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第13話

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洞穴のような薄暗い空間に、裸電球が一つ点滅しながら真下の机を照らしていた。
環境としては粗末なものだったが、机だけはこだわり抜かれており、金箔や宝石が埋め込まれた円卓が設置されていた。
小鬼ゴブリンは呼吸することも忘れ、その円卓に座る三人に頭を垂れていた。今から自分の身に起こることを悟っていたからである。

「センサザールがやられるとは思いませんでしたわ」

玉を転がすような声でそう言ったのは、光を束ねたような美しい金髪に天使を彷彿とさせる毛並みの整った翼を持つ天翼族てんよくぞくのビュティニアであった。
魔族でありがなら神の使いと言われている希少種族であり、二つ名は、天孤の将
、彼女は単独もしくは少数精鋭で動くことからそう言われている。

「ふん、恵まれた種族の血を受け継いでいるにも関わらず、魔術なんてものに勤しんでいるから寝首をかかれるのだ!」

大地を揺らすような声でそう叱咤するのは、皮膚を分厚い鱗で覆い爬虫類のような見た目が特徴的な海竜人種のダルガニオであった。
ダルガニオは海竜人種の中でも、海魔竜レヴィアタンと呼ばれる種族であり、竜の独特な長い髭とノコギリの歯のよう刻み目状の尖った角を持つ、高位の魔族である。
海のような深青の身体が赤みがかるほど怒り狂ったダルガニオの感情を表すように彼の尻尾が暴れ大地を削る。

「まあでも実際には生きていますし・・。どうやってあの勇者パーティーの傀儡師から引き離すかを考えないと・・。」

オロオロと二人の顔を伺うように話すのは、立体感のない真っ黒な影であった。長身痩躯の人型のは四天王補佐である、ミルミユであった。
正体も能力も不明なミルミユは、功績がないにも関わらず四天王補佐をしている、姿だけではなく実力も謎である。

「一度負けた者に四天王の名を語る資格はない!私兵の練度も中途半端とあっては四天王の名に泥を塗っているも同然であろう・・。」

ダルガニオはそう憤り、ゴブリンを蔑んだ目で見下ろす。
おそらくゴオズのことを揶揄しているのだろう。
だが、ゴブリンには微塵も関係ない。力の強い者に媚びへつらっているだけであり、ゴオズに尊敬の意などありはしないからであるからだ。

「ヘヘッ、ダルガニオ様の言う通りでございます」

「何がおかしいんだ?俺はお前の上司を馬鹿にしたんだぞ?」

瞬きをする間もなくダルガニオがゴブリンの元まで移動し、片手でゴブリンの頭を掴み持ち上げる。

「な、何をするんですかーーっ!?」


グシャッ!

果実を握り潰すかのように、ゴブリンの頭が爆ぜる。
ビュティニアは自身に返り血がかからないように翼を丸め、ミルミユはさも自身が受けたように身震いをしていた。

「プライドも忠誠心もない者に生きる価値なし!」

口から蒸気を吹き出すダルガニオのその様は、鬱憤を放出している肉食獣のようであった。

「ダルガニオ、そんな小物よりも会議の方が大事ですわ」

呆れた物言いのビュティニアは、爪をイジリながらミリミユを一瞥する。

「私は貴方の意見の方が正しいと思いますわ。彼女ほど魔王軍の参謀もとい防衛指揮は務まりませんわ。からこその彼女の知識量は計り知れないのではなくて?」

その言葉にダルガニオは眉を顰める。

「お前たちは、俺の意見が間違っていると言いたいのか?」

勢いよく席に着いたダルガニオの組んだ腕は怒りで震えていた。

「あら、頭が悪いだけじゃなくて随分と鈍いんですのね。四天王の器は武力だけじゃなくて?」

ダルガニオに目もくれずほくそ笑むビュティニア。
ダルガニオが円卓を力強く叩き立ち上がる。

「貴様アァァ!」

「僕もダルガニオ様の意見に賛成だなぁ。結局力がないと下は育たないよ」

そう言い放ったのは、突如ダルガニオとビュティニアの睨み合う間に現れた、短パンスーツにつばの広いハットを身につけたブロンドの髪と兎耳の少年であった。
円卓の上に立ち、笑いの反動でぴょこぴょこと動くブロンドの兎耳がこの場の雰囲気に似つかわしく動く。

「デルスター、貴方が何故ここにいるんですの?」

ビュティニアは不審な目を兎耳の少年に向けるがその問に答えたのはダルガニオであった。

「呼んだのは俺と鹿だよ。コイツをセンサザールの席に座る新しい四天王にするためだ」

ダルガニオのその言葉にビュティニアは目を開き、ダルガニオを睨む。

「何の冗談かしら?デルスターは私の部下よ、私の断りなく勝手に話を進めないでくださらない?」

「ビュティニアさんの部下の前に僕は魔王様に忠誠を誓っている身、あなたの命令よりも優先しなければいけなんですよ」

「魔王様が貴方を四天王に?」

「何を今さら、ここにいる時点で薄々わかっているでしょ?それともあなたも鈍いんですか?」

兎耳の少年、デルスターの言葉にビュティニアは舌打ちをする。

「まあ、そういうことだ、俺と馬鹿と、魔王様の三人が認めたのだ、お前に拒否権はない。デルスターは今日をもって四天王の座をつくことになったのだ」

「そういうことなら文句はないわ」

平静を装い座り直すビュティニアをデルスターは面白おかしく眺める。

「何か?」

「いえ、先程の話・・ビュティニア様は仲間想いなのだと思いましてね、あなたの下にいて、そう感じたことはなかったもので・・。」

デルスターは円卓から降りビュティニアに耳打ちをする。

「ミスを犯した同僚には優しいのですね。同族にはあれほど酷い仕打ちをしたというのに・・。」

デルスターはそう言うと、本来センサザールが座るべき椅子に我が者顔で着席する。
ビュティニアは、そんな含みのある言い方をしたデルスターに鋭い眼光を向けるのであった。

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