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月で逢おうよ 20
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「最後のモエ、開けるよー。美利ちゃん、飲む?」
垪和が言った。
「わ、飲むー。勝浩くんは?」
「俺はいいよ」
見かけによらず、というか、どうやらこの会の女性陣はみんな強いらしい。
焼酎で盛り上がっている男どもには、リリーが混じって大騒ぎだ。
幸也はひかりや検見崎とゆったりと酒を飲んでいる。
煙草をくわえながら談笑する幸也には、犬たちと一緒に勝浩と接しているときとは全然違う雰囲気があった。
きっと大人のつきあいをしているのだ。
もともと、お互いに交わることのない道を歩いているのはわかっていたはずじゃないか。
そうは思っても、目の前で事実をつきつけられると、勝浩はまた自分の感情をコントロールできなくなってきた。
「厄介だよな……。風にあたってこよ…」
ベランダに出て空を仰ぐと、雲もなく月がひどく明るく輝いている。
月の光を浴びた木立は青い影を落とし、柔らかな風に揺られて夜の森は嬉しげにうごめいているようだ。
「すんげえ月。俺が焼いたパンケーキみてぇ」
背後からそんな声がした。
「それ、宇宙開発やろうとかいう人が言う言葉ですか」
振り向かなくても、昔から聞きなれた声だ。
「見たままの素直な感想」
手にあるグラスの中はウイスキーか何かだろう、一口飲むと、幸也は勝浩の横に来て、手すりにもたれかかる。
「パンケーキなんか焼くんですか?」
「向こうで、癖になってたな。ブランチの定番メニュー。今度、作ってやるよ、うまいぞ」
「……そうですね。楽しみにしてます」
さりげなく会話を合わせるくらいはできる。
けれど、そんな幸也の言葉に、一喜一憂している自分の心に時々ついていけなくなる。
「こうして空見てると、ほんとに自分がちっぽけだって痛感しますね。地球もこの広い宇宙の中のほんの小さな星なんだから」
「塵芥にも匹敵しないってとこかな、宇宙の中の人間の存在なんて。地球は宇宙っていう海の中に漂うプランクトンで、するってーと、人間はそれよりもっとミクロなしろものってことか」
「宇宙って膨張してるって、きいたことありますけど」
「ビッグバンね。まあ、そのミクロな人間はいろんな理論を打ち立ててみるのさ。実際解明するのは限りなく不可能に近いわけだから、勝手に想像するのは自由だろ」
「そうですね」
自信ありげに持論を展開する幸也に勝浩は笑う。
「ガキの頃から、よく考えてたな。宇宙の果てまで行ってみたいってさ。こう、ワープとかして、星が誕生するとことか、死滅するとことか、この目で見て見たいね」
「何だか、ちまちまあくせくしているのが、バカみたいだな、ミクロな人間たちが」
「バカ言え、お前らしくもないぞ。動物の生命を考えていこうってお前が。どんなミクロなやつにも主義主張ってもんがあるってことだろーが」
ちょっと語気を強くして語る幸也に、勝浩は驚いて苦笑いする。
「そう……ですね、一寸の虫にも五分の魂、って言いますもんね」
勝浩は言った。
「またまた、悟りきった仙人みたいな例え」
「祖父がよく言ってたんです」
幸也の微笑みが妙に優しく見える。
「まあ、ミクロはミクロなりに、近場から開発を進めていくのさ。さしあたってまず月だな」
「え、月? ってあの月?」
勝浩は聞き返した。
「そう。俺は独自に月をベースにした交流の場を創るプロジェクトも計画している。地球からすると月は離れ小島みたいなもんだろ?」
忘れていたが、この人はそんな最先端のプロジェクトにいるような、卓越した存在なのだ。
「はは、いいな、それ」
この人ならいずれ現実にしてしまいそうだ。
そして今度こそもう自分の手の届かないところへ行くのだろう。
「……勝浩さぁ……」
しばしの沈黙の後、幸也が口を開く。
らしくもない遠慮がちな口調に、勝浩は幸也を見上げた。
「あの子、美利ちゃんとつきあってんの?」
唐突な質問に、勝浩は言葉が出てこない。
「……俺が、……誰とつきあってたって、長谷川さんには関係ないでしょ」
ようやく勝浩は言葉を絞り出す。
「あ、いや、ほら、可愛い子だしさ、よく一緒にいたから、そうなのかな……って」
「……実は、前からアタックしてるんですけど、もうちょっとってとこなんです。ほら、俺って、長谷川さんみたいに女の子の扱い、うまくないし」
心が痛くて、勝浩は口からでまかせを並べ立てた。
そうでもしないと、やってられない。
「じゃあ、もう一度、美利ちゃんにぶつかってみるかな」
「あ、そう……、がんばれよ……」
幸也のそんなセリフを背中に聞いた後、勝浩は口にした手前、美利や垪和のところにいって、残っていたワインをもらうことになった。
「大丈夫? 勝浩くん」
あまり酒に強くないとわかったからか、美利がまた気遣ってくれる。
「ん、何か飲みたい気分なんだ」
飲み干した赤いワインはただ渋いだけで、少しも美味しいとは思えなかったけれど。
勝浩と入れ違いにベランダに出て行った検見崎は、手すりにもたれたまま座り込んでいる幸也を見つけた。
「何してんだよ、お前」
呆れた顔で検見崎は幸也を見おろした。
「あああ…………」
幸也は大仰なため息を吐いた。
「おい、どうしたんだ? この世の終わりみたいな顔して」
「……終わりだな……もう」
「おい、幸也、どうしたんだよ」
さすがにあまり見たことのない幸也の体たらくに検見崎は首を傾げて、その横に座り込んだ。
垪和が言った。
「わ、飲むー。勝浩くんは?」
「俺はいいよ」
見かけによらず、というか、どうやらこの会の女性陣はみんな強いらしい。
焼酎で盛り上がっている男どもには、リリーが混じって大騒ぎだ。
幸也はひかりや検見崎とゆったりと酒を飲んでいる。
煙草をくわえながら談笑する幸也には、犬たちと一緒に勝浩と接しているときとは全然違う雰囲気があった。
きっと大人のつきあいをしているのだ。
もともと、お互いに交わることのない道を歩いているのはわかっていたはずじゃないか。
そうは思っても、目の前で事実をつきつけられると、勝浩はまた自分の感情をコントロールできなくなってきた。
「厄介だよな……。風にあたってこよ…」
ベランダに出て空を仰ぐと、雲もなく月がひどく明るく輝いている。
月の光を浴びた木立は青い影を落とし、柔らかな風に揺られて夜の森は嬉しげにうごめいているようだ。
「すんげえ月。俺が焼いたパンケーキみてぇ」
背後からそんな声がした。
「それ、宇宙開発やろうとかいう人が言う言葉ですか」
振り向かなくても、昔から聞きなれた声だ。
「見たままの素直な感想」
手にあるグラスの中はウイスキーか何かだろう、一口飲むと、幸也は勝浩の横に来て、手すりにもたれかかる。
「パンケーキなんか焼くんですか?」
「向こうで、癖になってたな。ブランチの定番メニュー。今度、作ってやるよ、うまいぞ」
「……そうですね。楽しみにしてます」
さりげなく会話を合わせるくらいはできる。
けれど、そんな幸也の言葉に、一喜一憂している自分の心に時々ついていけなくなる。
「こうして空見てると、ほんとに自分がちっぽけだって痛感しますね。地球もこの広い宇宙の中のほんの小さな星なんだから」
「塵芥にも匹敵しないってとこかな、宇宙の中の人間の存在なんて。地球は宇宙っていう海の中に漂うプランクトンで、するってーと、人間はそれよりもっとミクロなしろものってことか」
「宇宙って膨張してるって、きいたことありますけど」
「ビッグバンね。まあ、そのミクロな人間はいろんな理論を打ち立ててみるのさ。実際解明するのは限りなく不可能に近いわけだから、勝手に想像するのは自由だろ」
「そうですね」
自信ありげに持論を展開する幸也に勝浩は笑う。
「ガキの頃から、よく考えてたな。宇宙の果てまで行ってみたいってさ。こう、ワープとかして、星が誕生するとことか、死滅するとことか、この目で見て見たいね」
「何だか、ちまちまあくせくしているのが、バカみたいだな、ミクロな人間たちが」
「バカ言え、お前らしくもないぞ。動物の生命を考えていこうってお前が。どんなミクロなやつにも主義主張ってもんがあるってことだろーが」
ちょっと語気を強くして語る幸也に、勝浩は驚いて苦笑いする。
「そう……ですね、一寸の虫にも五分の魂、って言いますもんね」
勝浩は言った。
「またまた、悟りきった仙人みたいな例え」
「祖父がよく言ってたんです」
幸也の微笑みが妙に優しく見える。
「まあ、ミクロはミクロなりに、近場から開発を進めていくのさ。さしあたってまず月だな」
「え、月? ってあの月?」
勝浩は聞き返した。
「そう。俺は独自に月をベースにした交流の場を創るプロジェクトも計画している。地球からすると月は離れ小島みたいなもんだろ?」
忘れていたが、この人はそんな最先端のプロジェクトにいるような、卓越した存在なのだ。
「はは、いいな、それ」
この人ならいずれ現実にしてしまいそうだ。
そして今度こそもう自分の手の届かないところへ行くのだろう。
「……勝浩さぁ……」
しばしの沈黙の後、幸也が口を開く。
らしくもない遠慮がちな口調に、勝浩は幸也を見上げた。
「あの子、美利ちゃんとつきあってんの?」
唐突な質問に、勝浩は言葉が出てこない。
「……俺が、……誰とつきあってたって、長谷川さんには関係ないでしょ」
ようやく勝浩は言葉を絞り出す。
「あ、いや、ほら、可愛い子だしさ、よく一緒にいたから、そうなのかな……って」
「……実は、前からアタックしてるんですけど、もうちょっとってとこなんです。ほら、俺って、長谷川さんみたいに女の子の扱い、うまくないし」
心が痛くて、勝浩は口からでまかせを並べ立てた。
そうでもしないと、やってられない。
「じゃあ、もう一度、美利ちゃんにぶつかってみるかな」
「あ、そう……、がんばれよ……」
幸也のそんなセリフを背中に聞いた後、勝浩は口にした手前、美利や垪和のところにいって、残っていたワインをもらうことになった。
「大丈夫? 勝浩くん」
あまり酒に強くないとわかったからか、美利がまた気遣ってくれる。
「ん、何か飲みたい気分なんだ」
飲み干した赤いワインはただ渋いだけで、少しも美味しいとは思えなかったけれど。
勝浩と入れ違いにベランダに出て行った検見崎は、手すりにもたれたまま座り込んでいる幸也を見つけた。
「何してんだよ、お前」
呆れた顔で検見崎は幸也を見おろした。
「あああ…………」
幸也は大仰なため息を吐いた。
「おい、どうしたんだ? この世の終わりみたいな顔して」
「……終わりだな……もう」
「おい、幸也、どうしたんだよ」
さすがにあまり見たことのない幸也の体たらくに検見崎は首を傾げて、その横に座り込んだ。
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