月鏡(工藤×良太42)

chatetlune

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 朝から冷たい風がビルの間を吹き抜け、太陽は分厚い灰色の雲の後ろにずっと隠れていて、今日は日中も気温が上がらなそうだ。
 円安、物価高に加えて、殺伐とした世界情勢がじわりと、この重だる気に空を覆う雲のようにすぐそこまで歩み寄っているようだ。
 それでもあちこちのビルのウインドウから覗くオレンジ色のカボチャ頭がユーモラスな顔で笑っているのが、行き交う人々の寒い心を和ませてくれる。
「ご馳走様! 美味しかった! マルネコさんのお弁当、今日の大当たりでしたね」
 ここ乃木坂にある青山プロダクションのオフィスでは、窓際の大テーブルでそぼろ弁当を平らげた広瀬良太がそう言ってお茶を飲んだ。
「ほんと! そぼろの味付けが絶妙よね」
 向かいで同じ弁当を食べ終えた鈴木さんも頷いた。
 こうしてまったりとオフィスで昼を食べるのは、良太も久々だ。
 ここのところ出ずっぱりで、外でハンバーガーや適当なランチをそそくさと食べられればいい方で、昼抜きで夕方ようやく腹にものを入れたような日もままあったりした。
 テレビ番組、映画の企画制作プロデュースが、元々の青山プロダクションの主な業務内容であったが、いつの間にかタレントの育成とプロモーション業務も加わり、俳優などのタレントを含め、総勢十数名ほどの小さな会社だが、業績はこの不景気にあって右肩上がり、故に社長の工藤高広を筆頭に仕事は常に飽和状態、万年人手不足は緩和される兆しは今のところない。
 社長秘書兼プロデューサーの肩書をその名刺にはいただいており、無論今や工藤の懐刀として周囲も認めている良太も、仕事に忙殺される毎日を送っている。
 某有名暴力団組長の甥であるという工藤の出自が万年人手不足の大きな理由で、何かよほどの事情がない限り、その事実を聞かされると面接に訪れた学生たちは大抵きびすを返してしまう。
 かつては母校に募集をかけたり、広告を出したりしたこともあったが、今はそれもやめている。
 ともあれ、キー局であるMBC時代には鬼の工藤と異名を持つ敏腕プロデューサーとして名を馳せた工藤は、関わったプロジェクトは必ずと言っていいほど当たり、俳優自身もブレイクするというので有名で、実力のないものは切り捨てる冷酷非情な男として業界では知られていた。
「工藤さん、明日大阪からお帰りになるのよね?」
 カップを持って立ち上がりながら鈴木さんが聞いた。
「ええ、早めに帰るって言ってましたけど」
 大きなガラス窓の向こうに目をやって、良太は木の葉が舞い踊っているのを見ると、うげぇ、寒そう、と呟いた。
 工藤も一時よりはほんの多少、仕事の量を減らしたようだが、相変わらず東奔西走していることは変わらない。
 ったく、ちょっとくらい減らしたって、また元の木阿弥じゃないかよ。
 少しは年も考えろよな。
 とは、良太の心の声なのだが。
 工藤が休みをまともに取ったのは八月にタレントが風邪を理由にスケジュールに穴を開けた二日ほどと、今となってはまとまった休暇と言えるだろう、九月に冤罪事件に巻き込まれ、無能な警察に捕まったために、強制的に仕事を休むことになった数日くらいだ。
 これまで何かというと、寝込んだり入院していたのは良太の方で、工藤は寝込むどころかそれこそ風邪なんか気合で直しても動いている。
 良太としても少しでも工藤の仕事を減らすべく、できることは率先してやるし、工藤に無理難題言われようが、丸投げされようが、誰もいないところで文句をぶちまけるくらいで、ハイハイと滞りなくやっている。
 だがここのところの無駄な忙しさは、ついこの間、覚せい剤所持で逮捕され、業界のみならず世間を騒がせた水波清太郎関連の仕事が元凶だ。
 何せ、水波清太郎主演で既に撮了しているにもかかわらず、スポンサー関連の記念番組のドラマは急遽撮り直しとなり、今後の方針を決める会議ではテレビ局、スポンサー、制作会社、その他関連業者などの利害関係がもつれる中、ドラマに、青山プロダクション所属女優中川アスカが出演しているために良太が会議に出席せざるを得なかった。
 代役を決めてほぼ三分の二を取り直すことになったものの、今度はクリーンで、実力があり、人気もそこそこの中堅どころの俳優ということで、肝心の代役を誰にするかで大揉めとなったが、ようやく多忙ながらオファーに応じてくれた大澤流が代役となった。
 スポンサー関連のドラマのためCMも撮り直しが決まり、こちらにも主演である大澤がアスカとともに代役として出演することとなり、関係者がこぞって迷惑を被ったわけだ。
 制作を進めている広告代理店サンホールディングスとの会議もあったのだが、ちょうどCMを制作したクリエイターの佐々木が別件でニューヨークにいたため、このあと会議に出席した良太と打ち合わせに寄ることになっていた。
 業界では天才クリエイターとして名の知れた佐々木周平は、近年、古巣である弱小広告代理店ジャストエージェンシーから独立し、オフィスササキを立ち上げた。
 オフィスササキの唯一のスタッフ、池山直子とも良太は懇意だが、直子から、佐々木も本当にここのところ疲労困憊状態だという話を聞いていた。
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