」
「今さらそんな昔のこといつまでも」
「今さらなもんか、桐島、今でもお前のこと好きやし」
サラダの海老を口に運ぼうとして、千雪は三田村を睨む。
「アホ、言わんとき。もう、酔うたんか?」
「それだけやない。もっといろいろ複雑なんや」
「複雑て?」
すると難しい顔で三田村が千雪に向き直る。
「お前、今、誰とつき合うとるん?」
いきなりな質問に、千雪は戸惑う。
誰とと言われれば、京助しかいないだろう。
だが、ここで口にするのを憚られるのは、相手が男だからだ。
いや、そもそも三田村にさえ言えないというのは、何かしらのわだかまりがあるからだろう。
「何や、俺にも言えない相手ってわけ?」
いない、と言えば済む話なのに、千雪は逡巡する。
「いや………つき合うてるのかどうか、わかれへんね……何か、いつの間にか、みたいな」
一瞬、三田村は口を閉ざす。
閉ざしてじっと千雪を見つめた。
「好きなのか? そいつのこと」
妙に真顔で三田村は尋ねる。
「好きか嫌いかどっちか言うたら、好きなんやろけどな……俺のことはええやん。お前らこそ、お互い束縛はしない、て、ええんか? そんなんで」
「ええんや。今のところお互い、これからどうなるかて、楽しみでもあるし」
「ふーん、えろ、さばけてるんやな」
ふうと三田村は息をつく。
そういえば、どうしてあの思慮深そうな文子が桐島のそんな話を人前で話したのだろう。
自分のことならいざ知らず、友人の振られた話など。
腑に落ちなかったのはそのことだ。
その時、速水が笑うのが見えた。
千雪はすくと立ち上がった。
二人のテーブルへ桐島の後ろから近づいた。
「Mr.Hayami!」
京助の『真夜中の恋人』が突然目の前に現れたことに、速水は一瞬呆けた顔で千雪を見上げた。
「You said you love me. but, you go out with such a woman! You’re worst!」
(俺を愛してるって言ったのに、そんな女と付き合うなんて、最低だな)
英語にしたのは、せめてものほとけごころというやつだ。
要は、桐島に聞かれたと思わせられればいいわけである。
振り返って、えっと千雪を見つめて驚いている桐島に目配せをすると、千雪は二の句がつげないといった態の速水に背を向けてラウンジを出て行った。
今頃、どんな言い訳をしていることやら。
「フン、ざまぁみさらせ!」
下手くそな英語なんか使わせよって!
速水へのちょっとした仕返しで少しばかり溜飲を下げた千雪は、三田村の指定した南青山のワインバーへと足を向けた。
「おう、こっち」
店に入ると、千雪をみつけて奥のテーブルにいた三田村が手をあげた。
モノトーンで構成されたシックな造りの店内は、会社帰りのOLやカップルなどで一杯だったが、うるさく騒ぐような学生の姿もなく、落ち着ける雰囲気だ。
「なんや、全然変わってへんやないか、千雪」
「お前はすっかりリーマンしとるな」
いつものようにTシャツにジーンズ、ダンガリーシャツを羽織った千雪は、スーツが板についた感じの三田村を見て笑った。
「お前がいつまでもガキなんやろ。六年ぶりやのに」
「学会のお供とかの時くらいしか、スーツなんて着ないしな」
桐島からは少し遅れるという話だからとオーダーを済ませたが、「お前、相変わらず好き嫌い多いのな」と三田村がふんぞり返って言う。
「ヒカリモノだめ、ウナギだめ、レーズンだめ、セロリだめ? まるっきりガキ?」
「うるさいな、これでも少しずつ克服してるんや。にしても久しぶりやな」
三田村はちょっと千雪の視線を外し、「せやな」と言う。
「同じ東京に何年かは住んどったんやろ? 全く顔合わせんかったな」
ワインが来て乾杯をした後、三田村は、フンと笑う。
「そら、お前が薄情なんやろ」
「俺に言うか? お前の方こそやろ。薄情やといえば、研二のやつもや。あいつの結婚のことも、後で人から聞いてんで?」
「そら、まあ、な」
三田村は所在無さげに、テーブルを指で叩く。
「何が、まあ、やね?」
何か含みのあるような三田村の言い方に、千雪は怪訝な顔をする。
「やから、こうして会うてるやろ? 今。まあ、飲めや」
ごまかされた気もしないでもないが、千雪は三田村がグラスに注いだワインを口に持っていく。
「そういえば、ドイツで会うたん? 桐島と」
「ああ、そ。フランクフルトのドイツ支社に最近まで二年ほどいたんやけど、去年、桐島がリサイタルで来てて、訪ねていったんや」
「それでつき合い始めたんか。よかったやん。二度目は振られなくて」
実は三田村が桐島に告って振られたと、高校時代一時噂になっていたことがあった。
すると三田村がムッとした顔をする。
「お前が言うな、お前が! そもそも俺が振られた原因は彼女、お前が好きやったからやで?」
「今さらそんな昔のこといつまでも」
「今さらなもんか、桐島、今でもお前のこと好きやし」
サラダの海老を口に運ぼうとして、千雪は三田村を睨む。
「アホ、言わんとき。もう、酔うたんか?」
「それだけやない。もっといろいろ複雑なんや」
「複雑て?」
すると難しい顔で三田村が千雪に向き直る。
「お前、今、誰とつき合うとるん?」
いきなりな質問に、千雪は戸惑う。
誰とと言われれば、京助しかいないだろう。
だが、ここで口にするのを憚られるのは、相手が男だからだ。
いや、そもそも三田村にさえ言えないというのは、何かしらのわだかまりがあるからだろう。
「何や、俺にも言えない相手ってわけ?」
いない、と言えば済む話なのに、千雪は逡巡する。
「いや………つき合うてるのかどうか、わかれへんね……何か、いつの間にか、みたいな」
一瞬、三田村は口を閉ざす。
閉ざしてじっと千雪を見つめた。
「好きなのか? そいつのこと」
妙に真顔で三田村は尋ねる。
「好きか嫌いかどっちか言うたら、好きなんやろけどな……俺のことはええやん。お前らこそ、お互い束縛はしない、て、ええんか? そんなんで」
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ふうと三田村は息をつく。
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