月鏡(工藤×良太42)

chatetlune

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月鏡 2

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 ジャストエージェンシー時代、佐々木は彼を会社に招き入れた社長の庇護のもと、ゆったりと仕事を選んでやっていたのだが、独立して以来、佐々木にとっては以前の倍以上の仕事のオファーに対応しなくてはならなくなったという。
 その上水波の一件で、撮り直し案件が他にもあるらしく、直子も佐々木の体調を心配していた。
「お互い、仕事にのめり込む上司を持つと苦労するよね」
 佐々木が立ち寄るからと連絡を入れてきた直子がため息交じりに言った。
「ほんとだよ」
 良太もついつられて溜息をついた。
「でも、来年の大和屋のイベント、去年ほど大掛かりじゃないから、まだよかったわ」
 直子は本当に佐々木のことを心配しているのだ。
「そうだね。でも、佐々木さんの仕事は、クリエイターだけにとどまらないから、大変だよね、今年も茶の湯佐々木さん頼みだろ?」
 良太も半分気の毒に思いつつ口にした。
「うん、まあ、そっちは何とか、浩輔ちゃんもうちの先生の門下生になったし」
「え? 浩輔さんが?」
 西口浩輔は青山プロダクションとも取引のある代理店プラグインのデザイナーで、直子や佐々木とは、ジャストエージェンシーで一緒に仕事をしていた時期もあった。
 老舗呉服問屋大和屋のイベントは、青山プロダクションを通じてプラグインと佐々木が制作に関わったプロジェクトで、今年の年頭も行われたものだ。
 来年の頭にも今年に引き続き行われることになっているが、着物ショーと茶の湯がメインになっている。
 直子の言う、うちの先生、とは佐々木の母、淑子のことで、淑子は茶道陽成院流師範であり、佐々木も幼少から茶道を嗜んでいたため、大和屋の着物を着用して開催する茶の湯にも駆り出されるのだ。
「正直、今の佐々木ちゃんお茶とか頭にないからさ、それは間近になってからでいいんだけど、とにかく倒れないでほしいよ」
「佐々木さん、そんなひ弱なイメージはないけど、ムリは禁物だからな」
「そう」
 当の佐々木がやってきたのは、三時少し前あたりだった。
「お邪魔します。さっむかったぁ……」
 開口一番、佐々木は言った。
「いらっしゃい、どうぞ、中の方へ」
 良太は佐々木を大テーブルのソファへと促した。
「あ、これ、代わり映えせえへんけど」
 佐々木は一番町のオフィス近くにある老舗和菓子屋のきんつばが入った袋を差し出した。
「いつもありがとうございます! ここのきんつば、ほんと美味しいですよね」
 良太が感激しているうちに、鈴木さんが熱いコーヒーとブラウニーを佐々木の前に置いた。
「藤堂さんが下さったブラウニーですわ。一緒にニューヨークにいらしたんですってね」
「ありがとうございます、向こうも寒かったで……」
「強行軍で大変でしたね」
 良太は笑った。
「ほんま、ニューヨークにいる気せえへんかったもん。どこ見たいうわけやない、空港からホテル行って、現場行って撮影して帰ってきただけやし」
「はあ、大丈夫ですか? 身体休めないと皺寄せが来ますよ?」
 思わず良太は眉を顰めた。
「いや、飛行機の中で爆睡したのに、夕べも早うに寝てしもたから、時差も何もないくらいや」
 佐々木は巻いていたマフラーを取ってから、コーヒーカップを手にした。
「にしても、今日、風強いですよね、俺、ビル風が吹きすさぶようになると、決まって風邪引くから、気を付けないと」
 良太がしみじみと言う。
「俺は案外丈夫な体質やから、滅多に風邪を引いたりせえへんけど、ビル風は得意やないわ」
 佐々木は小首を傾げて微笑んだ。
 そんな佐々木を見て、良太はちょっとドキ、とする。
 年上の男性とわかっているのに、ただ綺麗というだけでなく、佐々木には何か不思議な艶やかさというか、時折目が離せなくなるようなところがある。
 いやまあ、本人自覚してないからなんだろうけど、無駄に引き寄せられる輩がいてもおかしくない。
 輩だけじゃないな、水野さんなんかもかなり佐々木さんに興味深々って感じだったし。
 以前、仕事で東洋商事に出向いた時に、佐々木や藤堂とともに良太も同行したのが、音楽を担当するミュージシャンで、人気バンド、ドラゴンテイルのボーカル、水野あきらは、知らない相手には不愛想と聞いていたが、佐々木には最初からフレンドリーな感じだった。
 それに。
 なんたって、男も女も関係なく、誰に対してもフレンドリーなんて毛ほどもないはずの工藤が、この佐々木に対しては最初から妙にあたりがソフトなのだ。
 ま、佐々木さんだからな。
「で、ドラマの代役、決まったって?」
 コーヒーカップを置いて佐々木がたずねた。
「ああ、ええ、揉めに揉めてたんですけど、結局大澤流が受けてくれて。あの人、スケジュール的に結構タイトなんですけど。そう、それが、アディノのCMが好きらしくて、佐々木さんが担当だって聞いて、だったらやるみたいな感じでしたよ」
「それは光栄やけど、まあ、決まったんならええんやない?」
「ええ、大澤さんはアスカさんと弁護士シリーズでこないだも共演してたので、やりやすいと思いますよ、気心知れてるし」
「ふーん、だったら、ええかな。一から作り直すいうことやったけど、実際その方が前のイメージ払しょくでける思うわ」
 佐々木はそう言って、ブラウニーを頬張った。
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