真夜中の恋人

chatetlune

文字の大きさ
40 / 42

真夜中の恋人 40

しおりを挟む
 演目はドビュッシーとショパンで構成され、ショパンのよく知られたマズルカから始まり、ドビュッシーのプレリュードを挟んで最後はショパンのピアノソナタで締めくくられた。
 アンコールの拍手が鳴り止まず、観客は大いに満足した様子だった。
「私、ドビュッシーがよかったわ。あのね…」
 拍手が小さくなった頃、文子が演奏前の話を続けた。
「京助さんの大事な人って、わかった気がする」
 こんなことを口にすると、また差別だ何だと非難されそうだが、女ってのは心理学者でも話がやっぱり飛躍するものなのかと新たに認識しつつ、速水は文子の整った横顔を眺めた。
「ほんとはちゃんと言葉で聞こうかと思ってたんだけど、京助さんて、一目瞭然なのね、行動パターンが。でも、桐島さんのピアノなのに、どうして彼は来てないのかしら?」
 小首を傾げる文子に、速水は肩を落とした。
「君は優秀な心理学者だ。俺は見かけに騙される周りの連中と同レベルの目でしか見られないバカ学者だ」
「やあね、どうしちゃったの? いつも自信満々なのが速水くんなのに」
 文子はふふふと笑う。
「楽屋に行く約束してるの。振られたからって行かないとか、ないわよね?」
 立ち上がる文子を見上げて、速水は一つ溜息をつく。
「その残酷さは無邪気なのか冷静なのか……」
 ブツブツと口にしながら文子に従う速水に、文子はまた笑った。
「文子さん、さっきの話の続きだが……」
 楽屋に向かう廊下で速水は言った。
「京助って男はガキの頃から、見かけで誰かを判断するとか、ないやつだった。高校の時に付き合ってた子は、チャーミングだが別にすごい美人ではなかった。たまたま、その子の親が東洋グループの社員だったために、やつの身内が栄転と称してヨーロッパに飛ばしたんだ」
「まあ、どういうこと?」
 急に京助の人となりのようなことを説明し始めた速水に、文子は怪訝な顔で聞いた。
「やつには不釣合いな身分だとかって」
「ひどいわ、それ!」
 憤慨して文子の声が少し大きくなる。
「どこからかそのことがやつの耳に入っちまって……」
「ひょっとして、京助さん、その身内を殴っちゃったとか?」
 速水は呆れて文子を見つめた。
「聞いたことあった?」
「いいえ、でもやりそうじゃない? 京助さんの行動パターンからすると」
 速水は畏れ入ってただ頷いた。
「残念ながらそこでその子とは終わってしまったが……。そんな京助に相手がついていけなかったのかもな。いや、言いたいのは京助が粗暴なやつだってことじゃないんだ。つまり京助は見てくれで人を判断しないってことだ」
「それはわかるわ。でも小林さんて、近くで見ると可愛いのにね」
「可愛い……か。おそらく京助も付き合っててそう思ったんだろ」
 速水は思わず大きな溜息をついた。
「そうよ。かっこ悪さを強調したようなあの妙な風貌が異質過ぎるものだから、誰かが臭いだのオヤジだのと噂して広まって定着してしまったんだと思うけど、臭くなんてないし、どちらかというといつも清潔でいい匂いよ、彼」
 文子は断言した。
「参ったな……俺は益々通り一遍の見方しかできない役立たずな気がしてきた」
 速水は一つ大きく溜息をついた。
「むしろ………あの極端な身なりには何か意図を感じるのよ。多分、理由があってわざとあんな身なりをしているんじゃないかしら?」
「脱帽だ。俺は名探偵に負けたが、君は勝てるかもな」
 文子は笑った。
「私の周りにはすぐ勝ち負けで物を判断する人ばっかだわ」
 しかし女はやっぱり強いなと改めて感心しつつ、颯爽と歩く文子の後姿を眺めながら速水は廊下を歩いていたが、やがて控え室が見えてきた。
 中からは何人かの笑い声が漏れていた。
「それは多分高校二年の文化祭の時やと思います。うちと小林くんとでジャズの連弾やった時ですよね?」
「そうだったわ。その時にお目にかかったのよね?」
「あいつ、ピアノなんか弾けるのか?」
「ええ。そういえば、あの文化祭で千雪くん、クラスの出し物で無理やりお姫様やらされて」
「思い出したわ、白雪姫?」
「違います、千雪姫と七人のヤンキー」
「やだ、あれ、あの脚本、三田村くんが書いたんよね、ひどい脚本」
「それはないやろ、桐島」
 そこへ文子と速水が顔を覗かせると、中にいた面々が振り向いた。
「文子さん、速水さん、お忙しいところ今日はありがとうございます」
 桐島が笑顔で二人を迎え入れた。
「恵美さん、ほんとに素敵だったわ。こちらこそありがとうございます」
 文子が言った。
「いい音楽を聴いて、狭い心が豊かになった気がしますよ」
 速水も賛辞の言葉を口にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

過去のやらかしと野営飯

琉斗六
BL
◎あらすじ かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。 「一級になったら、また一緒に冒険しような」 ──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。 美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。 それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。 昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。 「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」 寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、 執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー! ◎その他 この物語は、複数のサイトに投稿されています。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...