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月で逢おうよ 21
しおりを挟むACT 4
寒い、と感じて勝浩は目を覚ました。
まだ夜は明けていないようだ。
リビングの大時計は夜中の二時過ぎを示している。
辺りを見回すと、美利も垪和も、隣のソファで眠りこけている。
大杉や春山たちも死屍累々といったありさまだ。
かろうじて部屋に戻った者も、まずベッドに突っ伏しているだけだろう。
勝浩もまた、ついやけになって飲んでしまい、ソファでしばらく眠り込んでいたようだ。
「何か、飲みすぎで頭がバカになりそう」
勝浩は思わず呟いた。
それでも、飲んで何も考えたくなかったのだ。
重い足を引きずるように、階段をゆっくりあがっていく。
と、ぼそぼそと何か人が言い争うような声が聞こえてくる。
小首を傾げながら、勝浩はあがっていった。
「なんだよ、じゃ、何も進展してないんじゃん」
検見崎の声だ。
聞くつもりはなくても耳に入ってくる。
「だいたい、そうならそうと、俺に、最初から言えよな、姑息な手を使わずに。自分で勝っちゃんと部屋を一緒にしろ、とか言っといて、不満そうな顔してるから、何かクサいと思ってたんだが」
一緒の部屋って、何? 俺のこと?
勝浩の足が止まる。
「いや、だから心が痛くてさ、俺は。やっぱだまし討ちみたいで」
今の、長谷川……さん?
だまし討ちって、どういうことだ?
「何よ、まったく、幸也ってば意気地なし」
あれはひかりの声?
「悪かったな、とにかく、今夜、いや、明日の朝までには決める」
「ほんとに決められんのかぁ?」
幸也の声に対してからかうように検見崎が言った。
フラリと足が浮くような気がして、勝浩は後ろに下がった。
と、背中が手すりに当たって、どん、と二階の廊下に鈍い音が響く。
「勝浩…?!」
その音に驚いてやってきたのは幸也だ。
「朝までに、決める……って、何?」
勝浩は訊かずにいられなかった。
「え………いや、それは…」
「だまし討ちって?」
手をのばそうとする幸也から、身を遠ざけようと、勝浩はまた後ろに下がる。
「勝浩、それはつまりだな」
今度はその声の方を見て、勝浩はぎょっとする。
「何で…二人いる…?」
同じような顔が二人並んでいる。
俺、かなり酔ってるのか?
「……また、俺のこと、だましたんだ?」
勝手に口から滑り出てしまう言葉。
「え? 違う…勝浩、おい、聞けって」
慌てた幸也が勝浩の腕を掴んだ。
「い、やだ、離せよ!」
思い切りその手を振り切ると、勝浩は階段を駆け下りる。
リビングを通り抜け、玄関のドアを開けて外に飛び出した。
「こら、待て、勝浩!」
幸也の声が、背後で聞こえた。
また、だましたんだ…!
優しさも嘘っぱちだったんだ!
何で……
ひどいよ!
いくら俺でも、
そんなの、耐えられないよ!
バカヤロー!
どこを走っているのかわからなかった。
ただ、走った。
哀しすぎて、涙も出てこない。
どれだけ走ったろう。
スニーカーがもつれ、前につんのめった。
倒れたときに手を擦りむいていたが、痛みすらももうどうでもよかった。
起き上がることも億劫で、勝浩はそのまま膝を抱えてうずくまった。
「どうかしたの?」
勝浩のあとを追って階段を駆け下りてきた幸也と検見崎は、その騒ぎにソファで目を覚ました垪和に見咎められた。
「あ、悪い、いや、ちょっと、勝っちゃんが酔っ払っちゃって。いいから、寝てて、垪和」
検見崎は適当な言い訳をして、玄関に常備してあるライトを掴むと、先に飛び出した幸也に続いて外に出た。
「おい、勝っちゃん、いたか?!」
サイクリングロードと林に入る細い道が交差するあたりで、検見崎は幸也に追いついた。
「見失った。俺、こっち行くから、お前、そっち頼む」
「ちょお、待て!」
検見崎は走り出そうとする幸也の腕を掴む。
「何だよ?!」
「いつだったか、お前、勝っちゃんに嫌われてるって言ってたな?」
焦りまくる幸也を制して、検見崎が問いただす。
「ああ、言ったさ、それがどうしたよ? 勝浩探すんだろ!」
「待てって。まあ深くは考えずに、お前のステーションワゴンと引き換えに、俺は勝っちゃんの情報を時々お前に流していたが。勝っちゃんにはお前の従兄弟だってことを知られるなっていうから、黙ってた。だから余計ごちゃごちゃになったんだ」
「だから、なんだって?」
イライラしながら、幸也は聞き返す。
「いや、まさかほんとに、マジだとは思わなかったが」
「だから、マジだって言ってっだろ? あいつ、さっきの聞いて、勘違いして」
幸也は声を上げた。
「お前がだましたってな。前科があるからだろ」
「……そうだよ!」
検見崎に指摘され、幸也は苦々しそうに吐き捨てる。
「高三の春、誰かターゲットを決めて落とせるか否かを賭けるって、俺と志央の暇つぶし、ほんの遊びだったんだ。そん時、志央はでっけぇ転校生、俺は勝浩って………。けど勝浩は俺があの手この手で言い寄っても取り合ってもくれなかったし、後になって賭けでそんなことしてたってバレた日には、最低だってオモクソ詰られた」
幸也の自白に検見崎は一つ溜息をついた。
「なるほど、やっぱりな。だが実はもっとやばいことをやってるんだぞ、お前は」
したり顔でそう断言する検見崎を、幸也は睨みつける。
「どういうことだ?」
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