バレンタインバトル

chatetlune

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バレンタインバトル 3

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   ACT 2
 
 
 良太は翌日の早朝から『花の終わり』の横浜ロケに同行し、仕事はまたフル回転となった。
「考えてみればこの仕事、あくまでも工藤がプロデュースで、俺はアシスタントなんだからな」
 なのに、特別なことがない限りお前の判断で動け、だもんな。
 ったく!
 工藤がこの仕事を良太に丸投げしたような形であまり寄りつかない理由は、番宣プロモーションにあった。
 スポンサーサイドが行ったもので、ドラマのゲスト主役のキャストを工藤にさえ秘密にして、いきなり目玉として送り込んだのが山之辺芽久だった。
 その芽久が、テレビカメラが回る前だったとはいえ、いきなり工藤をみつけて抱きついてキス、というハプニング。
 何せ、工藤と芽久は九年ほど前、女泣かせのテレビプロデューサーと奔放な人気モデルという熱愛報道の末、わずかの間に今度はそれぞれが別の相手とのツーショットでマスコミを賑わせた。
 工藤が芽久を捨てたとやら、一時は取り沙汰されたが、芽久がヨーロッパに活動拠点を移して終息を見たという二人の因縁の再会は、どうやら日本での存在感を少しでも取り戻さんがために、芽久の事務所がしかけたシナリオだったと見るフシもある。
 だが、スポンサーサイドもまさかの芽久の行動が逆に取材陣を沸かせ、ドラマの前評判を押し上げたものの、しばらくマスコミのターゲットから遠ざかっていた工藤にしてみれば、正直はた迷惑もいいところで、お陰で良太との間にまたぞろブリザードが吹き荒れた。
 これ以上、事務所の思惑につき合わされるのは真っ平な工藤は、仕事を良太に押し付け、自分は他の仕事で飛び回っている、というわけだ。
 しかしこの仕事、最初から問題続出で、良太もほとほと手をやいているのだ。
 監督と脚本家のそりが合わず、撮影中断で喧々囂々なんてのが何度もあり、監督、脚本家双方から良太の方へ互いへの苦情の電話が時を選ばず入ってくる。
 それにつきあわされて時間をどれだけ無駄にしたことか。
 おまけに芽久といえば、良太の顔を見るたびに、工藤はどこだ、いつ来るんだ、と問い詰め、ロケに出れば衣装が気に入らない、メイクに文句をつける、滞在するホテルの部屋が何たら、はっきり言ってマジ切れしそうな怒りを抑えるのに良太もどれだけ苦労したことか。
 二月に入って本格的に撮影が始まったのだが、やはり前途多難という文字が良太の頭には浮かんでいる。
 それに、そろそろ適当なところで切り上げて東京に戻らないと、良太がプロデュースを務めるスポーツ情報番組の打ち合わせに間に合わなくなる。
 山之辺芽久はモデルとしてはかつて日本ではトップ路線を走ってきたものの、女優としての資質に関しては疑問視する声も上がっていた。
 制作サイドもそこのところを心配する向きもあったが、とりあえず学芸会の域は脱しているようで、彼女の演技力に関してはかろうじて合格点が出て良太もほっと胸を撫で下ろしたところだ。
「ちょっと、今井、どこ?!」
 ただし、休憩中時折聞こえる彼女のヒステリックな声は、スタッフの精神状態にも悪影響を及ぼしそうだった。
「はい! ただ今!」
 コーヒーを手に慌てて芽久に駆け寄ったのは彼女のマネージャー、今井だ。
「どこ行ってたのよ!」
「あ、コーヒーを……」
「缶コーヒーなんかいらないわよ。それより何とかならないの、凍えて死にそう!」
 寒いのはあんただけじゃないんだよ、とは良太の心の突込みだ。
 アスカもかなり我侭だが、芽久に比べたらもうちょっと可愛げがありそうだし、少しは周りにも気をつかう。
「ねえ、広瀬さん!」
 そらきた!
 良太はゆっくりと芽久を振り返る。
「はい、何でしょう?」
「今日も工藤さん来ないの?」
「はい、申し訳ありません、大阪に出張中で」
 本当はもう夕べのうちには東京に戻っているはずだが、今朝は早くから横浜に直行した良太は、まだ工藤と顔を合わせていないのだ。
 今夜はメンズ雑誌の編集長と打ち合わせで、いつも使っている料亭で飲むと言っていたから、おそらく今日もすれ違いだ。
「ふうん。ねえ、今度はちゃんと撮影、来てって言っておいてよ!」
 来てと言われていそいそと工藤が行くとしたら、千雪のところくらいだよ、とはまた良太の心の声である。
「お伝えします」
「バレンタイン、明後日じゃない! ねえ、工藤さん、明後日の予定はどうなってるの?」
「明後日ですか? 明後日は………」
 良太は小型タブレットを取り出すと、もったいぶってスケジュール確認の振りをする。
「明日から北海道で、明後日は夕方戻って参りますが、夜は接待が入っています」
 北海道出張は本当だが、接待云々はデタラメだ。
「何でそんなに飛び回ってるのよ。北海道なんてあなたが行けばいいじゃない!」
 芽久の甲高い声を右の耳から左の耳へと聞き流し、良太はふと、これが現実だ、と自分に言い聞かせる。
 つい数日前なのに、軽井沢で楽しい仲間とスキー三昧な日々はもう既に遠いのだ。
 身も心もリフレッシュして、さあ気分も新たに仕事だ! という意気込みは、この芽久の無体な文句の羅列や、「だから、どうしてそんなところで長々とインターバルなんだ!」などという脚本家の声の前には一気に萎んでしまいそうだ。
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