23 / 42
真夜中の恋人 23
しおりを挟む
別に三田村を笑わせるためにやっているわけではないのだ。
そういえば、どうしてあの思慮深そうな文子が桐島のそんな話を人前で話したのだろう。
自分のことならいざ知らず、友人の振られた話など。
腑に落ちなかったのはそのことだ。
その時、速水が笑うのが見えた。
千雪はすくと立ち上がった。
二人のテーブルへ桐島の後ろから近づいた。
「Mr.Hayami!」
京助の『真夜中の恋人』が突然目の前に現れたことに、速水は一瞬呆けた顔で千雪を見上げた。
「You said you love me. but, you go out with such a woman! You’re worst!」
(俺を愛してるって言ったのに、そんな女と付き合うなんて、最低だな)
英語にしたのは、せめてものほとけごころというやつだ。
要は、桐島に聞かれたと思わせられればいいわけである。
振り返って、えっと千雪を見つめて驚いている桐島に目配せをすると、千雪は二の句がつげないといった態の速水に背を向けてラウンジを出て行った。
今頃、どんな言い訳をしていることやら。
「フン、ざまぁみさらせ!」
下手くそな英語なんか使わせよって!
速水へのちょっとした仕返しで少しばかり溜飲を下げた千雪は、三田村の指定した南青山のワインバーへと足を向けた。
「おう、こっち」
店に入ると、千雪をみつけて奥のテーブルにいた三田村が手をあげた。
モノトーンで構成されたシックな造りの店内は、会社帰りのOLやカップルなどで一杯だったが、うるさく騒ぐような学生の姿もなく、落ち着ける雰囲気だ。
「なんや、全然変わってへんやないか、千雪」
「お前はすっかりリーマンしとるな」
いつものようにTシャツにジーンズ、ダンガリーシャツを羽織った千雪は、スーツが板についた感じの三田村を見て笑った。
「お前がいつまでもガキなんやろ。六年ぶりやのに」
「学会のお供とかの時くらいしか、スーツなんて着ないしな」
桐島からは少し遅れるという話だからとオーダーを済ませたが、「お前、相変わらず好き嫌い多いのな」と三田村がふんぞり返って言う。
「ヒカリモノだめ、ウナギだめ、レーズンだめ、セロリだめ? まるっきりガキ?」
「うるさいな、これでも少しずつ克服してるんや。にしても久しぶりやな」
三田村はちょっと千雪の視線を外し、「せやな」と言う。
「同じ東京に何年かは住んどったんやろ? 全く顔合わせんかったな」
ワインが来て乾杯をした後、三田村は、フンと笑う。
「そら、お前が薄情なんやろ」
「俺に言うか? お前の方こそやろ。薄情やといえば、研二のやつもや。あいつの結婚のことも、後で人から聞いてんで?」
「そら、まあ、な」
三田村は所在無さげに、テーブルを指で叩く。
「何が、まあ、やね?」
何か含みのあるような三田村の言い方に、千雪は怪訝な顔をする。
「やから、こうして会うてるやろ? 今。まあ、飲めや」
ごまかされた気もしないでもないが、千雪は三田村がグラスに注いだワインを口に持っていく。
「そういえば、ドイツで会うたん? 桐島と」
「ああ、そ。フランクフルトのドイツ支社に最近まで二年ほどいたんやけど、去年、桐島がリサイタルで来てて、訪ねていったんや」
「それでつき合い始めたんか。よかったやん。二度目は振られなくて」
実は三田村が桐島に告って振られたと、高校時代一時噂になっていたことがあった。
すると三田村がムッとした顔をする。
「お前が言うな、お前が! そもそも俺が振られた原因は彼女、お前が好きやったからやで?」
「今さらそんな昔のこといつまでも」
「今さらなもんか、桐島、今でもお前のこと好きやし」
サラダの海老を口に運ぼうとして、千雪は三田村を睨む。
「アホ、言わんとき。もう、酔うたんか?」
「それだけやない。もっといろいろ複雑なんや」
「複雑て?」
すると難しい顔で三田村が千雪に向き直る。
「お前、今、誰とつき合うとるん?」
いきなりな質問に、千雪は戸惑う。
誰とと言われれば、京助しかいないだろう。
だが、ここで口にするのを憚られるのは、相手が男だからだ。
いや、そもそも三田村にさえ言えないというのは、何かしらのわだかまりがあるからだろう。
「何や、俺にも言えない相手ってわけ?」
いない、と言えば済む話なのに、千雪は逡巡する。
「いや………つき合うてるのかどうか、わかれへんね……何か、いつの間にか、みたいな」
一瞬、三田村は口を閉ざす。
閉ざしてじっと千雪を見つめた。
「好きなのか? そいつのこと」
妙に真顔で三田村は尋ねる。
「好きか嫌いかどっちか言うたら、好きなんやろけどな……俺のことはええやん。お前らこそ、お互い束縛はしない、て、ええんか? そんなんで」
「ええんや。今のところお互い、これからどうなるかて、楽しみでもあるし」
「ふーん、えろ、さばけてるんやな」
ふうと三田村は息をつく。
そういえば、どうしてあの思慮深そうな文子が桐島のそんな話を人前で話したのだろう。
自分のことならいざ知らず、友人の振られた話など。
腑に落ちなかったのはそのことだ。
その時、速水が笑うのが見えた。
千雪はすくと立ち上がった。
二人のテーブルへ桐島の後ろから近づいた。
「Mr.Hayami!」
京助の『真夜中の恋人』が突然目の前に現れたことに、速水は一瞬呆けた顔で千雪を見上げた。
「You said you love me. but, you go out with such a woman! You’re worst!」
(俺を愛してるって言ったのに、そんな女と付き合うなんて、最低だな)
英語にしたのは、せめてものほとけごころというやつだ。
要は、桐島に聞かれたと思わせられればいいわけである。
振り返って、えっと千雪を見つめて驚いている桐島に目配せをすると、千雪は二の句がつげないといった態の速水に背を向けてラウンジを出て行った。
今頃、どんな言い訳をしていることやら。
「フン、ざまぁみさらせ!」
下手くそな英語なんか使わせよって!
速水へのちょっとした仕返しで少しばかり溜飲を下げた千雪は、三田村の指定した南青山のワインバーへと足を向けた。
「おう、こっち」
店に入ると、千雪をみつけて奥のテーブルにいた三田村が手をあげた。
モノトーンで構成されたシックな造りの店内は、会社帰りのOLやカップルなどで一杯だったが、うるさく騒ぐような学生の姿もなく、落ち着ける雰囲気だ。
「なんや、全然変わってへんやないか、千雪」
「お前はすっかりリーマンしとるな」
いつものようにTシャツにジーンズ、ダンガリーシャツを羽織った千雪は、スーツが板についた感じの三田村を見て笑った。
「お前がいつまでもガキなんやろ。六年ぶりやのに」
「学会のお供とかの時くらいしか、スーツなんて着ないしな」
桐島からは少し遅れるという話だからとオーダーを済ませたが、「お前、相変わらず好き嫌い多いのな」と三田村がふんぞり返って言う。
「ヒカリモノだめ、ウナギだめ、レーズンだめ、セロリだめ? まるっきりガキ?」
「うるさいな、これでも少しずつ克服してるんや。にしても久しぶりやな」
三田村はちょっと千雪の視線を外し、「せやな」と言う。
「同じ東京に何年かは住んどったんやろ? 全く顔合わせんかったな」
ワインが来て乾杯をした後、三田村は、フンと笑う。
「そら、お前が薄情なんやろ」
「俺に言うか? お前の方こそやろ。薄情やといえば、研二のやつもや。あいつの結婚のことも、後で人から聞いてんで?」
「そら、まあ、な」
三田村は所在無さげに、テーブルを指で叩く。
「何が、まあ、やね?」
何か含みのあるような三田村の言い方に、千雪は怪訝な顔をする。
「やから、こうして会うてるやろ? 今。まあ、飲めや」
ごまかされた気もしないでもないが、千雪は三田村がグラスに注いだワインを口に持っていく。
「そういえば、ドイツで会うたん? 桐島と」
「ああ、そ。フランクフルトのドイツ支社に最近まで二年ほどいたんやけど、去年、桐島がリサイタルで来てて、訪ねていったんや」
「それでつき合い始めたんか。よかったやん。二度目は振られなくて」
実は三田村が桐島に告って振られたと、高校時代一時噂になっていたことがあった。
すると三田村がムッとした顔をする。
「お前が言うな、お前が! そもそも俺が振られた原因は彼女、お前が好きやったからやで?」
「今さらそんな昔のこといつまでも」
「今さらなもんか、桐島、今でもお前のこと好きやし」
サラダの海老を口に運ぼうとして、千雪は三田村を睨む。
「アホ、言わんとき。もう、酔うたんか?」
「それだけやない。もっといろいろ複雑なんや」
「複雑て?」
すると難しい顔で三田村が千雪に向き直る。
「お前、今、誰とつき合うとるん?」
いきなりな質問に、千雪は戸惑う。
誰とと言われれば、京助しかいないだろう。
だが、ここで口にするのを憚られるのは、相手が男だからだ。
いや、そもそも三田村にさえ言えないというのは、何かしらのわだかまりがあるからだろう。
「何や、俺にも言えない相手ってわけ?」
いない、と言えば済む話なのに、千雪は逡巡する。
「いや………つき合うてるのかどうか、わかれへんね……何か、いつの間にか、みたいな」
一瞬、三田村は口を閉ざす。
閉ざしてじっと千雪を見つめた。
「好きなのか? そいつのこと」
妙に真顔で三田村は尋ねる。
「好きか嫌いかどっちか言うたら、好きなんやろけどな……俺のことはええやん。お前らこそ、お互い束縛はしない、て、ええんか? そんなんで」
「ええんや。今のところお互い、これからどうなるかて、楽しみでもあるし」
「ふーん、えろ、さばけてるんやな」
ふうと三田村は息をつく。
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
過去のやらかしと野営飯
琉斗六
BL
◎あらすじ
かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。
「一級になったら、また一緒に冒険しような」
──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。
美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。
それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。
昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。
「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」
寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、
執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー!
◎その他
この物語は、複数のサイトに投稿されています。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる